第三十一話
どうもお待たせ致しました。
本当に待っていて頂けたかはともかく、時間が空いてしまい申し訳ない。
思い付きで新作投稿をした結果、思いの外、筆が乗ってしまい、こちら側疎かになってしまいました。
成るべく此方も投稿を再開したいと思います。
私の伯父、カイル・メディシアは恐ろしい人物です。
飽食の限りを尽くした結果の豊満な体、しかし、脂肪に覆われた体は、皮を剥けば重厚な筋肉が隠れている。
骨太で身の厚い体躯は、服の下に隠された数々の傷痕が人生を物語り、鋭く光る片方の瞳は獲物を探る猛獣の如く全てを睨む。
肩に羽織る濃い緑色のコートは解れ、穴が開いて、彼の体と同じく、多くを物語っている。
肩で風を斬って歩けば、ただ1人で千騎が退き、軍靴を踏み鳴らせば、万軍が後に続く。
王国の先鋒として、常に戦場の最前に立ち続けた最強の将軍。
しかし、その栄光の裏で、彼は多くの人間に恐れ戦かれる狂事を起こしてきた。
そんな人物に保護される事になったのは、既に二月も前の事、私は、この世で最も恐ろしいと言われる人間の、その懐で、意外な程、安穏と暮らしていた。
「凄く意外ですね」
そう言ったのルイーズだった。
ルイーズは、引き続き私の専属のメイドとして着いてきてくれた。
そのルイーズが意外だと言うのは、この一月の間、カイル・メディシアのお膝元で暮らしていて、実に平和だと言う事だ。
「それは・・・確かにそうね」
実の所、私も意外に思っている。
事ある毎に恐れと共に語られるカイル・メディシアの下で暮らすからには、様々な事が起こると思っていたのだ。
だと言うのに、実際には本当に何も起こらない。
カイル自身も、生活は自堕落なだけで、何か人の害になる様な事は無かった。
少なくとも、私の見ている限りでは、何か隠謀めいた事も何もしていない。
「しかし・・・風景は最悪ですね」
呟いたルイーズに釣られて窓の外を見る。
「まあ・・・そうね」
私も、同じように窓の外の風景を見て、眉をひそめて同意する。
何故ならば、窓から外を眺めて一番に目に入るのは、ちょっとした山の様な城壁だからだ。
城壁とは言った物の、実際には、イメージする様な物とは明らかに違っている。
イメージの城壁はレンガやブロックで作られた物で、ハンスさん曰くでは幕壁、カーテンウォールと呼ばれる物だ。
目の前にあるのは、そう言った物とは違う、石やレンガを埋め込んだ主に土で出来た土塁で、ここからでは分かり難いが厚さが15mも有るそうだ。
厚さの所為でやはり分かりづらいが、やはり高さもそれなりで9mも有る。
ハンスさんの話では、従来の城塞と比べて圧倒的に城壁が低くなった反面、厚みも比べ物にならないとの事で、更には、この分厚い土塁の上に厚さ1mのコンクリートの胸壁も備えていそうだ。
この胸壁には等間隔に隙間が空けられていて、この隙間から大砲の砲身を出して、敵に撃つらしい。
この土塁が他の城壁と異なる点は他にも有る。
それは多くの城壁が円形を描くのに対して、この土塁は五角形になっていて、その各頂点の先に更に堡塁が伸びている。
堡塁と言うのは、やはりハンスさんに教えられた事だが、押し固めて積み上げた土の上に、更にコンクリートやブロックで防壁と屋根を着けた砲台の事で、各堡塁はお互いに助け合える様に大砲を備えている。
この大砲の射線が交わるのを十字砲火と言うらしく、この城壁に向かってくる相手は正面だけで無く、左右からも砲撃を受ける事になる。
「・・・考えれば考えるほど恐ろしい形ですね」
「ええ・・・それに、この向こうにもまだ土塁が有りますしね」
そうなのだ、見えている土塁の更に向こう側には、二重に囲う様に、八芒星の形に少し低めの土塁が有る。
低いと言ってもやはり6m以上有り、厚みも10m位だと言う。
この外周の土塁も同じように頂点に堡塁を持ち、更に土塁の外側に幅20mもの水堀が設けられ、要塞の入り口は跳ね橋が正面に一箇所しか無い。
この他に、要塞の周囲には小型の要塞と言うべき堡塁が築かれている。
堡塁は四角い台形の盛土の様に見えるが、実際には、土の下にコンクリートで固められた半地下型の砲台で、四方に向けて大砲が撃てる様になっていて、やはり各堡塁は互いに助け合える様に配置されている。
また、堡塁は一つ一つに最大で500人の兵士を収容が可能で、全部で21個も有る。
此れ等を纏めて一つの要塞としていて、戦争になると、外周の城壁の前に三重の塹壕と、各堡塁の前にも塹壕、そしてそれぞれの塹壕を繋ぐ連絡線、その他の障害物などが構築される。
自身満々に語るハンスさんのその眼差しは、まさに戦う人間のそれで、そして、決まってカイル凄いの一言に集約された。
「五稜郭よね・・・」
「はい?」
「何でも無い」
と言うか、説明されながら歩き回っていた時は分からなかったが、一度カイルに見せられた見取り図を見て、直ぐに気が付いた。
これ、教科書に載ってた五稜郭だと。
厳密に言えば此方の方が断然に大きいし、形も少し違うが、しかし、大まかに見れば同じ様な物だった。
「まあ、何よりも恐ろしいのは・・・」
言い淀むルイーズは、視線を窓から見える下の地面に移した。
そこに広がるのは、規則正しく真っ直ぐに賽の目に広がる舗装された道路と、石造りの殆ど同じ外観の飾り気の無い建物だった。
道路を見れば、そこには隊列を成して、規則正しく動き回る赤い服を着た兵士達、その兵士達を眼で追った先では、更に多くの兵士達が、広い運動場や少し掘り下げられた射場で訓練をしている。
「1万人の要塞防衛隊と常時駐留の一個師団、一個旅団、凡そ3万人が常にこの場所に詰めている。そして、その3万人はどの国に出しても全く下にも置かれぬ精鋭揃い」
ルイーズの言うとおり、この要塞にはそれだけの兵士達が常に存在している。
それどころか、有事に際しては要塞の防衛隊は更に増える上に、その場合には、王都近郊の近衛師団までもがここに加わり、最大で5万人の兵力を防衛に中てられる。
アウレリア王国最強の要塞、メディシア要塞は、独立したカイル・メディシアが所有する唯一の領土でも有る。
形としては、カイルの領土のこの要塞に、王国陸軍が間借りして常駐していると言う事らしいが、実質はカイルを常駐部隊の指揮官に中てているらしい。
それを何時まで経っても認めないのがカイル本人で、王様が幾ら言っても聞かないらしい。
だが、この間、私を助けるために王国軍を動かした事で王様に大きな借りを作った事になるカイルは、遂に観念して王国軍に復帰したようだ。
とは言え、本人は陸軍のトップに付くのは固辞して、協議の結果、最終的に新たに軍団を作ってその軍団長に収まった。
今のカイルは、新編第3軍団長、カイル・メディシア中将となる。
第3軍団の任務は王都周辺の防衛と、国外有事の際の先遣部隊、国内における治安維持と、要するに全部である。
編成下には陸軍第2師団、第9師団、第10師団、第1騎兵旅団、第1砲兵旅団を収め、有事には近衛師団も指揮下に入る。
また、カイル自身はメディシア要塞駐屯地司令も兼任、同時に要塞防衛隊指令も兼務する。
第9、第10師団は新たに編成された師団で、当初は他の師団を中てるつもりだったのが、カイルが指揮下に中てる師団は、他の軍団からは引き抜かず、また、既に地方防衛に着く師団も引き抜かない物とする。
と言う宣言を出したために、ならばと陸軍卿のエスト公爵が新しく師団を作って編入すると言って無理矢理作ったのだ。
任された以上はとカイルは、この新編の師団を纏め上げ、直ぐ側で見ていた精鋭の第1騎兵旅団の人曰く、とても人間を扱っているとは思えないと言わせしめた訓練で鍛え上げたのだ。
つい一週間前までは悲鳴が絶えなかったのを考えると、凄まじかったのだろうと思う。
「9師団と10師団の方々は大変ですね」
「・・・そう言えば、最近は静かですけど、どうしたのかしら」
ふと疑問に思うと、ルイーズが直ぐに教えてくれた。
「両師団は、メディシア伯爵の命で、最後の仕上げのために演習中との事です」
「演習?」
「はい。西の共和国との国境近くで、周辺の第4師団と近衛師団を巻き込んだ対抗演習だそうです。第1砲兵旅団も付き添いで参加だそうです」
移動に約一週間掛けて国境近くまで移動した後、第4師団と近衛師団の軍団を相手に、対抗演習、詰まるところの本気の戦争ごっこをしているそうだ。
「国境の近くって・・・戦争にならないのかしら」
「伯爵は、戦争になったら共和国の首都を落としてこいと仰っていました」
恐ろしい事を言う男だ。
と言うか、詳しくない私でも分かるが、9師団と10師団が他の精鋭なら、本当に出来そうな所が恐ろしい。
そして、あの陸軍卿なら、カイルに言われれば本気にしそうなのも余計に恐ろしい。
「お嬢様はお忘れかも知れませんが、あの方は嘗て、本当に共和国の首都近くまで攻め上げた方ですからね」
そうなのだ。
私にしてみれば堕落した太った中年でしか無いのだが、周りからすれば大陸最強の指揮官なのだ。
軍人からは敵よりも恐ろしいと言われ、国民からは災害よりも怖いと言われ、貴族からも王族よりも敵に回したくないと言われ、他国からは絶対に会いたくないとさえ言われているのだ。
印象的なのは、ハンスさんをして、カイルと敵対するのと銃殺刑にあうのは、何方が恐ろしいかと言えば、断然にカイルを敵に回す方が恐ろしいと言っていたのだ。
曰く、銃殺刑ならば、弾が逸れて一命をt取り留める可能性があるが、カイルを敵に回せば一切の可能性も無く殺される。
1人で敵軍に突撃する方がまだマシとさえ言っていた。
相当に仲が良いハンスさんにすらそう言われる辺り、余程凄まじい事が有ったのだろう。
「伯爵の逸話は上げればキリがありませんからね」
「・・・」
ルイーズもそう言って笑っているが、私にはどうにもイメージが出来ない。
確かに、パーティー会場での剣幕や、人質に取られた時の言動は凄かったが、それ以外ではやはり、ぐうたら親父にしか思えないのだ。
そんな事を思っていると、部屋の扉が叩かれた。
「入るぞ」
ルイーズが応じるよりも早く、扉を開けたのは、今まさに考えていたカイル本人だ。
カイルは、再び膨らみ始めた腹の贅肉を揺らして近づくと、私を前にして言い放つ。
「学園に行け」
「はい?」




