111.ガールミーツ・ガールガール
ガチャとは自分との闘いである――というのはもちろん嘘だ。
「こ、これで200連……」
正確には資金と確率のガチンコバトルである。
アリーナのロビーの隅に設置されたATMに似ている筐体の画面に手を触れ、10連か単発かを選択し、決定する。
そうすると筐体下部の排出口からカギの入ったカプセルが排出される。高レアのカギが出るときは専用の演出が入り、射幸心を高めるという仕組みになっている。
今引いたので200連。前と合わせて300連だ。
今のところRがたくさんとSRがちらほらといった感じで、SSRの気配はない。
Rは10個合成することでSRを作ることができるが、SRは何にも使えないので、結局SSRは素引きするしかない。
「ねえフラン」
「……なあに」
「ほんとによかったの?」
「だから何が」
「……フランの賞金も使っちゃって」
今の二人には莫大なクレジットがある。
以前のイベントでワンツーフィニッシュを決めた際に手に入れたものだ。
そして今回ガチャでカギを入手しようとしているのは徹頭徹尾ミサキだけのため。ミサキがグランドスキルを手に入れ、強くなるためだ。フランには利益がない。
当然のように二人のクレジットを使うということになってガチャをしに来たわけだが、損得を重視するフランにとって何も得をしないことに金を使うのはどうなのだろう、と不安になってきた。
「いいって言ったでしょ。どうせこんな大金、普通の方法じゃ使い切れないんだから。そもそもあたしはあなたに、」
「あ! あ、あ、あーっ! でた! でたよフラン!」
筐体の排出口から虹色の光が溢れ出し、そこから輝くカプセルが飛び出した。後ろで見ていた野次馬がどよめきを上げる。
これでようやく一本目だ。
「よかったじゃない」
「あ……ごめん。さっき何か言いかけてたよね」
「…………ううん、なんでもないわ。あと二本よ。続けましょう」
そうして穏やかにほほ笑むのを見ていると、ミサキとしては追及をためらってしまう。
今までは知らないままでいいと思っていた。だが、クリスマスイブイブでの桃香との交流を経て、自分はもっと踏み込んでいいのではないか――と。そう思うようになった。
フランについては知らないことだらけだ。死ぬほど甘ったるい飲み物が好きで、お金を稼ぐのが好きで、友達で、相棒で、仕事仲間で……出会った時の印象より温かい女の子だった。
今日は住んでいた町も教えてもらったが、知っているのはそれくらいだ。
好きなことも嫌いなことも、まだまだ知らない。おそらくすべてを知ることはできない。人間なのだから。
でも、だからこそ知りたいと思い続けていられるのだ。
「よっし! 310連目いこー!」
ゆっくりでいい。
少しずつ知っていきたいな、とミサキは決意を新たにした。
……ガチャが辛いだの怖いだの言ってはいるが、ここで具体的に彼女らの資金がどれくらいあるかを発表しておこうと思う。
一度回すのに必要なクレジットは300。それに対して二人の獲得した優勝賞金を合計すると……約150万である。実に5000回引くことができる。
なら爆死なんてするわけないだろう、と考えるかもしれない。
しかし、ここまで潤沢な資金を用意した者が次に考えるのは――『これだけ回して爆死したらどうしよう』という思考の沼である。SSRのカギが排出される確率は確かに低い。しかしせいぜい0.5%程度だ。仮に300回ほど回した場合、引ける確率は75%以上ある。
だがあくまでも確率だ。一万回回したって出ない確率はある。何せ天井が存在しない。
そんな泥沼に……回せば回すほど、出なければ出ないほどハマっていくのが人間という生き物だ。
「もうやめよっかなあははは……」
1000連を終えたところで乾いた笑いが漏れる。
あと4000は引ける。300連のあたりで一度SSRと対面はした。
しかしどうしてもこれ以上引けるビジョンが見えない。
「諦めちゃダメよミサキ!」
「フラン……」
うなだれるミサキの背中にフランの手が添えられる。
ガチャが渋すぎて心臓が踊り狂うフェーズはとっくに過ぎ、冷え切ってしまった身体に熱が戻ってくる錯覚がした。
いつもそばにいてくれたこの相棒には何度も元気づけられた。この子がいてくれたおかげで立ち上がれた局面は数えきれない。
「まだまだお金はある――そう! 出るまで回せば絶対に出るのよ!!!!」
「……………………」
何言ってんだこいつ、と白けた目を向けるがフランの視界には映らず、爛々と瞳を輝かせ次の十連に手を伸ばす。
パチンコの損失をパチンコで取り返そうとする、落ちぶれたギャンブラー気どり。そんな文言がミサキの脳内で踊り狂う。
ガチャは人を狂わせる。この前回した時も泣きわめく寸前だったし、ガチャに向いていない性格なのだろう。もっと言えばギャンブルの類そのものに。
「ほらなにぼーっとしてんの! 次の十連行くわよ!!」
「こわれちゃった……」
グランドスキルが手に入ったら、金輪際フランにガチャはさせないぞ。
ミサキは固く心に誓うのだった。
アリーナのロビー。
ガチャの筐体前。
ほとんど人のいなくなったその場所で、ミサキとフランは横たわっていた。
「…………何回引いたっけ、わたしたち」
「さあ……すくなくとも何時間かはずっと回してたわ」
あれから。
プレイ時間の限界が来たことにより一度中断し、あくる日改めて挑戦。
数時間の奮闘の末、ようやく彼女たちはSSRのカギを三本獲得することに成功した。
ここまでくると引いた喜びはもはや無く、引けて良かったという特大の安堵に包まれていた。今になるとあれだけの資金を用意しておいて何をそんなに恐れていたのかと笑えて来る。
どうしたら使い切れるんだと余裕ぶっていた大量のクレジットも今や桁違いに減ってしまっている。そんな状況にもマヒしてしまったのか、ひたすらに倦怠感のプールに浸かっているような気分だ。
「…………どうする? これからさっそくクエスト行く?」
「…………無理でしょ」
「だよね…………」
疲れているし、高難度クエストに行くのだからメンツも確保しなければならないし、疲れているし、どのタイミングでクエストを発注するのかも考えなければならないし、何より――何よりも、疲れている。
今日はもう帰ろうとふらつきながら立ち上がった、そんな時だった。
アリーナの扉が開く。
誰かが入ってくる。
こつこつという足音。
「え」
ミサキの脳が刺激された。
彼女はこれを知っている。靴の鳴る音のテンポ。音。
そして、
「今日はどうします?」
「んー、もう夕方だしそろそろあいつも帰ってくるころでしょ。今やってる決勝だけ見て帰りましょ」
聞き慣れた声。
「あ……」
「あら?」
「うわ」
このゲームにおけるアバターはプレイヤーのリアルにおける外見を再現している。
とは言っても完璧に実写というわけではない。ある程度デフォルメはされているし、気持ちアニメ調よりのデザインになっている。だからリアルの知り合いであっても気づけない時も多々ある。
だがミサキにとっては。
この二人は絶対に間違えようがない。
「な――なんでみどりとアカネが……!?」
「あ、あはは……バレちゃいましたね」
「つーかリアルの名前で呼ぶなバカ」
横倒しのままのミサキを軽く蹴っ飛ばすアカネ。
ミサキにとってリアルで深いつながりをもつ二人――園田みどりとアカネがそこにいた。




