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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
309/325

309.Astray cry




 哀神は滔々と語る。

 ゲームの裏側で起きていた出来事について――ミサキは静かに耳を傾ける。

 目の前にいる最後の番人は、いつの間にか真実の語り部としての役割を担っていた。





 哀神はずっと考えていた。違和感を覚えたのは自分だけだったのだろうか――と。

 いや、そんな筈はない。しかし蛟地に会いたいという想いが仲間たちの目を曇らせていたのは事実だった。

 あのAIは。ウロボロスは、蛟地ではない。

 表面上は似ていても、その中身は全く別の邪悪な何かだ。

 しかし本気で危機感を持って止めようと進言したのは哀神だけだった。


『白瀬、もうやめましょう。アレは生み出してはならないモノだったのです。あのAIは蛟地ではない……』


『そんなはずはない。僕らの記憶から作り出した蛟地が、蛟地以外であるはずがないだろう』


 聞く耳を持たなかった。

 しかし白瀬の瞳は頑なに逸らされ、彼自身の中にも疑念が芽生えているのが分かった。

 同時に、これ以上は聞き入れるつもりがないことも理解できた。


 我々の中で蛟地と最も深く交流していたのは白瀬だ。

 彼を蘇らせたい、もう一度会いたいという想いは一番強いだろう。

 それに私の感じたことが間違っている可能性だってある。

 そんな考えを巡らせ、私は引き下がった。


 白瀬のためならと。

 彼のことを第一に考え、従うことを私は決めた。


 それに……もし。

 ウロボロスが蛟地の再現体などではなく別の何かだったら。

 そう考えるのが怖かった。

 白瀬たちが壊れてしまうのではないかと――怖かったのだ。





 足りない。そうウロボロスが言い出したのはサービス開始して間もなくのことだった。


 アストラル・スキャンでプレイヤーの精神を採取すると言っても、奪うというわけではない。

 写し取るのが感覚としては近いだろうか。


 しかし、”写し”では進化には足りないとウロボロスは口にし、すぐに彼が考案したのがMALICE(マリス)だった。その時点では名もなきプログラムだったが……。


 当然反対意見は上がった。

 しかしウロボロスは巧みに白瀬たちを説得・懐柔し、気づけばマリスを使い濃度の高い精神サンプルを採取する計画が立案されていたのだ。

 

 『アストラル・アリーナ』は蛟地が考案したゲーム。

 そしてその開発には蛟地を再現しようと作り出されたウロボロスもまた深く関わっている。いやむしろ、VRゲームと言う形にして世に出そうと言い出したのがウロボロスだった。


 そんな彼は、いつの間にかマリスをも開発していた。あまりにも早すぎるタイミングで。

 哀神は、そんな彼に言いようのない不安を覚えずにはいられなかった。

 

 もしかしたら。

 最初からマリスを使うつもりだったのではないか。

 そんな懸念が哀神の心中に灯った。


 だがもはや遅かった。 

 哀神一人がどうあがいても戻れないところまで来てしまったのだ。

 いつの間にか運営チームはウロボロスの手に堕ち、ほぼ完全にコントロールされていた。


 そうして、最初にマリスを使用したのがあの日――確かあなたがエルダとエキシビションマッチを行った日だった。

 罪の無い一般プレイヤーに運営からのプレゼントという名目でメールし、それを彼が開いた瞬間、ミサキが最初に遭遇したマリス――カラス人間のマリスへと変異した。


『……こんなふうに変異するのか』


『こちらからの干渉、受け付けません。強制ログアウトも弾かれましたわ』


『ハハ、えれーことになってんなァ。さすがにこれは改善が必要か?』


 哀神は戦慄した。

 自分以外の全員が、この事態を当たり前のように受け止めていた。

 無辜のプレイヤーが自我を失い暴れるほどに変貌させ、そこから精神データをむしり取る行いを予定調和と捉えている。


『な……なにを言ってるんですか!? こうなると知っていたなら――――』


 うろたえていたのは哀神だけ。

 彼が焦燥に染まった声を上げると、


『犠牲無くして大きな結果は掴めねえ。お前、手も汚さずに俺を完成させられるつもりだったのか?』

  

 嘲笑するような声。

 それはモニターから響いたウロボロスのものだった。

 この中で彼だけが楽しげに事態を見守っていた。

 

『お前…………』 


『お前とはご挨拶だな。俺はお前の友達の蛟地くんだぜ』

 

 けらけらと笑う彼の態度は確かに蛟地そのものだった。

 記憶にあるあの少年と違うところは見当たらない。

 だが、なにかおぞましいものが蛟地の皮を被っている――哀神にはそう見えて仕方なかった。


『あ、哀神さん、なに言ってるんですか。これでいいんですよぉ』


『そうよ。マリスを使うのが蛟地くんに再会する一番の近道なんだから』


『………………』


 アドマイヤも、カイロマリアも何か熱に浮かされたような目でこちらを見ていた。

 このところみんな様子がおかしい。

 助けを求めて白瀬へ視線を送ると、彼もまたこちらを見つめていた。

 前の二人とは違う、強い……強すぎる意志の籠った瞳で。


『哀神。僕は止まるつもりはない。蛟地に会うためなら、僕は悪魔にでも魂を売ろう』


『……白瀬……』 


 言葉を失った。

 おそらく洗脳されているアドマイヤとカイロマリアとは違い――彼女らはもともと蛟地に盲目的とも言える特別な想いを抱いていた――白瀬に限ってはそうではなかった。

 ウロボロスの影響を受けているのは間違いない。

 しかしあくまでも自分の意志で行っているのだと自覚していた。


 元々哀神はこの『アストラル・アリーナ』を使った計画には反対だった。

 それでも白瀬のためならと協力することを決意したのだ。

 しかしこんな事態を引き起こしてまで続ける必要があるのか?

 抱いた懸念はどんどん膨らんでいく。

 

 だが、


『頼む哀神。僕には君が必要だ』


 その真っすぐな瞳を。

 目の当たりにして――哀神は。


『…………ああ。君がそう言うのなら』 


 ならばもう止めはしまい。

 白瀬が悪魔に魂を売るならば。

 地獄の果てまで着いていこう。

 もともと哀神は蛟地に会いたくてこのチームに参加したわけではない。

 白瀬を助けるためにここにいるのだ。


『これはいつまで続くのですか?』


『そのうち収まるさ。慌てず見てな』


 開発者であるウロボロスが答える。

 マリスの効力は無限ではない。

 時間が経てば自然とアバターから剥がれ、解放される。

 

 だが今もマリスは暴れ狂い他のプレイヤーを襲い、マップデータすら破壊している。

 異常事態に哀神はなすすべもなく見ていることしかできなかった。


 マリスが好き放題暴れれば運営への不信感が募ることは間違いない。

 だから運営の誰かがマリスの力を使いマリスを討伐するマッチポンプ作戦をウロボロスは話した。


『その役目は……そうだな、哀神にでも――――』


 だがその時信じられないことが哀神たちの目の前で起きた。


『あれは……』


 マリスに立ち向かっていたのは二人。

 サービス開始当初からこの世界に出現していた謎の電脳生命体、フラン(ティエラ)

 そしてアストラル・スキャンの際、唯一異常なエラーが検出されたプレイヤー、ミサキだった。


 しかし彼女らの攻撃はやはりマリスには通じない。

 懸命に戦っても、他とは違う特殊なプレイヤーであっても、その事実は覆せなかった。

 そしてマリスの攻撃からミサキがフランをかばって直撃して、倒れ伏してしまう。


『あいつバカかよ! 他人のために自分が倒れてちゃ世話ねえぜ』


 その様を見たウロボロスが不愉快そうに倒れた少女を罵った。

 哀神はその振る舞いに、やはり違和感を覚える。


 ――――困ったことがあったら言えよ。何があってもこの俺が手を貸してやるぜ!


 そんなことを衒いも無く言っていた蛟地とは、やはり似つかない。

 

『なにが起こっているんだ……?』


 ウロボロスに気を取られていると白瀬が困惑した様子で口を開く。

 その視線の先、ゲーム内の様子を映しているモニターを見ると――ミサキがマリスの力を取り込み、カラス人間のマリスと戦っているではないか。


 明らかにシステムにない挙動。

 バグか?

 いや、何でもいい。


(私にはもう止められない。しかし――――)


 もしかしたら彼女がこの悪意を打ち破ってくれるかもしれない。

 白瀬のために後退を諦めた哀神は、ミサキという名の少女に微かな希望を見出した。

 

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