第二十六話
「・・・巫山戯るな!!」
唐突に声を上げたのはジルベールさんだった。
ハンスさんは跪いた姿勢のままでカイルを睨み上げて叫ぶ。
「何故貴様が!!狂った戦争の犬が!!」
「・・・」
カイルが叫ぶジルベールさんに近づいた。
「貴様は何を企んでいる!!我が国に敵を招き入れるばかりか、私の妹をどうしようと言うのだ!!」
目を血走らせて叫ぶジルベールさんに対して、カイルは意外なほどに落ち着き払っていて、全く警戒した様子も無く近づいた。
「馬鹿はお前だよ」
重々しいカイルの声が静かに響く。
「お前こそ俺を利用しようと思っていたみたいだが・・・当てが外れたな」
「っ!!」
「お前の考えていた事は分かっていた。この小娘を利用して、俺を呼び込もうとした。アウレリアを味方に付ければ共和国に対抗できる。そうだな?」
ジルベールさんは何も応えなかった。
カイルの言う事を無言で聞いて、私から逃げる様に顔を俯かせて視線を逸らす。
「お兄様・・・」
一度ジルベールさんに呼び掛けてみた。
だが、ジルベールさんは応えず、顔も上げない。
そして、少ししてから、俯いたままのジルベールさんが口を開いた。
「お前さえ・・・お前さえ私の思うとおりに動いていれば!!」
逆上してジルベールさんは声を上げる。
カイルは叫び声を上げるジルベールさんを冷たく見下ろしたまま返す。
「それは馬鹿の考えだよ。・・・自分の思うとおりに進めば何もかもが上手く行く。そんな風に恥ずかしげも無く言えるのはただの馬鹿だ。お前は自分の事を過大に評価しすぎだ」
「っ!!」
カイルの辛辣な言葉にジルベールさんが息を詰まらせた様に圧倒される。
ここからでは見えないが、見上げたジルベールさんはカイルの眼を見たようだった。
「・・・」
ジルベールさんの様子が変わる。
顔に大粒の汗を滴らせて、しかし、身体は真冬の中に居るかの様に震わせて、恐怖に顔を歪めている。
「ヨーティア!!ヨーティア、助けてくれ!!私は!!」
ジルベールさんが私に向かって助けを求める。
焦燥と恐怖に駆られたその姿は、今まで見てきた余裕の在る優美な姿とは雲泥の物で、とても同一人物だとは思えない。
見苦しかった。
余りにも見苦しくて見ていられなかった。
私はカイルの方を向いて声を掛けようとすると、先んじてカイルが口を開く。
「ジルベール。そう言えばお前、コイツの兄を騙ったらしいじゃ無いか」
「っ!!なっ!!」
カイルが驚くべき事を言った。
「どう・・・いう?」
「ジルベールがお前の兄なのは嘘だ。お前の母親に関しては本当の事も有るが、コイツとお前は何の所縁も無い」
一体どう言う事かとジルベールさんの方を見ると、彼は直ぐに視線を反らして藻掻く。
カイルはそんなジルベールさんの反応を他所に、更に言葉を続けた。
「ジルベール・デュ・ヨーヌ・・・お前が狙っていたのはヨーティアとの結婚だった」
「はあ!?」
思わず素の声が出てしまった。
そんな私の事を見てカイルは笑い更に続ける。
「先代のヨーヌ伯には子供が居なかった」
「・・・え?」
寝耳に水とはまさにこの事。
予期せぬ事を言い出したカイルを見て、その言葉に耳を傾けた。
「このジルベールはヨーヌ伯の妻の浮気相手の子供だ」
何だかややこしくなってきた。
私だけでは無く、良く見れば聞いていた会場の人達も狐につままれた様な顔をしている。
だが、良く見れば何人かはバツの悪そうに視線を逸らしていた。
「ヨーヌ伯は妻の不逞に悩み、その果てに当時この地に来ていた難民の少女と通じ、心を通わせた」
どうでも良いが、カイルが何かロマンチックな話しをしていると凄く似合わなくて笑えてくる。
「ヨーヌ伯は自分の妻の子が自分の子では無い事を知っていた。そして、少女が伯の前から姿を消した後、極秘裏に人をやって少女を探していた。が、その間に伯は倒れ、ジルベールがヨーヌ伯の座に着く」
成る程、詰まりはジルベールさんには本来は伯爵家を着く資格が無いわけで、本質的にはお母さんの不逞の子供と言うだけの身分にしかならない訳だ。
「だが、物語は終わりじゃ無かった。少女のその後を知らないと思っていたお前達は伯の日記に少女とその後も通じ、更には子供まで居る事を突き止めてしまった」
「それが私ですか?」
「そう言うことだ」
何という昼ドラ。
「ここでお前達は困るだろう。この事が広く知れ渡ればお前達は破滅・・・それを回避するには正統な血筋を手に入れる必要が有る。それがこのヨーティアだ」
だからあんなに必死になって私を取り戻しに来ていたのかと納得する。
思えば、私を外に出さなかったり、外部との接触を制限したりしていたのは、そう言った情報を隠すためだったのかも知れない。
「お前達の目論見は上手く行きそうだったな。まあ、今回は共和国の連中に感謝しないでも無い・・・いや、やっぱ無いな」
最後の方は冗談めかして言ったカイルは、私に向く。
「如何する?」
「え?」
「コイツらは・・・お前にとっては父親の仇の様な物だ。母親も苦しめられた。お前にはこの男に復讐する権利があると俺は思うぞ?」
成る程。
確かに、母と父が苦しめられたと言うのなら、気分の悪い物がある。
「ヨーティア・・・」
縋るような目でジルベールさんが私を見上げた。
「・・・」
「わ、私は・・・」
「何もしなくても良いです」
「・・・」
カイルに向いて言うと、カイルが右の眉を上げる。
「その心は?」
「父には会ったことはありませんし、母の事も、私が何かする事ではありません。それに、何だかんだと一月以上お世話になりました」
「そうか」
それなりに一緒の時間を過ごしたのだ。
顔も知らない父や、殆ど覚えていない母の敵討ちと言われてもピンとこない。
私は甘いのかも知れないけど、でも、例え何と言われても、私自身が不利益を被ったと言う自覚も無いのだから、何もする気が起きなかった。
「・・・なら、コレで俺の役目も大体終わりか」
「え?」
「王宮を占領して王を人質に取った。救出対象も確保した。半日もすればハンス達も来るだろうし・・・後はノンビリとしてればそれで終わり」
そう言って、カイルは王の方を向く。
「茶番は終わった。王よ。返事を聞かせて貰う」
「・・・」
最早あの偉そうな人も何も言わない。
全員の視線が王の方に向いて固唾を呑む。
「・・・卿」
王が口を開いた。
何処か疲れたような余り威厳の感じられないおじさんの声だった。
「一つ聞かせて欲しい。卿」
「なんでしょう」
「カールストはこの国を如何するつもりなのだ?」
「詳しい事は応えられない」
「・・・そうか」
「だが・・・まあ、貴方のその様子に免じて一つだけ良い事を教えましょう」
「有り難い・・・」
「カールストは嘗ての親愛の誓いを護ると言っている」
何の事を言っているのかは私には理解が出来ない。
だが、カイルの言葉を聞いた瞬間の王の穏やかな表情を見れば全てが察せられた。
「感謝する」
そう言って王は右手で冠を外して、それから無造作に放り投げた。
床に落ちた冠は軽く金属音を鳴らして少し滑って止まる。
「・・・終わった」
王は立ち上がって歩き出す。
「案ずるな卿。私は部屋に戻る。曲がりなりにも王には成すべき事が有るのでな」
「心配はしていません王。貴方は有能では無かったかも知れないが・・・正しく王だった」
「・・・最高の慰めだ。我が生涯で一番の言葉、確と胸に刻み付けよう」
「・・・」
「深い感謝を・・・最後の英雄よ」
カイルが立ち去る王に敬礼した。
それに倣うようにテオ達以外のカイルの部下の兵士達も敬礼のような姿勢を取る。
「最後の英雄って?」
王の言った言葉を疑問に思って口に出すと、テオが応えた。
「団長の呼び名の一つです」
「?」
「英雄の煌めきが失われた戦場で、唯一英雄として有り続けている。そう言う意味の呼び名です」




