第二十四話
カイルが着てからの2週間と言う日々は、劇的と言うしか無かった。
宣言通りに侵攻してくる共和国軍に攻撃を始めたカイルは、巧みな部隊の指揮と、自分自身の苛烈さを存分に発揮して次々と戦果を上げる。
その間の共和国軍は目に見えて精彩を欠いた動きしか見せる事が出来ず、言いようにカイルの掌で踊らされ続けた。
カイルとカイルの連れてきたレンジャー達の戦いには目を見張る物が有り、素人の私から見てもメリス王国の軍人とは物が違う。
強力な共和国軍の侵攻部隊は、コレまで立ちはだかる有りと有らゆる軍隊を正面から叩きのめして、その強さを誇示したが、立った一人の男と、それに従う150ばかりの兵士の前には全くの無力だった。
私には、メリスの3万人の軍隊よりも、僅か150人のカイルの部下達の方が強力な様に見えて、初めて、カイルが恐れられてきたその意味を知った。
だが、そんなカイルの活躍とは裏腹に、共和国軍はその圧力を更に強めて、遂にはメリス王国の海軍が大敗を喫したと言う話しが聞こえ始めた。
そして、その噂話程度の情報でしか無かったメリス海軍の敗北は、ジルベールさんの帰還と共に事実であると告げられ、私はこの先の事に不安を禁じ得ない。
だと言うのに、メリスの王家と政府は情況を楽観視して、危機に対して直視すると言う事をせずに、祝勝会などを催す始末だ。
「如何した?」
「・・・何でも有りません」
広々とした馬車の中、私は対面に座るカイルを見詰めた。
赤いド派手な軍服に身を包み、煌びやかな勲章を飾る姿は、恰幅の良さと戦地に出て少し痩せた事で精悍さを増した今のカイルにはよく似合っている。
そんな風に思う私の視線に、カイルが声を掛けてくるが、私は何でも無いと返して視線を外す。
「・・・」
祝勝会などと聞いたときには、この国の人間は果たして正気なのかと疑った。
確かにカイルの活躍で共和国の動きは止まったが、しかし、今だ国内に敵国の軍隊が存在して、しかも海軍が敗北したと言う事実がある。
そんな情況で暢気に祝勝会など、如何言うつもりなのだろうか。
そんな風に思っていると、カイルが言葉を掛けてくる。
「人間、追い詰められると意外と暢気な気分に成るものだ」
「は?」
「祝勝会を開く事に不満があるんだろう」
分かった風にそう言ったカイルだが、しかし、言われた事は私の心情を完全に読み切った物で、何となく、この男に内心を悟られると言うのは気分が悪い。
「もっと他にやるべき事が有るはずです」
「ほう?」
私は思わずカイルに向かって言った。
「パーティーを開いて無駄な時間を浪費して、目の前の事から目を背けている情況では無いはずです」
「なら、何をしろと?」
「当然、共和国を撃退する方法を考えるんです」
「どうやってだ?」
「それは・・・」
私の言う事に対して、カイルは短く相づちを打って、そして、痛い所を突く。
カイルは意地の悪そうな笑みを浮かべて、私に向かって言った。
「共和国を撃退する方法・・・一体誰が思い付くのか」
「・・・」
「お前の言う事は正しく正論だが・・・正論が常に正しい訳では無い。そして、正論を言った所で、必ずしも救われる訳でも無い」
「じゃあ・・・」
如何しろと言うのだろう。
私の言葉は発せられる事は無く。
程なくして馬車が目的の王宮に着いた。
「本当は、誰しもが分かっている筈なんだよ」
「え?」
「こんな祝勝会に意味なんて無い」
馬車から降りる直前に、カイルはそう言ってから、後は何も言わずに外に出た。
私は、その言葉の意味を探る様に心の中で反芻して、何も分からないまま馬車の外に出た。
「ようこそヨーティア。久し振りだね」
馬車の外にはジルベールさんが待っていた。
煌びやかな軍服に身を包んだジルベールさんは実に見目麗しいのだが、頬が少し窶れて居るように見える。
「お久し振りですお兄様。お元気でしたか?」
私は差し出されたジルベールさんの右手を取って支えられながら馬車から降りた。
履き慣れないヒールの高い靴に大きく膨らんだスカートのドレス故に、何時も以上に不安定になる私を、ジルベールさんが手を取って支えてくれる。
「今日はヨーティアのデビューになる。私が確りとエスコートするよ」
そう言って笑うジルベールさんは、服装も相まって、本当に絵になる。
ゲームなら間違いなくスチルが表示される所だと思いつつ、私は頷いて答えた。
「よろしく御願いします。お兄様」
そんな私達を、カイルが見詰めていた。
「貴方がメディシア卿ですね?」
ジルベールさんは私を支えながら、顔だけをカイルに向けて尋ねた。
「そうだ」
至極短く答えるカイルは、少しむず痒そうにしてジルベールさんに応じる。
「詳しい事は後程お話致しましょう。卿は本日の主役でもありますし、先ずは会場へ」
そう言って促すジルベールさんに、カイルは苦笑交じりに言った。
「こう言った場面には余り自身が無いのだがな。それに卿なんて勿体ぶった呼ばれ方も慣れないな」
そう言うカイルに、ジルベールさんが更に言葉を掛ける。
「何を仰いますか。貴方は卿と呼ばれるのには慣れていらっしゃるでしょう?」
「・・・」
ジルベールさんの言葉に、カイルは口許を結んで眼を細める。
何か言い知れない緊張感が二人の間に走るのを感じた私は、如何して良いか分からずに二人の顔を見比べる。
方や長身の甘い顔立ちのジルベールさんに対して、精悍で男らしく凶悪な目付きの、とても優れたと言い難い顔立ちのカイル。
一見すると主人公と悪役が対峙している様にも見える光景だ。
「卿は一体、何が目的で?」
「私の呼び名を知っているのなら、ただ一つ敷かないと思うが?」
そう二人は言葉を交わして、再び黙り込んだ。
「・・・行こうかヨーティア」
暫くして、ジルベールさんが私の方を見ずに言って会場へとエスコートする。
カイルはその後からゆっくりと付いてきている様で、私の方を見ないジルベールさんは、何処か表情が強張っている様に見えた。




