307.Terminus
この絶望的な局面で、それでも自信たっぷりに笑うフランを目の当たりにして。
ピオネは――『元凶』は、納得と苛立ちを覚えていた。
この少女に関しては、最初から正体がわからなかった。
ゲームの中に生まれたくせに、その法則から少しだけ外にいる存在。
縛られてはいるはずなのに縛られきっていない。
無限の可能性とはよく言ったものだ、彼女はプログラムに無いことすら起こしてみせる。
そんな自己を知っていたのだろうか。それとも本能的なものか。それとも――ただの増長か。
わからない。
わからない。わからない。わからない。
知りたい。
わからないことがあるというのは、『元凶』にとって我慢しがたい状態だった。
だから何をしてでも知ろうとした。
そうすれば、停滞した自己進化の壁を越えられると信じて。
爆音が炸裂した。
ピオネの背中から、巨大な炎翼がふたたび飛び出した音だった。
「一世一代の錬金術だと? やれるものならやってみろ!」
形を伴った灼熱が振り下ろされる。
翼に押しつぶされる寸前、フランは取り出したフラフープのようなアイテムで頭上を薙ぎ払うと大量の泡がベールのごとく広がった。
「《バブル・バリケード》!」
轟音が炸裂する。
泡のベールは炎翼を受け止めると、一気に増殖し翼に纏わりつく。
するとピオネの翼は重さに耐えかねたように首を下げた。
「くっ……!」
振り払おうとするも泡によって動きが緩慢になり、上手くいかないようだ。
《バブル・バリケード》は攻撃を防ぎつつ対象の動きを限りなく遅くするアイテム。
ピオネ本人には属性での攻撃が通じなくとも、攻撃判定そのものになら対処ができる。
そしてその隙を逃すまいとフランは光の網を【アンプ・ミックス】の銀河系のごとき渦へと飛び込ませた。
さきほどピオネの放った攻撃を取り込んだ《キープキャプチャー》を。
「まさかボクの攻撃を使って!?」
「【アンプ・ミックス・エクステンド】、フェーズ1=黒轟!」
渦が爆発する。
その中から四つの黒い宝玉が飛び出し、フランの手の中に納まった。
同時に役に立たない炎翼を引っ込めたピオネはフランの頭上に隕石のごとき巨大な岩塊を出現させ、急降下させる。
「これ以上好きにさせるか!」
「【アンプ・ミックス・エクステンド】、フェーズ2=白豪!」
光の渦から生じた四つの宝玉を、再び渦へと投げ入れる。
すると純白の波動が広がり、落下してきた隕石を押しとどめると粉々に分解した。
「なっ……!」
光の渦の中で凄まじい力が荒れ狂う。漏れ出した余波だけでもこの威力。
それを必死で押さえつけながら、フランは素材の構成要素を繊細に調整し続ける。
単なる高出力では奴のイリーガルを突破することはできない。
(――――成し遂げてみせる)
フランは《錬金剣ファントムラピス》の柄を握りしめる。
これが最後の一手だ。
「【アンプ・ミックス・エクステンド】、最終フェーズ=赤業」
目の前で荒れ狂う光の渦を――フランはその剣で切り裂いた。
とたん、渦はぴたりと停止し柔らかくほどけていく。
同時にフランの纏う薄いドレスも――マリシャスコートもまた灰のごとくばらばらになって消滅し、元のローブ姿に戻った。
「は――あははは! 失敗か!」
何かが起こった様子はない。
これまでの調合のように光が爆発することも無い。
やはり無駄だった。
どう頑張ろうがシステムを越えることはできない――と。
「何が錬金術! どうあがいても結局君にはシステムの壁を越えることは――――」
「できないことなんて何もないわ」
「は?」
渦を切り裂いたフランの長剣の刀身が淡く輝いている。
そこから染みだすように金色の雫が飛び出すと空中に停止し、ひとつの形を作り出す。
それは黄金のリングに深紅の宝石がはめ込まれた、見るも美しい指輪だった。
指輪はひとりでに空中を浮遊し、フランの左手の中指に収まった。
「それはなんだ」
「聞いたことくらいあるでしょう。これがあたしの――賢者の石。《プロト・ラピス》よ」
「……バカな。そんなアイテム、この世界には存在しない」
「今さら何を言ってるの? あたしが作ってここに存在するんだから、在るのよ」
そんな筈はない。
賢者の石など実装していない。
しかし、現実としてそこにある。
それがどうしたと叫びたかった。
しかしそうすれば自分がそれを恐れているのを認めることになってしまう。
だからピオネは口を噤み、代わりに笑う。
「だから、結局なんだって言うんだよ。ボクには通用しないって何度言えばわかるのさ? そんなちっぽけな指輪で何ができるって!?」
声にだんだんと力が宿っていく。それが恐れから来るものだと自覚しないまま、旋風が巻き起こる。
ピオネの傍らに、地水火風それぞれのエネルギーを凝縮した光弾が出現した。
ひとつひとつがこの廃工場を跡形も無く消し去ってしまうであろう力を秘めていることは明らかだった。
だがフランはもはや動じない。
あとは確定した勝利の道を突き進むだけだ。
「何々って、今さらでしょう。あたしは錬金術士なんだから――黄金を生み出すのよ」
「減らず口を!」
怒声と共に、太陽のごとき火球が発射される。
直径だけでフランの身長の何倍もある炎の塊がフランを飲み込み、あたりに破滅的な灼熱を波及させた。
圧倒的な力。あの少女にはどうすることもできないとほくそ笑むピオネだったが、その目に信じられ無い光景が映る。
炎が消えていく。まるで風化でもするように、目の前で。
霧消した炎の向こうではフランが平然と立ち続けている。
「バカな……」
「見せてあげるわ、あたしの黄金を!」
フランが左手を掲げると、指輪から生み出された流体の黄金が形を成す。
それは黄金の大剣だった。
「【ゴールデン・エルブレイド】!」
声に呼応し、意志を持っているかのように大剣がピオネへと襲い掛かる。
回避は不可能と即座に理解できてしまうほどの恐ろしい速さだ。
「効かないよ! 見たところ地属性と水属性の複合か……ならば結局同じことだ!」
「残念ハズレ」
一閃。
空中にストックされていた属性光球ごと、大剣は胴体を真横に切り裂いた。
「が……っ! なぜだ……!?」
「あたしの黄金は全ての属性を持ち合わせ、同時に一切の属性を持たない。無限に近い出力を持つ四属性を均一に保ち続けることで、常にお互いを打ち消し合っているの」
だからピオネのイリーガル、『四鳥別離』を貫くことができる。
四属性を無効にするバリアは、属性を対消滅させエネルギーのみを保った状態でぶつけることにより意味を成さなくなる。
言うなればそれは第五の属性を作り出すようなものだ。
「そんな理屈、通るか……!」
「通すわよ。不条理はいつだってあたしの味方なんだから」
常識を打ち破る。
新たな法則を作り出す。
それがフランという錬金術士の戦い方だった。
「【ゴールデン・エルドタイド】」
規格外の量の流金が溢れ出す。
まるで津波のように押し寄せピオネを取り巻くと固形化し、動きを封じる。
そしてフランの傍らには、黄金の豪腕が生成されていく。
「あなたの敗因は、このあたしを敵に回したこと。覚えておきなさい」
「そんなわけない、このボクが……”俺”がこんなふざけた奴に……!」
黄金の豪腕を振りかざす。
握りしめた拳が眩い輝きを放つ。
繰り出すのは相棒をリスペクトした一撃。
彼女の振るう最強の武器を再現した、黄金の拳。
「【黄金錬成】!!」
超新星爆発のごとき光が炸裂する。
仇敵である錬金術師――その身体に巣食う『元凶』は声すら上げることなく敗北を知った。




