第二十八話
「・・・」
目が覚めたのは朝方も早く、日の昇る前だった。
予定では、今日にも帰国の途に着くカイルと同行してアウレリア王国に向かう手筈で、ハンスさんが護衛に付いてくれるとの事だ。
結局、ハンスさんとは未だ持って会う事が出来ていない。
着いて早々にカイルの護衛のためにと色々と準備が忙しいのだろうと思うが、そもそもカイルが急な事を言わなければこんな事にはならないのだ。
とことん他人に迷惑を掛ける男だと思うと同時に、自分も大差ないと思うと情け無い。
「・・・」
ふと、私の中に微かな好奇心が生まれた。
今、この部屋には私しか居ない。
カイルを含めて皆忙しくしていて、私に気を払う余裕は無くなっている。
この広い王宮の中を一人で見て回れたらと言う、好奇心が首を擡げたのだ。
「・・・」
思ったが早し。
私は早速扉にゆっくりと近づいて、音を立てないように、そっと押し開ける。
「・・・」
押し開けた扉の隙間から顔を出し、ゆっくりと慎重に左右を見回すと、扉の右側に一人の兵士が立っている。
「っ!」
見付かったかと思うや否や、その兵士が全く反応しない事に気が付く。
「・・・寝てる」
長身のその兵士は、体の右側に銃を持ち、僅かにすり切れた赤い軍服に身を包み、器用にも立ったまま眠っていた。
体は左右に微かに振れ、いびきも少なく眼を見開いたままだったが、しかし、確かに眠っている。
「器用な・・・」
奇跡的なバランスを保つその兵士に僅かな感動を覚えた私は、これ幸いと部屋から出て扉をゆっくりと閉める。
カチャリと言う音と共に扉が閉じたとき、一瞬兵士がビクリと震えたが、しかし彼はそのまま眠り続けた。
「・・・」
鼓動が大きく成るのを感じながら、私は不思議な昂揚感を覚えて部屋を後にする。
爪先立ちで、足音を鳴らさないように気を付けながら小走りで壁から壁へと走り、王宮の中を散策する。
「・・・!」
奇妙な、徹夜明けのテンションとでも言うべき心理状態の私は、気分的にはスパイにでも成った様に曲がり角で注意深く道の先を探り、物陰を伝って歩き回る。
子供の頃、小学生くらいの時以来の不思議な感覚は、何とも心地が良く。
童心に返って思うままに歩き回った。
「っ!」
幾許か歩き回った頃だった。
廊下の先の曲がり角の向こうから話し声が聞こえた。
私は心臓を跳ね上げて立ち止まり、壁に張り付いてそっと曲がり角の先を覗った。
「よう」
「そっちはどうだ?」
「問題なしだ。衛兵も大人しくしてら」
「なら良いな」
「ああ、全くだ。・・・しかし、閣下も急な事を言うよな」
「あの人は何時もの事だ。それに、内戦の時よりはマシだ」
「違いねぇ。延々走らされたと思ったら、直ぐに戦闘だもんな」
「アレは・・・キツかった」
「正直戦闘よりも辛かったな。死ぬかと思った」
「何で俺達はあの人に着いてくんだろうな・・・」
「さあな・・・何でか着いていっちまうんだよなぁ・・・」
「・・・」
「・・・」
「そう言えば聞いたか?」
「何だ?」
「元レンジャーのリゼ少佐の事だ」
「・・・何か有ったのか?」
「あの女・・・どうやらガキが居たらしい」
「ああ?ガキ?」
「ああ・・・村にそれらしき痕跡が有ったそうだ」
「何処情報よ・・・それ」
「知り合いがレンジャーでよ。何でも陸軍卿の命令でレンジャーとスカウトの連中が合同で辺境に捜索に行ったんだとよ」
「・・・それで?」
「村人全員捕まえて吐かせたら、村にあの女が帰ってきてたって判ったんだよ」
「本人は?」
「死んでたってよ。閣下の撃った弾が腹に入ったままだったらしくて、最後は病死だったそうだ。墓も確認したみたいだ」
「で・・・ガキの方は?」
「どうやら、まだ生きてるみたいだ。歳は15位だそうだから、東部辺境の直前頃に産んだらしい」
「つまりその前から裏切ってたって事か」
「そう言う事だ」
「この事、閣下は?」
「さあな・・・でも、知ってたらあの人ならどうするかね」
「考えたくもねぇ」
「今回の件でレンジャーが全部コッチに出張ってきた所為で捜索は中断だそうだが、エスト卿は諦めて無いみたいだ。当然、参謀総長も、騎兵旅団長も全員血眼になって探し出すだろうよ」
「そのガキは終わりだな」
「ああ、怨むなら自分の出自と親を怨むことだな」
「・・・」
何だかとんでもない事を聞いてしまった。
動揺を隠せない私はゆっくりと後退ると、丁度後にあった花瓶にぶつかって落としてしまった。
「っ!」
「誰だぁ!!!」
「不審者か!!」
角の先の見張りが直ぐに反応して此方に向かってくる。
私は咄嗟に足下の過敏の破片を拾い上げて、逆側の廊下の方に投げる。
そして、直ぐに手近な扉を開けて中に入った。
廊下の先で陶器が打つかる音が響き、同時に木製の扉を音が鳴らないよう微かに隙間を空けて閉じる。
「・・・っ」
騒がしくなる胸を押さえて、私は扉の隙間から外を見た。
「コッチか!!」
ギリギリのタイミングで二人の兵士が走って行く。
「・・・」
私はゆっくりと扉を開けて廊下に出ると、先程の曲がり角をもう一度覗く。
そこには誰も居らず、二人が立っていた当たりには豪奢な観音開きの扉があった。
「・・・」
恐る恐る、その扉に近づいた私は、不思議と吸い寄せられるようにそっと掌を這わせる。
「何事だ!!」
途端、廊下の先から声が響いてきた。
恐らく先程の騒ぎを聞きつけた応援だろう。
「・・・っ」
私は咄嗟に扉を開けて中に入った。
鍵の着いていない扉は重厚さに反して、軽く開けられて、中に入って直ぐに私は扉を閉めた。
「・・・ふう」
ドット汗が噴き出す。
ゆっくりと息を吐いて深呼吸しても、不思議な興奮は冷め止まず、頭がジンジンしてテンションが上がる。
「誰だ」
不意に、背後から声が掛かる。
「っ!」
弾かれるように振り向くと、薄暗い部屋の中に確かに誰かが居る。
「誰だ」
聞き覚えのあるその声に、私は思わず聞きかえしてしまった。
「お兄・・・様?」




