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第二十七話

待っている人は居ないかも知れませんが、お待たせ致しました。

 翌朝になって、王都には続々とカールスト軍の部隊が入場した。

 入場一番乗りは次期辺境公、ランドルフ王子率いる騎士団で、煌びやかな服装の王子に続き、甲冑を着込んだ騎士達が整列して入場してきた。

 騎士団の後に続くのは公国軍の精鋭と目されているジャンコルベール伯のコルベール旅団だ。

 やはり、随分と派手な衣装の兵士達は身長ほどもありそうな長い銃を持って行進していた。


「・・・」


 私は王宮の窓からその様子を眺めている。

 カイルによって制圧された王宮は、その後、各所に配置されたカイルの部下達が全域を確保した。

 兵士達は何処かにまとめられて、パーティーに出席していた貴族達は王宮内の客室に軟禁されている。

 私は、その客室の内の一室に通されて、眠れないまま朝を迎えた。


「あ・・・」


 入場する兵士達を窓から眺めていると、今までとは毛色の違う部隊が入ってくるのが見えた。


「アウレリア陸軍ですね」


 背後からルイーズが言った。


「アレは・・・近衛連隊ですね。カイル卿と多くの戦場で戦った精鋭の古参連隊です」


「ハンスさん」


 決してその姿が見えた訳では無い。

 だが、ただ、何となくそこに居るような気がしていた。


「それにしても・・・」


「?」


「流石にアウレリア軍は整然としていますね」


 ルイーズに言われて、もう一度良く見てみると、確かにアウレリア軍とカールスト軍の行進は違っている。

 何方も列を成して行進しているのは同じだが、カールストの兵士達の行進は小学校低学年の様に少しだらしないのに比べ、アウレリア軍の行進は、以前にテレビで見た自衛隊の物の様に息が揃っている。


「入るぞ」


 声を掛けられて直ぐに部屋の扉が開かれた。


「何をしているんだ?」


 無遠慮に入ってきたカイルは、近付いてきて窓の外に眼を向けて行進する兵隊を見た。


「近衛第二か・・・ハンスが来たようだな」


 そう言うカイルの言葉を聞いて、私は少し疑問に思って口にする。


「ハンスさんは第一連隊じゃ無いんですか?」


 カイルは直ぐに答えた。


「彼奴は本来第二の連隊長だ。第一連隊には新しい連隊長が来るまでのピンチヒッターだった。作戦に合わせて原隊に復帰したんだよ」


 説明されて、そう言う物なのだろうかと思いつつ、カイルに体を向けた。


「それで・・・何の御用ですか?」


「ああ、そうだ・・・帰国の目途がたったから教えに来た。明日帰るぞ」


 何でも無い様に重大なことをさらりと言うカイルは、伝えるとさっさと部屋を出て行った。


「・・・」


「・・・」


「・・・え?」


 本当に、さらりと言われた所為で、唖然としてしまう。


「・・・流石はカイル卿ですね。事が終われば早急に帰国して次の任に当たると言う・・・」


「フォローしなくても良いですよ。どうせ何も考えていないだけです」


 あの男がそんなに器の大きい男とも思えないし、深い事を考えているとも思えない。

 どうせ、終わったからさっさと帰ろうと言うだけなのだろう。

 そして帰ったらどうせ、飲んだくれて自堕落に過ごすだけだ。

 まったく、今までの実績だけは立派な物だから皆騙されるが、なろう界隈の勘違い系主人公の様な男だ。


「そう言えば・・・」


 ふと共和国の事が気になった。


「共和国との戦争はどうなったんでしょう」


 メリス王国は共和国との戦争状態にあった筈だが、このままでは共和国軍が来るのでは無いだろうか。

 そんな事を思って口に出してみるが、ルイーズは応えられない。


「・・・私には・・・」


「そうですか・・・」


 分からないならそれで良いかと、そう思って窓の方を向こうとすると、聞きなじみの無い声が背後から掛けられる。


「共和国軍は来ないよ」


 誰かと思って扉の方を向いた。


「やあ、どうも」


 壁により掛かって此方を見る一人の男性が居た。

 彼は私が向くと右手を挙げながら軽くウィンクをして笑う。


「どなた・・・ですか?」


 長く綺麗な金色の髪に、高く整った鼻筋に大きく形の良い目許、ニヒルに歪む口許が憎たらしいほど似合っている。

 背も高く、腰の位置も高く、細身の美麗な見た目は、まさに貴公子と言った風だが、大人の色香の様な物も感じさせられる。

 男は、少し芝居がかった仕草で私の方に近づいてきて、それから私の前に跪いて右手を取る。


「初めましてヨーティア。私はエスト・ローゼンと申します。以後、お見知り置きを」


 演劇か映画の中の登場人物の様な仕草をする彼は、そのまま私の右手の甲に軽くキスをした。


「エスト・・・ローゼン?」


 何処かで聞いた事が有る名前だ。

 そう思うと、ルイーズが反応をしめして、私に耳打ちする。


「・・・アウレリア王国の陸軍卿、エスト・ローゼン公爵です」


「どうも」


 陸軍卿と言うのがどの位偉いのかは余り良く分からないが、しかし公爵と聞くと凄まじく偉い人なのだと理解はした。


「此方こそ、よろしく御願いいたします公爵」


 失礼にならないように頭を下げると、エスト公爵が直ぐに制する。


「そんなにかしこまらなくても構わないよ。ハンスと私の仲だからね」


「ハンスさんを知っているのですか?」


 ハンスさんの名前が出て、思わず反応すると、エストさんは右手で軽く口許を隠して笑った。


「分かりやすいね」


「あ・・・いえ」


「良いよ。・・・まあ、私とハンスは戦友だよ」


「戦友?」


 エスト公爵の言葉をオウム返しすると、ルイーズが補足して耳打ちする。


「ローゼン卿はカイル卿の部下だったんです。東部辺境平定まで部隊長の一人として戦っていられました」


「良く知っているね。その頃まではカイルの部隊に居られたんだけどね。カイルが何時まで経っても陸軍卿になってくれなかったから、仕方が無く私がね」


 口ぶりから察するに、この人もカイル大好きな人の様だ。

 熟々、あの男は周りに恵まれている。

 と言うか、周りの人間は、カイル好きすぎるだろう。

 何がそんなに引きつけるのだろうか。


「本来なら私が出てくる事は有り得ないのだけど・・・まあ、ハンスとカイルが気にしている子がどんな子かと思ってね。・・・まあ、共和国に一泡吹かせたいと言うのも有ったしね」


 そう言われて、聞きたかった事を思い出す。


「その、共和国の事ですが・・・」


「ああ、そうだった。・・・今頃彼らの司令官には帰国命令が出ている筈だよ」


「どう言う・・・?」


「王国の二個師団を共和国との国境付近に移動させたんだ。名目は大規模演習と言う事にしてね」


 そう言って笑うエスト公爵にルイーズが恐る恐る尋ねる。


「・・・まさか、攻撃を?」


 質問を受けたエスト公爵は直ぐに否定した。


「いや、今回はそのつもりは無いよ」


「・・・」


「共和国としても・・・まあ、攻撃されるとは思っていないだろうけど、だからと言って警戒しないわけには行かない。仮に本当に無警戒なら、指揮官は間違いなく攻撃を開始する。そう言う男を割り当てたからね」


 エスト公爵の言うには、あくまでも王国軍を動かしたのは陽動で、目的は共和国軍を撤退させる事だと言う。

 逆側の国境を緊張状態にして、此方側に集中し始めていた共和国軍の視線をアウレリア王国に向け、その隙にメリスでの作戦を進める。

 共和国は公爵の狙いを理解しながらも、過去の戦いの記憶と、現場に送った指揮官の性格を考慮して警戒せざるを得ない。

 何というか、見た目と話し方に反して、結構陰険そうな事をする人だ。


「しかし、参った物だよ」


「・・・何がですか?」


 あからさまに聞いて欲しそうに声を出すエスト公爵に、私は仕方が無く尋ねた。

 そうすると、公爵は嬉しそうに嬉々として話し始める。


「いやね・・・あのカールスト軍なんだけどね、てんで駄目で、正直に言えば軍隊とも呼べ無かったよ。・・・まあ、メリスの方も大差は無いけどね」


「・・・っ」


 ルイーズが少し口惜しそうに食いしばる。

 その様子に気が付いたエスト公爵は、更に続けて言った。


「歩兵も酷いけど、騎兵もまるで成っていなかった。子供のお遊戯の様だったよ」


「・・・」


「ただ馬鹿正直に突っ込むばかりで、全く戦場の状況と言うのを理解していない。アレでは全滅しても仕方が無いね」


「っ!」


「まったく・・・あんな部隊の軍旗じゃぁ、幾ら集めても自慢には成らないよ」


「撤回して頂けませんか」


 散々に言葉を続けるエスト公爵にルイーズが言葉を返す。


「何か言ったかい?」


「撤回して下さい!」


 声を荒げて食ってかかるルイーズを、エスト公爵は笑いながら見下して返す。


「嫌だね」


「っ!!」


「私は事実を言っただけだ。この国の騎兵隊は最低だ。あんなのを屠殺した所で、勝利の栄誉は到底得られない」


 笑いながら言うその言葉は、しかし、とても冷たく響いてくる。

 眼を見ていると薄ら寒い物を背中に感じてくる。

 そんな公爵に対して、ルイーズは更に食い下がる。


「そんな事は無い!父は・・・父達は立派に戦った!!」


「そして負けた」


「!!」


「立派に戦ったと言うのは確かに素晴らしい。だが、軍隊はその性質上、勝利して、国に利して漸く栄誉を得る物だ。立派に負けたと言うのはどれ程言いつくろうとも、勝ってはいない」


「くっ!」


「更に言えば、戦略的な目標を達せず、国策にも見放されたとあれば・・・それは犬死にとしか言いようが無いね」


「き、貴様・・・!!」


 公爵の言葉を聞いた瞬間、私の体が勝手に動き出す。

 ルイーズが声を荒げて手を伸ばすよりも先に、公爵に向かって私は近寄って右手で頬を張った。


「!!」


「それ以上。死んだ人を悪く言うのは許しません」


「・・・」


「貴方方が勝ったのなら・・・勝った人には品位と言う物も求められる筈です。負けた人の尊厳まで奪うのは、それは、負けよりも劣る事です」


「お嬢様・・・」


 聞いていてイライラしていた。

 このエスト公爵の言っていた事は、確かに正しい事なのかも知れないけど、けど、言って良い事と悪い事がある。

 あれは、明らかに言ってはいけない事だった。


「・・・」


「貴方がどれ程偉いのかは分かりませんが、それ以上私の友達を苦しめる言葉は許しません。その時その時を必死に生きていた人達を侮辱する事も許しません」


 背の高い公爵を必死に背筋を伸ばして睨み付けて、私は思った事を口にして打つけた。

 そうすると、公爵は暫く無言で口許を抑えてから、目許を歪ませて笑い始めた。


「良いね・・・君は実に良い」


「はあ?」


「ハンスが気に入る筈だよ。気に入ったよ」


「・・・貴方に気に入られても嬉しくありません」


 只管に気持ち悪い。

 嫌悪感を隠さずに伝えると、やはり笑みを浮かべる。


「良いね・・・」


 また小さく言った公爵は、ルイーズに向いた。


「・・・何か」


「すまなかったね」


 そして、公爵は頭を下げてルイーズに謝罪する。

 面食らったルイーズは目を大きく見開いて公爵を見た。


「君の父親の事は聞き知っているよ。立派に戦ったと言う事に何の意味も無いのは確かだし。私はその言葉を覆すつもりは無い」


「・・・」


 また言うかと、私が止めようとすると、公爵が横目に視線を寄越して制する。


「・・・ただ」


「何でしょう・・・」


「その言葉が戦死者に取っての尊厳になる。遺族に対する慰めになる事は確かでもある。そして何よりも」


 一旦、公爵は言葉を溜めて続ける。


「一人の軍人として・・・最後まで戦い、軍旗を奪還せしめて隊の誇りを護った事。その行動には最大限の畏敬の念を禁じ得ない」


「っ!」


 ルイーズの目尻に雫が溜まる。

 口許を抑えて嗚咽を隠し、しかし、体を震わせて床に崩れる。

 それに対して公爵は、背筋を伸ばし、胸を張って敬礼をした。


「失礼をした。メリス王国陸軍第七騎兵連隊、シャルル・ラロッシュ少尉並びにルイーズ殿。ここに謝意を示すと共に、シャルル少尉の連隊への献身と勇気を称え、敬意を表します」


「っ・・・!」


「貴女の父は・・・間違いなく勇敢な騎兵だった」


 ルイーズは俯いて涙を流し、公爵の言葉に頷き続ける。


「貴女にも・・・試すような事をして申し訳ない」


 公爵が私に向かってそう言った。


「・・・正直に言えば、まだ嫌悪感はありますが・・・謝罪は受け取ります。理由も特に聞きたくは無いです。・・・もうこんな事はしないで下さい」


「誓って」


 短く答えた公爵は、再び軽薄に笑った。

 この人の事は好きに成れそうにない。







「・・・ふふふ」


「随分ご機嫌ですねエスト陸軍卿」


「ああ、ハンスか。別に敬称は要らないんだけどね」


「そう言う訳にも行かないでしょう」


「まあ、そうか・・・」


「で、何故、そんなに上機嫌なんですか?」


「君の肝煎りの娘に会ったよ」


「!」


「君が気に入るのも無理は無い」


「・・・まあ」


「彼にそっくりだ。本当にそっくりだ」


「ええ」


「でも・・・嫌われちゃったよ。ほっぺを叩かれちゃった」


「・・・何をしたんですか?まあ、何となく想像は着きますが」


「ふふふ・・・あの眼、あの表情・・・思い出すだけでゾクゾクするよ」


「手・・・出さないで下さいね」


「出せないよ」


「・・・」


「でも、思い出すだけで興奮してくる。叩かれた時は思わず股座がいきり立ってしまったよ」


「本当に手を出さないで下さいよ?」


「勿論」


「・・・今一信じられない」


「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」


「・・・」


「僕に、彼女を汚すなんて無理だよ。ただ・・・」


「・・・何です?」


「彼女なら僕をタップリと扱き使って、非道い目に遭わせてくれそうだ。何なら、カイルと二人で存分に使い倒してくれても良いのにね」


「・・・駄目だ・・・この人何とかしないと・・・」

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