第三十二話
冬も始まる頃、私、ヨーティアは、王都の学園と言う所に編入しました。
新学期を待っても良いのでは無いかと思ったのだが、カイルは、そんな私の考えに反して割と強引に編入を決め、要塞から追い出すように王都に用意していた屋敷移動させた。
屋敷は三階建てのそれなりに広い庭のある立派な所だった。
何だかんだと要職に就いているカイルは、対外的に確りとした屋敷を持つ必要が有ったそうで、既に屋敷には数年前から住み込みで管理をしている使用人の方々が居るそうです。
また、カイルの伯爵としての代理として、財産や土地、資産の管理を行う家令と呼ばれる身分の方も居るようで、実質的な屋敷の責任者だそうだ。
屋敷に移るのに際して、私にはルイーズの他に、新たに執事も着く事になり、更には屋敷に護衛のための兵士まで派遣される。
「と言うわけで、お嬢様の執事に任じられました。トーマスと申します」
恭しくと言うよりは、少し軽薄な感じの挨拶をしてきたのは、思っていたよりも少し歳を取った男性だった。
見た感じは30歳くらいで、良く鍛えられた体付の赤毛で、頬に走る古い傷痕に目が行く。
「ああ、この傷気になります?」
「いえ・・・すみません」
「良いんですよ。この傷は勲章みたいな物ですから」
そう言ってトーマスさんは頬を撫でた。
私はその言葉が嫌に気になってしまい、頻りに頬の傷を注目してしまう
「お嬢様には先に言っておく事が有ります」
「?」
「私の頬の傷が気になるようですが、その様な視線は分かるものです。・・・この屋敷の者達は・・・まあ、私などマシな方です」
そう言うトーマスさんは、少し眉をひそめた。
要するに、屋敷の使用人の人達は何か訳があると言う事だろう。
「分かりました。気を付けます」
私がそう言うと、トーマスさんは朗らかに笑みを浮かべた。
「では中へ」
案内されて、屋敷に入ると、内装は豪華な物だが、何処か味気ないと言うか、色味に乏しい様な気がする。
「何というか・・・」
背後でルイーズが呟く。
それを聞いていたトーマスさんは誤魔化すような苦笑いをする。
「すまないね。この屋敷は女手が居なくて」
男ばかりだからなのだろう。
掃除は行き届いているのだが、調度品が圧倒的に少なく、飾り気が無く、華が無い。
何というか、豪華なだけの兵舎と言う感じがした。
「じゃあ、先ずは家令の所に行きましょう」
そう言って先行するトーマスさんの後を追うと、三階の奥の一室に到着する。
「ここが執務室です」
小さく言って、トーマスさんは部屋の扉を叩く。
「トーマスです。お嬢様達を連れて参りました!」
大きくハキハキとした声色で呼び掛けるトーマスさんに、扉の向こうから直ぐに返答が帰ってきた。
「入れ」
「失礼します!」
トーマスさんが扉を開ける。
続いて私も部屋に入り、ルイーズも後に続くと、トーマスさんが扉を閉めた。
「お嬢様をお連れしました!」
「うむ・・・休め」
「はっ!」
まるで軍隊の様な遣り取りの後、家令の男性が顔を上げる。
「お初にお目に掛かります。家令をさせて頂いている。マフムードと申します」
少しぎこちなく立ち上がって、マフムードさんは挨拶をした。
私は一瞬、マフムードさんの所作に目が行きそうになるが、何とか堪えて挨拶を返す。
「ヨーティアです。これからよろしく御願いします」
「ルイーズと申します」
私に続いてルイーズも言葉を掛ける。
そうすると、マフムードさんは此方に近寄ってきた。
その時、足音が固く大きな物で、右脚を引いたような歩き方だった。
何かと思って視線を下に下げてしまうと、マフムードさんの足が目に入る。
「!」
「・・・お嬢様」
「すみません」
私は咄嗟に謝った。
マフムードさんの足を見て驚いた事に、謝った。
「大丈夫ですよ。お嬢様」
マフムードさんはぎこちなく笑みを浮かべながら、大丈夫だと伝えてくれる。
それから自分の右脚を叩いて言った。
「コイツは・・・この足は私に取っての誇りです。謝らないで頂きたい」
「・・・」
「もう、お気付きでしょう。この屋敷の使用人は全員が退役軍人です」
「貴方も・・・マフムードさんも?」
「近衛騎兵連隊に、王国とカイル・メディシアのためにこの身を捧げ、そして脚を捧げたのです。何も恥は無い。後悔も無い」
立派な髭を揺らして、壮年の男性は目を細めた。
「マフムード家令は屋敷の中で・・・現役時代の階級が一番高かったのです」
トーマスさんが補足した。
「これでも中尉として戦わせて貰ってました。こうして大将に脚を捧げて、その上この様な家令の地位まで頂けたのは、神の思し召しと言うほか無い」
「はあ・・・」
何というか、思った程に、片足の事を気にしている様子が無い。
その事に、私はやや、呆気に取られてしまう。
「そう言えば・・・現役の奴らが護衛に来るそうだな?」
マフムードさんがトーマスさんに確認するように言って目配せをする。
そうすると、トーマスさんは直ぐに答えた。
「はっ!明日から近衛第一連隊から分隊が派遣されるとの事です!」
「近衛第一か・・・護衛の形態はどうなっている?」
「分隊は屋敷に常駐し、必要に応じて事態に対処、場合によっては本隊から増派される手筈であります!」
「そうか」
聞いているだけでも分かるが、かなり手厚い護衛が受けれるらしい。
「指揮権はどうなっている?」
「通常、護衛分隊は屋敷の指揮下に入ります!」
「有事はどうだ?」
「別命無き場合、そのまま屋敷の指揮下、命令権はマフムード家令に委託されます!」
「分かった」
そう言うと、マフムードさんは私の方を向いた。
「まあ、今日は疲れたでしょう。部屋は用意してますから。休まれるよ良い。そっちのメイドの部屋も直ぐ隣に用意してます」
マフムードさんは気遣うように部屋へと案内する様に、トーマスさんに目配せをする。
トーマスさんは、直ぐに扉に近づいて開けると、エスコートしてくれた。
「じゃあ、頼んだぞ」
「はっ!」
トーマスさんは、扉を閉めると私に向いた。
「では、部屋に案内します。荷物は既に運び込まれていますから」
そう言って、歩き出した。
それから暫くして、部屋に着き、中に入ると、やはり飾り気の少ない部屋だった。
部屋の中央のテーブルの花瓶に小さな花束が挿されているのが、何とも涙ぐましい。
「では、食事の際は呼びに来ますので」
そう言うと、トーマスさんは早々と去って行った。
「ふう・・・」
実際、私は結構くたびれていた。
葉菜から王都までは馬車で来たが、半日かかる道程をずつと揺られて、大分体力を消耗したようだ。
「大丈夫ですか?」
「ええ・・・何とか」
部屋を見回すと、隣の部屋に繋がる扉が目に入る。
「これなら直ぐに行き来が出来るわね」
「はい。何か有っても直ぐにお助けできます」
今日は何と言っても疲れた。
明日以降は、学園への挨拶や編入前の準備と忙しくなる。
私は早めに休息を取る事を決めて、早々に横になった。
果たして明日からはどんな出来事が待っているのか、少し楽しみな反面、心配でもある。




