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第三十話

「・・・」


「身内?」


 ジルベールさんの言っている事の意味が分からない。

 カイルが身内を殺した。

 そして、今、カイルがもう一人身内を殺そうとしている。

 その言葉の意味、それを私は理解したく無い。


「どうする?カイル」


 挑むように、ジルベールさんは声を掛ける

 それに対して、カイルは真っ暗な瞳でジルベールさんを睨み、口を開く。


「それだけか?」


「なに?」


「それだけかと聞いた」


 カイルは、構えた銃を下ろさずに続ける。


「その娘が俺の身内?・・・馬鹿馬鹿しい。嘘を吐くのならもう少し真面な嘘を吐いて見せろ」


 カイルは全く動揺した様子も無い。

 ジルベールさんの言葉を真っ向から嘘だと断じて、自分の行動に一切迷いを生じていない。


「仮に・・・その娘が俺の身内だとして、それがどうした。両親も弟も殺した俺だぞ?今更、一人増えようが構うものか」


 まったく、言い淀むことは無く、カイルは、恐ろしいことを告げた。

 まるで私が存在していないかの様に、カイルは怯まない。

 その様子に、ジルベールさんは気圧された様に、僅かに後退る。


「おい」


 不意に、カイルが私に声を掛けてきた。


「呪うなら自分の不運と、背後の奴を呪え」


 カイルは撃つ気だ。

 私の事などまったく問題にしていない。

 私は諦めて目を瞑った。


「待って下さい!」


 直後にハンスさんの焦った様な声が響く。


「ハンス・・・一体何だ」


 少し気の抜けたカイルの声がする。

 私は恐る恐る眼を開けた。


「待って下さい若様」


 先ず最初に眼に入ったのはハンスさんの背中だった。

 どうやらカイルと私達の間に入り込んで、庇ってくれているらしい。


「ハンス・・・」


「若・・・カイル様」


 カイルに睨まれたハンスさんが言い直す。


「カイル様・・・撃ってはいけません」


「何を言い出す。幾らお前の頼みでも・・・」


「いけないのです!」


 カイルの言葉を遮るようにハンスさんが叫んだ。


「撃ってはいけません」


「・・・何だと言うんだ一体」


「・・・」


 ハンスさんが私の方を見た。

 何処か複雑な思いを込めた眼で私をみて、それから再びカイルの方に向き直る。


「ハンス・・・」


「奴の・・・ジルベールの言った事は、本当の事なんです」


「・・・」


「ティア・・・ヨーティアは貴方の姪なのです」


 カイルは押し黙ったままハンスの話しを聞く。

 私は、微かに震えているハンスさんの背中を見詰めた。


「始まりは参謀総長からの話しです。去年に参謀総長から呼び出された私とナジームは、そこで有る話を聞かされたのです」


「話し?」


「・・・貴方の妹。アイリーン様の事です」


 微かにジルベールさんの手がビクリと反応する。


「有る情報筋からアイリーン様と思しき人物に関する情報が入ったのです」


「情報筋?」


「それについては後程・・・それで、そのアイリーン様は逃亡後、共和国に入り、このメリスに流れてきていたと言う事で、私とナジームが調査に派遣されました。表向きにはカールストへの表敬訪問とメリスの視察でした」


「・・・それで」


「その時にヨーティアを見付けました」


 恐らくあの時の事だろう。

 私が気を苦を取り戻したのだか、それとも憑依したのだかは判らないが、今の自分と知って意識を取り戻したあの瞬間だ。


「何故、あの娘が俺の姪だと?」


「最初は直感でした。髪と眼の色を見て直感的に感じたのです」


「それじゃ・・・」


 カイルが口を挟もうとすると、ハンスが遮るように続ける。


「確信に変わったのは移動中に襲撃を受けた時です」


「・・・」


「襲撃してきた者を捕まえて吐かせた結果、その者がヨーヌ伯の命を受けていた事とレオノーラと言う人物を探している事が判明しました。当時、既にレオノーラと言う偽名をアイリーン様が使っている可能性は、テオ達から聞いていました」


「だから彼奴らがこの国に来ていたのか」


「テオ達はエスト卿の命令でした」


 エスト公爵と参謀総長と呼ばれる人が、それぞれ私の母親を探していたらしい。

 そして、私の母親は、どうもカイルの妹で、逃亡したとの事だ。


「国は、まだ貴方を必要としています。そして、貴方の肉親が無事で居て、我が国に居る。そうなれば貴方は」


「国のために戦うか?」


「はい。・・・ですが、私はそれが目的ではありません」


 ハンスさんの肩が震えている。

 見れば、拳を握り締めて、爪が食い込むほどに力が入っている


「貴方は・・・貴方は一人では無いと伝えたかった」


「・・・」


「貴方にはまだ家族が居ると・・・肉親が残っていると教えたかった。18年前のあの日から、16年前のあの日から、変わり果ててしまった貴方に・・・カイル様に立ち直って欲しかった」


 震える声で、ハンスさんはゆっくりと絞るように紡いだ。

 カイルは、そんなハンスさんを何を考えているのか判らない眼で見詰めている。


「ティア・・・済まなかった」


 ハンスさんが此方を向かずに謝罪の言葉を述べる。


「今、私が話したのは真実です。ヨーティアは貴方の姪で、カイル・メディシアは、ヨーティアの伯父です」


「・・・」


 場に沈黙が降りる。

 誰も何も言わない。

 何も言えない。

 ただ、カイルが何かを言うのを黙って待った。


「・・・」


「・・・ハンス」


「はい・・・」


「良くやってくれた」


 意外にも、優しい声色でカイルはハンスさんに声を掛ける。


「良くやった」


 カイルはそう言ってハンスさんの右肩を叩き、そして、左手で抱き締めた。


「ありがとう」


「若様・・・」


「その呼び名は止めろと言っただろう」


 あの二人だけの、他の誰も入り込めない雰囲気で、カイルは声を掛け、それからハンスさんを押し退けた。


「ジルベール。中々上手い手だ。だが、無意味だ」


 カイルの右手には未だに拳銃が握られている。

 全く迷いの無い眼でジルベールさんを睨んで、震えもせずに確りと銃を握って構える。


「俺はもう一度罪を犯そう」


「っ!!」


「岐路に立った時、俺は何時だって非常な判断を下してきた。今更・・・今更になって、甘い事など言っては居られない」


「貴様・・・!」


「カイル様・・・」


 カイルが一瞬私を見た様な気がした。

 ほんの一瞬、刹那の間に、私の視線とカイルの視線が交差した様な気がしたのだ。


「ヨーティア」


「はい」


「怨むなら俺を怨め」


 先程とは違う言葉を掛けられた。


「その髪も、眼も、お前の命も、全ては俺の所為だ。俺が俺で無ければ、お前の母親は逃亡する事も無く。お前も、こんな苦労ばかりの人生を歩む事も無かった」


「・・・」


「怨むなら俺を怨め。嘆くなら、その髪と眼を嘆け。祈るなら・・・お前の母親にでも祈ってくれ」


 そしてカイルは引き金に掛けた人指し指に力を込める。


「ティア!!」


 ハンスさんが叫んだ。

 だが、もう遅い。

 直後に乾いた破裂音が鳴り響き、私は床に叩きつけられる。


「っ!!」


「・・・」


「っぐ・・・!!」


 撃たれた。

 私はそう思った。

 そして、予想する事も困難な痛みと苦しみが襲ってくる事を予期して顔を顰めるが、果たして、それは何時まで経っても襲ってこない。


「・・・?」


「ジルベール・・・」


 私はカイルの声を聞いて、咄嗟にジルベールさんを見上げた。


「ヨーティア・・・済まなかった・・・巻き込んで・・・」


 ジルベールさんが膝から崩れ落ちる。


「ジルベールさん!!」


 私は直ぐにジルベールさんに近寄って、仰向けに倒れた体を起こそうとする。

 しかし、力の抜けた人間の体は重く。

 華奢で貧弱なこの体では全く動かせない。


「・・・」


 そこにカイルが寄ってきて、ジルベールさんを仰向けに返した。


「何が目的だ。ジルベール」


 カイルがジルベールさんに尋ねた。


「何でも無いさ・・・」


 ジルベールさんは力無く笑う。


「レオノーラ様は美しかった・・・だから・・・私は、あの人に・・・」


「・・・」


「お前に・・・迷惑を掛けてやる。ただ・・・それだけ」


 ジルベールさんはそこまで言うと、私に手を伸ばす。

 私はその手を両手で握った。


「ああ・・・本当に似ている。美しい・・・」


「ジルベールさん」


 最早、ジルベールさんの目の焦点は合っていない。

 大きくしなやかな手からは力と体温が失われていって、ジルベールさん一人の力では自分の腕も支えられない様だった。


「ヨー・・・ティア・・・もう一度・・・私を・・・兄・・・と」


 言い掛けて、言葉が途切れる。


「・・・」


 カイルが、無言でジルベールさんの瞼を閉じる。

 私は冷たくなった兄の手を握り締めた。


「さようなら・・・お兄様」

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