第十七話
「お前、俺の妻にならないか?」
「面白い冗談ですね」
取り敢えず惚けてみた。
私も中々に慌てているのだ。
何せ、突然に美丈夫に結婚しないかと言われたのだ。
慌てないのが無理がある。
「・・・取り敢えず理由を伺っても?」
ここは一端落ち着くために、相手の動向を探る。
一体何と行って来るのかは分からないが、私としては、本当に冗談だったというのがベストだ。
「最近になって、周りの者達が結婚しろと五月蠅くてな」
「それで如何して私に?」
「目が気に入ったからだ」
「目?」
「俺に睨まれて睨み返してくるのだ。興味が湧かないはずが無い」
何を言い出すかと思えば、少女漫画の登場人物の様な事を言い出した。
何だってこんな事にと思案していると、フランソワさんは私の顔を覗き込むように腰を折る。
「どうだ?」
恐らく、世の女性ならば大抵の場合は頷いてしまいそうな色香を出して短く促す彼に、私は冷静に応える。
「無理です」
当たり前だ。
結婚なんて出来るわけが無い。
この男と結婚したら、確実に苦労する。
そう思って、私は断った。
「駄目か?」
「駄目です」
尚も食い下がる彼は、少し意外そうにして背筋を伸ばしって私を見下ろす。
「世の女性が皆、貴女に靡くとは思わない事です」
「流石に皆が靡くとは思っていないが・・・お前くらいならイケると思った」
ぶっ殺してやろうかこの野郎。
「・・・正直なのは好感が持てます」
辛うじで返せたのがその言葉だった。
危うく本当に言ってしまうところだったのを、何とか堪えられた自分を褒めてあげたい。
「・・・」
好い加減に誰か助けてくれないかと思い始めた頃、丁度良く、その助けが現れた。
「フランソワ!」
背後から目の前の男を呼ぶ声が聞こえた。
「おお、ジルベール」
兄だ。
ジルベールさんが来てくれた。
「フランソワ。私の妹と何を話していたんだ?」
ジルベールさんは直ぐに私達の下に来て、私に並んで立って尋ねた。
「・・・妹?」
フランソワさんは、妹と言う単語に眉をひそめ、小さく聞きかえす。
それに対するジルベールさんは、何とも嬉しそうに応えた。
「ああ、私の妹が見付かってな。この子がその妹だ」
「・・・」
ジルベールさんの言った言葉を聞いて、フランソワさんが再び私を見詰めた。
「改めてよろしく御願いいたします」
再度、私はフランソワさんに対して言った。
そんな私の事を暫く見詰めたフランソワさんは、顔を上げてジルベールさんに向かう。
「・・・ジルベール」
「ん?」
「お前の妹を私の妻にくれないか?」
「あ?」
神妙にジルベールさんに言ったフランソワさんは、全く悪びれもせずに私の手を引いて抱き寄せた。
「多少小さいが・・・こうしてみると中々絵になるだろう」
真面目に言っているのか、冗談で言っているのか、兎にも角にも、私にとっては冗談であって欲しいと言うだけだ。
「どうだ?ジルベール」
「・・・」
先程からジルベールさんの様子がおかしい。
フランソワさんの言葉を聞いてからと言うもの、少し俯き加減で肩を戦慄かせている。
「・・・フランソワ」
「何だ?」
これはもう、確定だろう。
「死ね」
次の瞬間には、ジルベールさんの腰の入った右のストレートがフランソワさんの左の頬を捉えていた。
「痛いじゃ無いか」
しかし、フランソワさんは、僅かに蹌踉めくだけで涼しい顔をしている。
成る程、中々に鍛えられていて、ガタイが良いのは伊達では無いようだ。
「フランソワ・・・私からヨーティアを奪おうというのか?」
「いや、暫く貸して貰うだけだ」
中々に最低な事を言いやがるこの男。
それに対してジルベールさんも、何と言うか、出会って間もないと言うのに、私の事で熱くなりすぎだとは思う。
が、今は都合が良いので無視する事にした。
「暫く・・・借りる?だと?」
「ああ、家の者達が静かになるまでだ。何、適当に男の二、三人孕ませれば納得するだろう」
そう言うが早いか、即座にジルベールさんの二発目の拳がフランソワさんの顔面に吸い込まれた。
「私の・・・妹を?孕ませるだと?」
取り敢えずジルベールさんの顔がヤバイ。
ゲームのライバルキャラが悪堕ちしてラスボスになりそうな感じの顔になっている。
「痛いぞ」
そんなジルベールさんに殴られていると言うのに、フランソワさんは相も変わらず涼しい顔で佇む。
と言うか、成人男性の強打を顔面に食らっているのに、倒れもしないのは本当に人間なのだろうか。
私は、目の前で繰り広げられている二人の男の様子を見ながら、不思議と冷静になっていった。
そして、ふと一つ疑問になった事がある。
私はその疑問を目の前の拳が顔にめり込んだ男に尋ねてみた。
「フランソワ様?」
「如何した?」
「どう言った御用件でお出でになったのですか?」
と尋ねると、フランソワさんは、何かを思い出した様に手を叩いた。
そして、右手でジルベールさんの右手を掴んで顔から離す。
「伝え忘れていた。ジルベール」
「ああああ?」
好い加減、このままだと兄が人を辞めてしまいそうだ。
「お兄様」
「なんだい?ヨーティア」
「落ち着いて下さい」
私が声を掛けただけで落ち着きを取り戻したジルベールさんに、フランソワさんが話し掛ける。
「ジルベール」
「・・・んだ?」
やっぱり落ち着いていない。
同一人物かと思うほど低く剣呑な声色で返す。
そんな、ジルベールさん様子を物ともせず、フランソワさんは要件を伝えた。
「ザラスが動き始めた」
「!」
フランソワさんが言うと、ジルベールさんは直ぐに表情を変化させ、真剣に話を聞く。
「カラビエリに艦艇が集結しだしている」
「カラビエリか・・・」
カラビエリは共和国に属する港町で、共和国最西端の大規模な都市の一つである。
教えられた知識によれば、海軍の重要な拠点でもあるそうで、そんな街に軍艦が集まっているとあればザラスと敵対状態のメリス王国としては黙ってはいられないだろう。
「ああ、恐らくは第二艦隊だろう。陸戦隊も多数集結が認められた」
「陸軍の方はどうだ?」
冷静な様子のジルベールさんが、フランソワさんに尋ねた。
海軍が動いている以上、陸軍にも動きがあってしかるべきだと考えたのだ。
そんなジルベールさんの質問に、フランソワさんもと答える。
「海軍ほど慌ただしくは無い・・・が、首都近辺の駐屯部隊が移動している。それに」
フランソワさんが言い淀んだ。
「?・・・何だ?」
ジルベールさんが首を傾げて聞くと、フランソワさんは少し溜めて言った。
「東部に駐屯していた第四師団が西部に移動している。既に首都にまで来ているようだ」
「第四師団・・・ザラスの西部方面の兵力はどれだけだ?」
「第二、第六師団を基幹として、その他に三個旅団と一個の独立混成団、その他を合わせた4万程度だ」
師団は凡そ1万人程度で構成される戦略単位で、旅団は5000人以上、混成団はどの程度かは分からないが、恐らくは3000人は超えているだろう。
その兵力がどの程度の脅威なのかは分からないが、二人の口ぶりからすれば、相当な脅威なのだろう。
「第四師団が来ると言う事は・・・」
「ザラスは一個師団と一個旅団を残して二個師団二個旅団を投入してくる筈だ」
「諸侯は?」
「レニス王から援軍の要請が出ている。既にアルール侯の軍が出立した」
「兵力は?」
「8000だ」
レニスがどれ程の規模なのかは分からないが、多分ザラスから独立した国の一つだろう。
そうなれば、周辺国からも援軍が派遣されていると思うが、果たして小国にどれ程の余裕が在るだろうか。
「それで、私に要件とは?それを伝えに来ただけでは無いだろう?」
ジルベールさんの言葉に、フランソワさんは頷いた。
そして、本題を伝えようと口を開く。
「参陣要請だ。お前に我が海軍を率いて第二艦隊を牽制して貰いたい」
「・・・それは、友人としての頼みかい?それとも・・・」
「軍参謀としての要請だ」
「・・・」
それからジルベールさんは考え込んで顔を伏せた。
「ヨーティア」
そんなジルベールさんを一瞥して、フランソワさんが私に視線を向ける。
「今の所は嫁入りの話は置いておく」
それだけ言うと、フランソワさんは立ち去った。
そして、後に残された私は、考え込んでいる兄を如何するか、残して部屋に帰って良い物かと悩んで小一時間は庭を眺め続けた




