第十八話
フランソワさんの襲撃から五日が経った。
あれ以来のジルベールさんは、何処か上の空の様な感じで、私に構う時間が随分と少なくなった。
そして、その裏では忙しなく動き回っていて、私の起きる前から遠方へと赴いているようだ。
「戦争が始まるのでしょうか・・・」
朝食後にお茶を入れて貰ってゆっくりしていると、ルイーズがそう呟いた。
「・・・戦争は嫌い?」
何を馬鹿な事をと思うかも知れないが、私には戦争がどう言う物なのか、余り良く分かっていない。
遠い国で起こっていたテレビの向こう側の出来事で、それが自分の直ぐ近くで起こると言う感覚が、今一理解できず、戦争の恐ろしさと言う物も感覚が掴めない。
「嫌いです」
ルイーズは私の質問に即答する。
そして、続けて言った。
「私の父は軍人でした」
「そうなの?」
「・・・でも、私が小さい時に死にました」
そう言われると、私は何も言えなくなった。
何と声を掛ければ良いのか分からないのだ。
大変だったと言えば良いのか、もっと込み入って聞き込んで良い物なのか、その判断が付かない。
そんな私の心境を知ってか知らずか、ルイーズは更に続ける。
「丁度十年前の事です。父は当時起こっていたニゼル事件に従軍していました」
ニゼル事件とは、当時メリス王国の北東部、カールストとの間に興った新興の小国のニゼル王国をカールストが武力制圧しようとして起こった戦いである。
詳しい経緯は省くが、カールストは自国から分離独立したニゼルに対して武力侵攻し、ニゼルはメリスに援助を要請、その要請に従ってメリス軍がニゼルに進入した。
だが、メリス軍がニゼルに入ると、ニゼル軍とカールスト軍による激しい攻撃に合い、数日の攻防の後に退却した。
ニゼルは国内でも主張が別れていて、当時、メリス軍が入った直後にカールスト派の貴族が武装蜂起を起こして首都を占領、王家とそれに従う少数のメリス派は追い出されていた。
後に、ニゼルの王家はメリスに亡命してきており、メリス軍は悪戯な消耗を嫌ってニゼルへの介入を断念、事件は一応の終息を見せた。
「お父様は・・・どちらに?」
「王立第七騎兵連隊でした」
後になって知った事だが、第七騎兵連隊は当時唯一の騎兵連隊だったそうで、当時のメリス軍の連隊の番号は兵科に関わらず順番に付けられていたそうだ。
つまり、ルイーズの父親と言うのは、軍人としてはそれなりのエリートだった様だ。
「あの日・・・父は帰ってきませんでした」
「・・・」
「父は直ぐに帰ってくる。年越しは家族で祝おうと言っていました」
「・・・遺品は?」
尋ねてみるとルイーズは無言で首を振る。
「髪の一本も帰ってきません。空っぽの棺桶しかありませんでした」
空の棺桶を囲んだ葬儀。
それがどれ程の物なのかは想像も着かない。
ただ、遺族の気持ちを考えれば、とても整理の着くものではないだろう。
「二年後に母も逝きました」
「・・・お母様は、ご病気で?」
「栄養失調です。父が戦死してから母は目に見えて衰弱してしまいまして、何も食べなくなったんです」
「お母様が亡くなってからは?」
「伯母夫婦の下に・・・とても良くしてくれました」
何と言うか、人生色々の様だ。
まさかこんな身近な人物に、こんな重たい過去があろうとは思いもよらなかった。
しかし、この時代の事を考えると、これでも案外普通なのかも知れない。
平和な日本とは有りと有らゆる意味で常識が違っているのだ。
「お嬢様は」
「なに?」
「お嬢様は寂しくは無いのでしょうか」
突然何を言い出すのかと思えば、私が寂しくないのかとルイーズが聞いてくる。
「何故?」
何をいきなりと思って聞きかえすと、ルイーズは少し聞き辛そうにして言う。
「・・・お父様の事もお母様の事も・・・その」
そう言えば私も両親が居ないのだった。
頭の中には確りと日本の両親の記憶が有るから、スッカリとその感覚が抜け落ちてしまっていた。
「寂しくも何ともありません」
「・・・本当ですか?」
何だか妙にグイグイと来るが、これも仲良くなったと言う事だと思って応える。
「本当です。だって、最初から居ないのだから、辛いも何も有りません」
「お嬢様・・・」
正直に言うと、ルイーズが悲しそうな表情をする。
言ってから気付いたが、両親の思い出が一切無いと言うのは、それは若しかして両親を失うのよりも可哀想な状況なのでは無いだろうか。
「大丈夫ですか?ご無理は?」
していないのだが、本当に心配そうにしている。
「・・・申し訳御座いません。私が変な事を・・・」
気にしなくても良いのだが、かなり気にしている。
これは気にするなと言っても無理な話だろうから、程々の所にするように気を付けておけば良いだろう。
余りにも気に病むようなら一度確りと言い聞かせれば良いし、普段から元気にしてれば大丈夫なのが伝わるだろう。
「・・・」
「・・・」
何だかシンミリとしてしまった。
外はとても良く晴れていると言うのに、こんな空気では気が滅入ってしまう。
「お茶を下さい」
「・・・」
ルイーズは無言でお茶を注いだ。
お茶は容れてから少し時間が経ちすぎてしまっている為、香りも立たなければ熱も無く。
そして、その事にも気が付かないルイーズは、見ていてこっちが気の毒になってきてしまう。
「・・・」
ここで冷めている事を伝えれば余計に気を使わせる事になるし、彼女の事だから何らかの罰を求めるだろう。
それは私の望むところでは無いし、猫舌の自分には丁度良い位でも有る。
何よりも、年下の子に何時までも沈んだままで居られるのも寝覚めが悪い。
「いただきます」
小さく言ってから、温くなってしまったそれを、私は一息に飲み干した。




