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137.虚ろな存在証明


 驚くと言えばこれ以上のことはなかった。

 

「な、んで……ここに」


 思わずかきまぜ棒を取り落とすと、その少女は慌てて拾い上げ、手渡してくる。

 いまだ動揺が引かないままそれを受け取り、迷った末に壁に立てかける。


 まさか、と言う感じだった。

 ここ最近探していた人物が、捜索をあきらめようとしたタイミングでやってくるなどと想像できるわけがない。

 

「ごめんごめん、驚かせちゃって。ボクもほんとは来るかどうか迷ってたんだけど……気が付いたらここにいたんだ。不思議だよねー」


「錬金術士よね」


「うん。ピオネっていうんだー」


 まなじりを緩め、ピオネと名乗る少女は笑う。

 フランと同じ錬金術を使う者だ。


「いいところだねー。なんだか落ち着くな」


「あ、ちょっと待って。座るならソファじゃなくてこっち」


 腰を下ろそうとしたピオネを手で制し、客用の椅子を引いてくる。

 ご丁寧にどうもー、と腰かけつつアトリエを見渡す。


「これがフランちゃんのアトリエかー。錬金術って言ってもボクのとは違った感じがする」


「確かに、聞いてた話だとあたしとは全然別の戦い方をするみたいね」


 ピオネが左手につけている重厚な機械製の籠手。そこになにやらアイテムを入れることで戦っていた――という噂は聞いている。対してフランは自作のアイテムを投擲して使用するのが基本戦法だ。


「うん。そもそも……調合っていうのかな、ボクはそういうのができないから」


「不思議ね。同じ錬金術士なのにどうしてこうも違うのかしら」


「これちょっと見てくれる?」


 ピオネはおもむろにメニューサークルを呼び出し、ステータスウインドウを指でつまんでフランの目の前に動かした。

 名前やステータス、そしてクラス欄に書かれていたのは、


「錬金術……師? あたしと違う……」


「そうなんだよ。フランちゃんが記事になってたのを見たんだけど、そこでは錬金術『士』だったよね」


「あたしが知らない間に記事にされている……」 


 それはともあれ、名称の違いだ。

 違う錬金術。違う名前。差別化と言ってしまえばそれまでだが、そもそもこの二つを同時に実装しようと考えたのは一体どういう意図なのか。

 

「まあそれはとりあえずいいわ」


「いいんだ」


「あなたの錬金術に興味があるわ。見せてくれる?」


「うん、じゃあえっと……そこの水貸して」 


 言われたとおりに棚に置いてあった蒸留水の入った瓶を手渡す。

 するとピオネはふたたびメニューサークルを出して操作し始める。


「これで変換っと」


 指で決定ボタンを押した瞬間その瓶が発光し、光が収まると水色の液体に満たされたアンプルに姿を変えた。

 

「このアンプルをボクの籠手……《アルケミーギア》に装填すると中に詰まった属性が解放されるって感じ。今回の場合は水属性かな」


「へえ……やっぱり全然違うのね。戦闘向きに進化した錬金術なのかしら」


「その代わりフランちゃんみたいにいろんなアイテムを作ることはできないよ。ボクはこのアンプルだけ……この籠手だってクラスチェンジと同時に手に入ったものだから」


 スペシャルクラスはクラスチェンジに際して専用の武器が手に入ることがある。

 例えばエルダの『海賊』を例に挙げると、幽鬼の銃『ワイルドハント』が自動で左手に装備される。

 錬金術師――ピオネの場合はこの籠手だったのだろう。


 フランちゃんの錬金術も見たいなとせがむピオネに応えて、フランも調合を始める。

 釜をかきまぜる様子にピオネは興味深そうに瞳を輝かせたり、なにやら考察していたり。

 好奇心旺盛で深い知識欲を持った人物のようだ。


「なんか難しそうだね……」


「そうね。順番を間違えれば台無しになるし、かきまぜる時間や加熱の度合いもシビア。そもそもレシピを自分で考えないといけないのだって面倒ったらないわ」


「あはは、でも楽しそうじゃない」


「楽しくないとやってられないわよこんなの」


 それなりに愛着は沸いている。

 思い通りにアイテムが作れれば楽しいし、それを買って喜ぶ客の顔を見るのも、同じくらいうれしい。

 今のところ戦いに使うようなものしか作れていないのが不満と言えば不満だが。


 ミサキはあまり錬金術に対して興味を示すわけではないので、こうしたやり取りは新鮮だった。

 カンナギは……とりあえずノーカンということにして。

 自分の知らない錬金術――別の体系を辿った技術。それを取り入れることができればもっとミサキの助けになれるのではないかと、そう考えていた時だった。


 ザザザザザザ! と突如として激しいノイズが響き渡った。


「痛った……なにこれ。大丈夫、ピオネ――」


 思わず耳を抑えつつ、ピオネの様子を確認しようと横に目を向ける。

 すると彼女はこれまでの柔和な表情を消し、全くの無表情でそこに佇んでいた。

 一瞬前までいきいきとしていたのが、今は硬質な作り物――まるで人形か何かのよう。


「君は」


「え?」


「君はどうして今現在自分がここに存在しているかを考えたことはある?」


 突然のことだった。

 目の前にいるピオネが、別人のように変わっていた。

 姿や声はそのままなのに、これが同一人物だとはどうしても受け入れがたかった。

 

「自分と言う存在に違和感を覚えたことは?」


「そんなことは――――」


「ないわけないよね」


 思わず閉口する。

 彼女は何を言っている? 

 

 いや。

 何を知っている?


「この世界に違和感を覚えたことは?」


 ピオネは……否、『それ』は動かない。

 彫像がしゃべっているのではないかと思えるほどに不動だ。

 しかし、少しずつフランは追い詰められているように感じた。これまでなあなあにしてきた何かを突き付けられているような焦りが心を蝕み始めた。


「リアル。プレイヤー。アバター。ゲーム。この単語の意味を、君は理解してる?」


 静寂が増すにつれ鼓動が高まっていくのを感じる。

 

「君はいったいどこで生まれた? どうやって、誰から生まれた?」


「あたし、は……あたしの故郷はフォーシント。パパとママの間に生まれて……」


 かろうじて、半ば反射的に答えようとした。

 しかし、


「そんな名前の街はどこにもない」


 今度こそ。

 呼吸が止まったかと思った。

 そんなはずはないとフランの記憶は叫んでいたが、一抹の疑いは晴れなかった。

 

 そもそもどうして自分はこの世界にいるのだろう、と。

 そしてこれまでどうしてそれを疑問に思わなかったのか――いや、無意識に避けていたのか。


「答えが出たら教えてよ」


 質問するだけして満足したのか、『それ』はまるで当然のようにアトリエを後にした。

 ドアを通り抜けて行ったのかと錯覚するほどに自然な動きだった。


「…………いったいなんだって言うのよ……」


 ピオネがいったい何者なのか。

 いや、むしろピオネの中にいる『あれ』はいったい何なのか。


 そして自分は、フランとはいったいどういう存在なのか。

 これまで当たり前に歩いていた地盤が、実は今にも崩れそうだった――そんな不安がフランの心を覆っていた。


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