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第十六話

「貴族の女性は何をして過ごしているのかしら?」


 ルイーズを宛がわれて一週間が経った頃、大分打ち解けてきたと思った私は、暇を持て余した末に声に出した。


「・・・と、言いますと?」


 三日目ぐらいで私に対する態度や対応を固めたルイーズが、恐る恐ると言う風に聞きかえしてくる。


「暇です」


「・・・」


 素直に今の気分を言うと、ルイーズは黙り込んでしまう。

 この少女は何か言葉を発する前には、必ずと言って良いほど考える時間を取る。

 決して軽い気持で適当な事を言う事はせず、よく考えた上で、状況を見ながら発言する。

 それはこの少女の利点でもあるが、軽妙な会話を楽しめないと言う欠点でもあった。


「・・・」


 正直なところを言うと、余り考え込んだ答えが欲しくて話し掛けた訳では無く、適度に時間を潰すための軽い応えが欲しかった。

 そんな場合でも考え込んでしまう彼女の癖は、恐らくは侍女としての経験の浅さと年齢にそぐわない落ち着き故の物だ。

 私は別に構わないのだが、もしもこの先別の御令嬢と会って話すような場面や、他の女性の侍女に着くような事があった時、この癖はそのままにしてはおけないだろう。


「・・・」


 それからルイーズは更に考えてから、漸く質問に対する答えを見付けて顔を上げた。


「ご友人とティーパーティーを催されたり、観劇なさったり・・・」


 友達は居ない。

 外には出られない。


「他には?」


「・・・何方かの貴公子と時間を過ごされるのでは無いでしょうか」


 彼氏とイチャイチャすると言う事らしいが、生憎とそう言った関係の人物は居ないし、居た事も無い。


「・・・」


 随分考え込んだ割には、有益な答えを出せなかったからだろうか、ルイーズは少し沈んだ様子を見せる。

 私は、そんな彼女の様子を見て、内心で溜息を吐く。


「ルイーズ」


「はい・・・」


「よく考えるのは貴女の美徳です。でも、今、私が欲しかった応えではありませんでした」


「・・・はい」


「人が話し掛けると言うのは、何も答えを求めてばかりと言うわけではありません。ただ、無意味に言葉の遣り取りがしたいだけの時もあるのです」


「・・・」


「多分、こんな事を言っても貴女はまた考え込んでしまうでしょう。ですから、今は頭の片隅に覚えておくだけで構いません。もしも、今後話し掛けられた時は、考えるのなら先ずは、答えが欲しいのか、会話がしたいのか、相手の気持ちを考えるようにしなさい」


「はい」


「貴女は頭が良いのですから、慣れればどうと言う事は無いでしょう」


 等と、少し偉そうな事を言ってしまうが、ルイーズは再び考え込んでしまう。

 こればっかりは彼女のこれまでの人生による癖なのだから、一朝一夕には変えられないだろう。

 ただ、もしもこの時の私の言葉を、彼女が実践して、或いは、覚えていてくれたのならば、私としてはとても喜ばしい。


「・・・」


 さて、ちょっとした時間は潰すことが出来たかも知れないが、一日というのは長いのだ。

 一日の内の半分を寝て過ごしたとしても、やる事の無い私は残りの12時間を何もせずに過ごすという、ある種の拷問の様な状況に置かれている。

 忙しなく動き続けて、娯楽が飽和している状況の日本で暮らしていた身としては、この現状は余りにも退屈すぎる。


「暇だ」


 思わず素が出た。


「・・・」


 ルイーズは気付いていたのか、それとも居ないのか分からないが、私の言葉には何も反応を示さなかった。


「デートにお茶会・・・ねぇ」


 半笑いで呟く。

 呟いて見て改めて思うが、それにしても、貴族の女性と言うのは本当に暇そうだ。

 多分だが、これが結婚するなりしていればそれなりに仕事はあるのだろうが、ジルベールさんの庇護下にあるだけの私は、何の役目も仕事も無い。

 屋敷の外にも出られないし、誰も話し相手が居ないし、正に籠の中の小鳥である。


「お庭に出てみては如何でしょうか?」


 余りにも退屈すぎて、妄想の世界にでも逃げようかなんて思っていると、見かねたのか、それとも漸く考えついたのか、ルイーズが庭に出る事を提案する。


「庭?」


 庭に何が有ったかと考えてみるが、精々、噴水と花壇くらいしか無かった気がする。


「そうですね」


 とは言ってもこのままここに居てもカビが生えるだけ、私は提案に乗って庭に出る事にした。

 少なくとも、何もせずに部屋に籠もっているよりは気が紛れるだろう。

 そんな淡い期待を懐いて、私は座っていた椅子から立ち上がって背筋を伸ばす。

 上等な白いレースの縁取りのハイソックスに、白い薄手のチュニックと言う、全身真っ白な服装の私は、ハッキリ言って着込むのが嫌いだ。

 やたらと分厚くて重い布地を身体に重ね合わせて全身梱包されるのは、息苦しい事この上なく、ただでさえ体力の無い身体なのに動くだけで筋トレになる様な服は着たくない。

 高貴な立場の女性的には些か問題のある格好なのは承知しているが、私は全く構わずに、そのままの格好で庭に向かおうとする。


「お待ちくださいお嬢様」


 しかし、ルイーズから待ったが掛かる。

 やはりそのまま外に出るのは拙いと咎められた。

 別に誰に見せる訳でも無ければ、気にするほどでも無いと思うのだが、彼女はもう少し着込んで惜しい様だ。

 この世界の女性というのは、兎に角露出を嫌い、特に脚を出すと言うのを許さない風潮にある。

 何でも、脚を露出させるのは娼婦だけだと言う事で、脚が露出していると言うのは、下着姿であるのと変わらない様な扱いなのだ。

 現代日本人からするとその程度と思うが、文化の違いとは如何ともし難く、最終的に白いコルセットと黒いペティコートを着て、それで漸く庭に出た。

 だだっ広い平屋の屋敷は、廊下を見れば目の眩むような長さで、恐らく金の掛かったであろう透明なガラス張りの廊下の窓からは、屋敷の正面の庭が良く見える。

 この屋敷の庭というのが、正面だけでは無く、全周に渡って屋敷を囲む様に広がっていて、正面は花壇と噴水が中心の庭園であるのに対して、屋敷の裏側の方は生け垣やアーチ等の立体的な半ば迷路の様な庭園になる。

 正面が来客をもてなす為の顔であるのなら、裏の庭園こそが、この屋敷の本当の顔という感じなのだろう。

 誰の趣味なのかは分からないが、花を愛でると言うような趣味を持ち合わせない私にとっては、野菜でも植えれば良いのにと思って仕方が無い。


「・・・」


 庭に出てみれば兎に角広い上に、右を見ても左を見ても、後の屋敷以外には花壇と生け垣ばかりで、個人的には見ていても大して面白くない。

 何か退屈しのぎになる物は無いかと、そう思った私は庭の中を通路に沿って歩き回った。

 そうして暫く歩いていると、小さな小屋が見付かった。

 白い石造りで八角形の屋根の着いた小屋で、所謂ガゼボとか、あずまやと呼ばれる物だ。


「休憩なさいますか?」


 背後に着いてきていたルイーズが尋ねてきた。


「・・・そうですね」


 少しくたびれてきた所だった。

 恐らくルイーズも私の疲れを見抜いた上での発言だったのだろう。

 私は、さっさと何処かに座りたい気持で、その小屋に急いだ。


「・・・」


 漸く一息付ける。

 そんな気持で小屋に入ってみると、何処には先客が居た。

 長く燃えるような赤髪に少し色の付いた肌、長身で長くしなやかな脚を伸ばしてベンチに寝転がる姿は、だらしなく着崩された格好も相まって、大型の猛獣が寛いでいる様な印象を受ける。


「んあ?」


 私の存在に気が付いた先客の男は、目を開けて私の姿を見ると、間の抜けた声を出して驚いて、それから興味を失った様に気の抜けた声を出す。


「誰だ?」


「先に名乗るのが礼儀だと教わりませんでしたか?」


 私は男の言い方が妙に気に食わなくて、反射的に言い返してしまった。


「・・・」


 男はそんな私の返答に気分を害したのか、無言で立ち上がって私を見下ろした。

 背は高いだろうと思っていたが、見上げる様な長身は恐らく190は有るだろうと言う物で、細身だと思っていたが、肩や胸などは確りと筋肉が付いていて逞しい印象を受ける。


「名前は?」


 もう一度私に名を聞いてきた。


「知りたかったらそちらから名乗って下さい」


 こっちも引っ込みが付かなくて言い返す。

 少し背が高いからと言って、威圧してくる男に、私は構わずに睨み返した。

 普通ならば、私はこんな男に睨まれては直ぐに萎縮してしまうのだが、しかし、フィオルで会ったカイル・メディシアの眼に比べると、何と言うか、格段に劣ると言うべきか、特段と怖いと言う事は無かった。


「お嬢様・・・」


 そんな風に男と睨み合う私の背後からルイーズが小声で声を掛けてくる。


「この方は」


 一体何を言うのかと思って、男からは一切視線を外さずに耳を傾けた私に、ルイーズが耳打ちをする。


「この方はフランソワ・ポール・ド・ルーリア様です」


 誰なのか分からないが、偉い人っぽい事を言われた。


「・・・」


「名前を・・・」


「先に名乗るのはそちらです」


 私は頑なに先に名乗るのを拒んだ。

 私は兎に角この男の態度が気に入らない。

 自分自身が絶対で、何でも思った通りになると言う様な雰囲気が見て取れる上に、私を侮っている事が余計に私の対抗心に拍車を掛ける。

 こうなってくると、絶対に折れるわけには行かない。

 私はルイーズが背後で心配そうにするのを尻目にして、目の前の男を睨み続けた。


「・・・」


「・・・お前・・・面白いな」


 唐突に、男の雰囲気が和らいで妙なことを口走る。

 その瞬間に私は嫌な予感がした。


「フランソワ・ポール・ド・ルーリア。ルーリアの侯爵をさせて貰っている」


 先程までの剣呑な雰囲気は何処へやら、男は笑いこそしない物の、穏やかその物の声色で、腰を折って礼をして名乗る。


「・・・ヨーティアです」


 名乗られては応えないわけにも行かない。

 私も自分の名前を告げた。


「そうか、ヨーティア」


 男は、フランソワさんは私の名前を復唱して、そして私の顔を見詰め、それから言った。


「お前、俺の妻にならないか?」

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