第十九話
夜、就寝前にお茶をと言う事で、ルイーズがお茶を入れてくれている。
何だかんだで連れてこられて二月が経とうとしているが、その間の変化というのは、ルイーズと仲良くなったと言う事だけだ。
ジルベールさんに着けられた家庭教師は、もう教える事は無いと言って帰ってしまい、私は更に暇を持て余している。
どうせ暇なのだからと、もっと勉強を教えろと言って返って来た答えが、貴族の御令嬢に勉学はこれ以上は必要無いから、刺繍と読書でもしながら花でも愛でていろと言う様な事を言われた。
「お茶が入りました」
「ありがとう御座います」
ルイーズが横からお茶を差し出してきた。
彼女とは随分と仲良くなったと思う。
先日の身の上話をした当たりから、ぐっと距離が近付いて気の置けない仲になったと私は思うが、本当の所は、彼女は如何思って居るのだろうか。
よもや、仲が良いと思っているのは私だけではあるまいか。
そんな事を考えていると眉間に皺が寄って来る。
「お嬢様。眉間に皺が出来てしまいます」
ルイーズは空かさず、私に苦言を呈する。
最早私の言葉遣いを直そうと言う事は無くなったが、こう言う所は口煩く指摘してくる。
「退屈です」
「・・・」
この二ヶ月と言うもの、只管に屋敷に缶詰状態の私は、好い加減に退屈すぎて嫌気が刺している。
やる事が無いと言うのは、ある種の拷問の様で、誰でも良いからこの状況を打破してくれないかと思っている。
「それではお嬢様」
「お休みなさい」
僅か一杯の御茶は直ぐに飲み干した。
そうするとルイーズはカップを片付けて、就寝の挨拶を交わした後に部屋の照明を消して出て行く。
私はベッドに入って枕元のランプに手を伸ばす。
一体どう言う原理なのかは良く分からないが、日本の自室にあった物と大差ない様な小型の証明は、紐を引くだけで点いたり消えたりする。
「・・・」
灯りを消して仰向けで暗い天井を見上げると、明日はもう少し退屈が紛れる事が起きないかと、そう思う。
私は、明日に対しての不安と期待を抱いて瞼を閉じた。
「お嬢・・・」
誰かが私を読んでいる気がする。
「・・・」
私はもう少し眠りたいと思って寝返りを打って逃れる。
「お嬢」
私を呼ぶ声は、さっきよりもハッキリとして私の鼓膜を震わせる。
聞き慣れない男性の声だ。
一体何処の誰だろうか、夜中に淑女の部屋を尋ねるなんて、なんて不届きな、等とそれらしい事を考えるが、そんな柄でも無い。
「お嬢・・・起きてくれ」
好い加減にしつこいと思って目を開けて上体を起こすと、暗闇の中に人影を感じた。
「・・・だれ」
何者かと確認しようとランプに手を伸ばすと、それは声で静止される。
「灯りは点けないで下さい」
何とも我が儘なと思わなくも無いが、仕方が無いから従う。
「誰ですか?」
取り敢えず名前を尋ねた。
「テオと言います」
テオと名乗った人物は、声の感じからして年若い青年と言った所だろう。
男と深夜の密会と言うと、何となく色気を感じるが、雰囲気が全くそれを感じさせない。
「私はスカウトコマンドの者です」
「スカウトコマンド?」
聞き慣れない単語だ。
聞きかえすと簡単に説明された。
「カイル閣下麾下の特殊作戦部隊です」
特殊部隊だった。
と言うか、あの人物はこの世界で特殊部隊を作っていたのかと驚く。
今だ確証は無い物の、私の中でのカイルが異世界転生か何かだと言う疑念が大きくなる。
が、今はそれは余り関係ない。
今は目の前の事に専念しよう。
「何の用ですか?」
用件を尋ねた。
そうすると直ぐに応えが返ってくる。
「閣下の命令で来ました」
「カイル・メディシアさんの?」
「はい」
一体、あの人が私に何の用があってこんな事をするのか。
疑惑は尽き無いが取り敢えず話を聞く。
「現在、我がアウレリア王国は総力を挙げて、お嬢の救出に尽力をしている所です」
「具体的には?」
「数日中にザラス共和国軍が攻勢を開始します」
「!」
驚くべき事を言い出した。
私が言葉を失っていると、テオさんは更に続ける。
「ザラス軍は三個師団と二個旅団を前進させ、一週間以内にメリス王国の国境に到達するはずです」
淡々と恐ろしい事を言ってのける。
戦争とか、そう言う話は良くは分からないのだが、言っている事は決して容易な事では無いはずだ。
テオさんの言う事が本当ならば、ザラスの軍隊は、一週間で最低でも三つの国を滅ぼすと言う事なのだ。
「・・・メリスとザラスが戦ったらどうなりますか?」
気になった事を尋ねてみる。
「持って一週間でしょう。ザラス側は投入してくる軍の他に、後方予備に更に二個師団を用意しています。ほぼ無傷の状態でメリスに攻勢を開始すれば、メリス側に防ぐ手立てはありません」
メリスもそう小さな国では無い。
それだと言うのに、勝負にならないと言ってのけるテオさんの言葉は、本当に信じがたい。
だが、淡々とした彼の口調が嘘を吐いている様には思え無くさせる。
「我々の作戦は、今の所はメリスを支援する過程で、交渉で貴女の身柄を引き取る事です。私はそれまでの間の護衛として派遣されました」
「どう言う事ですか?」
詳しく話を聞くと、どうやら結構な偉い人だったらしいハンスさんと、かなり偉い人でコネが沢山のカイル・メディシアが王様に直訴して今回の私の救出作戦を実行に移しているそうだ。
今現在のザラスの動きを利用した作戦は、メリス王国に危機が迫っている状況を盾にとって、私の身柄と引き換えに援軍の派遣を提案すると言う事だそうで、同時に、アンゲイル公国の海軍も動かして脅しも掛けるそうだ。
メリス王国としては、今の状況でアウレリア王国まで相手にするのは避けたい状況で、もっと言えば、アウレリアの助力を得られれば充分にザラスに対抗できると言う事だそうで、ハンスさん達は状況を最大限に利用している。
「仮に、交渉が決裂した場合は、我々がお嬢をアウレリアに連れ帰ります」
「・・・何故、こんな回りくどい事を?」
無理矢理釣れて帰れるなら、何故最初からそうしないのかと尋ねてみた。
「閣下と参謀長殿は今回の件で、我々による作戦を強行した場合の損害と、陸軍の派遣を視野に入れた作戦を天秤に掛けて、交渉を選びました。貴女の救出のために我々コマンドに被害が出る事は割に合わないそうです」
「・・・軍隊が出動すればもっと被害が大きいと思うのですけど」
「軍が全体で動けば、被害は大きくなりますが、敵に対する損害も与えられます。その場合はプラスマイナス出言えばプラスになります」
「・・・」
「既に我が陸軍には動員命令が下りています。ザラスに対しては最大限に秘匿していますが、既に近衛師団と第一師団、第四師団が集結を完了しています」
私が連れて来られてから一体どう言う動きがあったのか分からないのだが、口ぶりからかなり大がかりな事をしている様だ。
「三日後、ハンス大佐がメリスに入ります」
「!」
ハンスさんが来る。
そう言われると胸が躍った。
「我々は以降は可能な限り秘密裏に貴女を護衛いたします」
「・・・よろしく御願いします」
ふと、窓の方を見ると山際が白んで来た。
朝日が段々と大地を照らして、そのまま部屋の中に差し込んで入る。
「・・・」
テオさんの方を見てみると、そこには既に人影は無く。
そこに人がいた痕跡も無い。
一体、何処から出入りしたのかも分からず、はたまた、自分の頭が造り出した妄想の産物だったのかとも思うが、取り敢えず、三日後に本当にハンスさんが来るのか待ってみようと思った。
そして、三日後には、この事は幻では無かったと確信が持てた。




