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第二十二話 とある共和国軍士官

 一月前、私は共和国の少尉として初めての実践の部隊に立った。

 当時、ザラス共和国軍は三個師団と二個旅団を投入して攻略に望み、前衛の第4師団を中心に激しい攻勢で押し進んだ。

 第4師団の他には、左翼を第2師団が、右翼には第1騎兵旅団が固め、私は後衛の第12師団の第33歩兵連隊に所属していた。

 精強なる共和国軍は初めの三日で二つの国を攻め滅ぼし、更に三日後にはメリス国境にまで進出した。

 昨日は軽く一当てして防衛に出て来たメリス軍を蹴散らし、国境の待ちを三つ落とした。

 この国を滅ぼすのにあと一週間も在れば事足りる。

 士官将校は誰もが確信をもって呟いた。

 だが、結果としてはそうは成らなかった。

 綻びは、八日目の朝に入った一報だったと思う。

 私は第2大隊の本管中隊にいて、前衛の部隊からの報告を聞いていた。

 その中に、気になる報告が入ったのだ。







「報告です」


 一人の伍長が入ってきた。

 赤ら顔の若い兵士で随分と背が高い。


「何だ?」


 天幕の中の簡易椅子に座ったまま彼の報告を聞く。


「前線に送った補給隊の一部が消息を絶ちました」


「・・・何時だ?」


「昨晩の事です」


 私は直ぐにコートを取って天幕を出た。

 そして真っ直ぐに大隊の指揮所に向かう。

 若い伍長は私の後に続いて歩いてきて、後から他にも報告を上げてくる。


「第2砲兵大隊の第3砲兵中隊が彼我不明の攻撃を受け野砲が三門破壊され、多数の死傷者が出ました」


「彼我不明?」


 彼我不明とはどう言う事か、攻撃を受けたのなら敵視かいないはずだ。

 不可思議な報告に眉をひそめる。


「報告によれば敵は騎馬で移動し、銃撃を加えてきたと・・・」


 乗馬する銃兵。

 そう言われれば思い至るのは騎兵師団の竜騎兵連隊だ。

 第1竜騎兵連隊は我が陸軍でも精鋭の竜騎兵で、その任務の性質からしても、五人による物とすれば攻撃の辻褄は合う。

 だが、それでも不可解な事が在る。


「第1騎兵師団は右翼の筈だ。何故左翼担当の第2師団の管轄に来ている」


「・・・」


 何か途轍もなく嫌な予感がする。

 私は足を速めて指揮所へと入った。


「少尉」


 指揮所に入った途端に大隊長に声を掛けられた。


「はい少佐」


 近寄って敬礼しようとすると、少佐はそれを手で制す。


「今朝は酷いものだ。先程から報告がひっきりなしでな」


「補給隊が消息を絶ったと」


「ああそうだ。だがそれだけでは無い」


「砲兵隊の事ですか?」


「それもあるが、まだ足りない」


 そう言うと、少佐は私に一枚の紙を手渡して読むように促す。


「・・・コレは」


 内容はこうだった。

 第12補給隊所属の輸送小隊が六つ消息不明。

 第2砲兵大隊弾薬補給小隊が消息不明。

 第14歩兵連隊弾薬小隊が消息不明。

 第28歩兵連隊第3大隊第3中隊が後退中に消息不明、尚同中隊は戦闘により消耗し二個小隊程度に減退。

 第2騎兵連隊が正体不明の騎馬集団を発見、誰何するも応答は無く、しかし、騎兵旅団の所属と判断し追跡は行わず。


「どう判断する?」


「・・・」


 何も言えない。

 此れ等の情報が表すのは、間違いなく敵性勢力による我が軍の後方撹乱だとは分かっている。

 だが、現状、この地域に我が軍の後方を撹乱し脅かせる事の出来る部隊はいないはずだ。


「敵の撹乱だとは思えないか?少尉」


「・・・」


「分かっている。君も有り得ないと思うのだろう」


 私の心情を見透かす少佐は、そう言うと懐から手帳を散りだして見せる。


「コレは?」


「私がまだ少尉だった頃の物だ」


 手帳には何かがめり込んだような跡が残っていて、ページが半ばまで貫かれている。


「ザラス東部戦争の時だ」


 少佐が話し始める。


「ザラス東部の・・・ロザンと言う小さな田舎町がある」


「・・・」


「当時私は小隊長としてその町に偶々居合わせた。だが、そこに敵が来たのだ」


「それは・・・」


「敵はカラビエリを襲撃した帰り、大胆不敵にも包囲を突破して国へ帰らんとする途上」


 その部隊が何だったのかは知っている。

 その部隊の指揮官が誰だったのかも知っている。

 そして、少佐の言わんとする事も分かってしまった。


「レンジャーだ」


「まさか・・・」


「間違いない」


 断言する少佐の声は、然程大きくは無く、だがそれでも指揮所の中に良く響いて、全員が少佐の方を向いた。


「少尉」


「・・・はい」


「君に中隊を預ける」


 私は少尉だ。

 中隊を指揮する権限等無い。

 そう言おうとした瞬間、少佐が先んじて言う。


「第1中隊のジャン・ホセ中尉が離脱する事に成った。彼は歳だったからな」


 ジャン・ホセ中尉はかれこれ三十年は戦ってきた大ベテランで、一介の兵卒からのたたき上げだ。

 そのジャン・ホセ中尉は最近は腰痛に悩まされていた。


「ルイ中尉、頼んだぞ」


 そう言って少佐は私の方に手を置いた。

 私は力無く頷くことしか出来なかった。







 その夜、私は早速と言わんばかりに任された中隊と共に補給隊の護衛任務に就く。

 任務の内容は第4師団の第4補給隊の輸送部隊を前線に送り届ける事で、150名から成る第1中隊で60名の補給隊員と20両もの荷馬車を護衛する。


「・・・」


 見上げる空には月は無く。

 厚い雲の掛かった完全な暗闇は、まるで私を誘うかの様に妖しい。


「中尉」


 背後から声を掛けられた。

 声の主は、あの赤ら顔の長身の伍長で、私の中隊長付だ。


「中尉」


「・・・なんだ伍長」


 二度目の呼び掛けで漸くハッとして応じる私を、彼は訝しげに見詰める。


「大丈夫ですか?」


 心配そうな彼に、私は無理をして笑って返す。


「大丈夫・・・少し眠いだけだ」


「なら良いですが」


 今の所、何の異常も無い。

 問題は何も起きていないし、順調にいけば明日の朝には第4師団の後衛に合流できる。

 そう、順調にいけば。


「伍長」


「何でしょう」


「君の名は・・・」


 言い掛けた瞬間、銃声が暗闇の中で鳴り響いた。


「っ!!」


「敵襲!!」


 隊列の戦闘から叫び声が聞こえる。

 馬の嘶きと共に蹄の大地を踏み付ける音が響いて、その後に銃声が再び鳴った。


「中隊!反撃に出ろ!!各小隊長は隊員を掌握!!」


 敵は先頭を攻撃している。

 その辺りには第3小隊が配置されており、初撃を防げれば充分に対抗できる。

 そう思っていた。


「中尉!!」


 伍長が叫ぶと同時に、今度は背後から爆音が響いた。


「っ!?」


 ごうごうと背後の馬車が煙を上げていた。


「今度は最後尾が攻撃を受けています!!」


 前と後が攻撃に晒された。

 この瞬間、この車列は行動不能に陥り、我々は進む事も戻る事も出来なくなった。


「っ!」


「中尉!!」


「中隊集合!!中央に集まれ!!」


 私は決断を下す。

 直ちに中隊の各小隊を集合させ、車列中央で防衛の構えを取ることにした。


「中隊集合!!」


 伍長が叫ぶと、呼応した他の隊員も直ぐに叫ぶ。

 直ぐ近くの馬車の補給隊員は直ぐに馬車を棄てて私達の側に来る。

 補給隊も一応は自衛用の装備は持っているが、全員分では無い上に銃は少なく。

 戦闘訓練も充分い受けているとは言い難い。


「方陣を組め!!補給隊は中央で固まるんだ!!」


 隊員の集まりが悪い。

 恐らくは初撃で幾人かが死んだか負傷したのだろう。

 助けてやりたい所だったが、今の状況ではそれは叶わず、私は泣く泣く斬り捨てるしか無い。


「・・・」


 不意に場が静まり返る。


「敵は何処だ!!」


 先程までの喧騒が嘘の様に静かになると、敵は音も無く姿を消す。


「敵は何処だ・・・」


 暗闇の中に目を凝らしてみても何も見えない。


「クソッ!!」


 思わず悪態を吐く。

 だが、そんな事をしても何にも成らない。

 打たれるだけ打たれて、此方が反撃する前にトンズラこかれて、何も出来なかった。

 こんなに腹立たしい事は無い。







 結果として、私は生きて帰れた。

 輸送任務も何とかやり遂げる事が出来て、予定より遅れはしたが物資を第4師団に運ぶことが出来た。

 だが、物資の内の三分の二が失われ、補給隊員12名と中隊員8名が命を奪われる結果となり、その他にも、私以外にも他の部隊が襲われたそうで、その日に補給が出来たのは私が護衛した補給隊だけだった。

 生きて帰った私に、少佐は笑いかけて、それから孔の開いたあの手帳を渡してきた。

 ジッとその手帳を見詰めてみる。

 初めて見たときは見窄らしい古臭いゴミにしか見えないそれが、しかし今見てみると、眩く輝く勲章の様に見えた。

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