第二十話
ザラス共和国軍の現在の陸上総戦力は、骨幹とする12個の師団の他に、7個の旅団、2個独立混成団、それと後方支援を合わせた約30万人である。
また、海軍も強大で、大型の戦列艦だけ18隻を保有し、それよりも小さい物を含めた戦闘艦艇は、全部で70隻を超える。
この共和国の軍事力と言うのは、現在において、この大陸の中央から西側に掛けての諸国家の中でも最大級の物であり、これを超える軍事力というのは、北のガイウス帝国と言う国しか無い。
さて、ここで、メリス王国がどれだけの兵力を擁するのかと言えば、ザラス王国と比べて大きく見劣りする。
まず、陸上兵力は全戦力を掻き集めても5個師団が限界であり、常備としては二個師団程度となる。
海上はもう少しマシで、艦艇総数は25隻、内、大型の戦列艦が10隻と言う内訳になる。
ただし、海軍の艦艇に関してはやはり一隻辺りの大きさは圧倒される物で、メリス王国最大の戦闘艦ですら、ザラス側の主力艦と比べれば見劣りする。
ザラス西部の分離独立した中小国は、全部で11ヶ国存在するが、全ての国の常備戦力を掻き集めて8個師団が精々で、メリス・中小国連合は、出せる限りの全戦力を結集して漸く、ザラスに対抗できる。
だが、ザラス側の戦力は常備だけで上記の戦力であり、徴兵可能な男性を強制的に招集し、国内の兵力を掻き集めた場合、容易く倍以上を半年以内に整備できる。
こうなれば連合側には対抗する手段など、一切存在しない。
「最後通告ですね」
「・・・」
食堂の机でジルベールさんと向かい合う私は、聞いた話を纏めて呟いた。
「まっ・・・どうしようも無いな」
ジルベールさんの隣でフランソワさんが言った。
「・・・」
ジルベールさんは何も言わずに俯いている。
周囲の部屋の壁際で佇む使用人の方々も、何処か暗く俯いている様に沈み込んでいる。
「お茶です」
ルイーズが私の手元にお茶の入ったカップを出して、それから直ぐ他の二人にも同じように差し出した。
「・・・」
「・・・」
テオさんの言っていたハンスさんの来訪は、結局の所、行われなかった。
ザラス共和国は東部周辺の海域で大規模な演習を実施してアンゲイル公国を牽制した。
これと同時期にメリス近海でもザラス共和国の軍艦が頻繁に出没するようになり、此れ等の動きによってアウレリア王国が警戒を強化した。
その結果、王国軍の中でも比較的重要な地位に居るらしいハンスさんの早期の帰国が決定、メリスを目前に引き返した。
ザラストの戦いにはアウレリアの助力は不可欠な物であり、それが得られなく成った今、ジルベールさんとフランソワさんが頭を悩ませているのだ。
「実際の所・・・どれ程絶望的なのでしょうか」
ルイーズが小さく尋ねるように言った。
普通ならば、使用人が主人に質問するような事は咎められる事なのだが、フランソワさんは何も咎めるような事はせずに答えた。
「絶望的だ。持って二週間だ」
「ザラスの師団は1個辺りで15000人程居る。師団辺り1万人の我が国とは比較にならん。彼方の2個師団は、此方の3個に匹敵・・・いや、装備や練度も考えれば4個居て漸く勝負になると言った所だろう」
ジルベールさんの補則に、ルイーズは途端に顔色を青ざめさせる。
聞けば聞くほどに絶望的としか言いようが無い。
「我が国にもカイル・メディシアの様な人物が居れば・・・」
壁際の使用人の一人が小さく呟いた。
誰もが黙り込んだ広い食堂は声が良く響いて、その小さな呟きに、直ぐに全員が反応して彼女の方を見た。
「も、申し訳御座いません・・・・」
使用人の女性は直ぐに頭を下げる。
「カイル・メディシア・・・か」
フランソワさんが名前を言った。
「確かに、彼ほどの人物ならこの状況でも何とかするかも知れないな」
続いてジルベールさんもカイルの事を喋る。
何と言うか、この世界の人々は、あの男の事を変に持ち上げすぎている様な気がする。
確かに、あの目付きは恐ろしいが、実際には、肥え太った怠け者の飲んだくれでしか無いのに、夢を見すぎでは無いだろうか。
「無い者を強請っていても仕方が無いだろう・・・」
ジルベールさんが溜息を吐きながら言った。
確かに、カイルが実際にどんな優れた人物だったとしても、今この場には居ないのだから、考えたって仕方が無い。
「それもそうだな」
フランソワさんが相づちを打って姿勢を正す。
そして、再び場の空気は重く沈み込んで全員が押し黙った。
そして、そのまま時間が過ぎ去り、夕食も軽く済ませた私は一人くらい自室でベッドに入った。
出来れば私も何か力になりたい。
だが、私の手は何とも小さくか弱く、無力な物で、私に出来る物は何も無かった。
そんな風に考えながら瞼を閉じた日から三日、遂にジルベールさんが屋敷を出た。
フランソワさんも王都へと戻って本格的な戦闘の用意に入るそうで、屋敷からも必要最低限の人員を残して去ってしまう。
「・・・静かになりましたね」
一人呟いてみて、何も返事をしてくれない事に寂しさを覚える。
ルイーズは、今やこの屋敷の数少ない使用人の一人となり、居なくなった人員の分も働いている。
「寂しい」
寂しさを紛らわせるために呟く私は、誰も居ないのにと自嘲して、窓の方を向いた。
「なら・・・旅にでも出ますか?」
そう言ったのは、何時の間に現れたのかも分からない一人の長身の男性だった。
「・・・っ!」
「ああ、騒がないで下さい。お嬢」
お嬢、そう呼び掛ける男性の声には聞き覚えがある。
「・・・貴方」
浅黒い肌と顔の横から突き出た長く尖った耳。
服装は普通の平民の着るような物で、奇妙な違和感を感じる。
「こうして顔を見合わせるのは初めてですね。お嬢」
「貴方が・・・テオさん何ですか?」
「はい」
一体、何をしに来たのかとそう考えた瞬間、私は彼の目的に思い当たった。
「お迎えに上がりました。状況が変わったので貴方を連れて帰国します」
そう言って手を伸ばした彼は、その麗しい見た目も手伝って、随分と多くの女性を味方に付けそうだ。
「・・・」
だが、私はその手を払って言った。
「お断りします」
「・・・」
言って見た瞬間、目の前の人物の纏う雰囲気が一瞬にして重々しい物に変わる。
「お嬢。これは御願いじゃ無いんですよ」
そう前置きをして、テオさんが直ぐ近くに迫る。
「これは、俺の任務なんで。アンタに拒否権なんて無い」
私の手を握った彼は、そのまま強引に私を引っ張った。




