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第十五話

 メリス王国はザラス共和国の西に位置する。

 国土面積は現在のザラスの半分ほどの面積で、一年を通して温暖な気候であり、土地も肥沃で作物が良く育つ。

 元々はメリスとザラスは同じ国だったのだが、ザラスで王政が倒されて共和国になった時に分離独立した。

 メリス王家はザラス王家の血を引く分家筋に辺り、今現在においてはザラス王家の唯一の正統な血統を自称しており、ザラス共和国政府に対して国土の返還を要求している。

 当然の事、ザラス共和国が、そんな話を聞くわけも無く、両国は事ある毎に衝突しては直ぐに兵を引いて睨み合う様な関係だった。

 この直ぐに兵を引くというのは、両国の関係にもう一つの国が関わってくる。

 それが、メリスの真北に位置するカールスト辺境公国の存在だ。

 カールストも元々はザラス王国時代の構成領だったのだが、メリスと同時期に分離独立し、此方も正統な王家の血統を主張している。

 カールスト自体には王家の人間が避難したと言う事は無いが、カールスト自体が古ザラス王家の本家筋に当たる家であり、ザラス王国時代にも王家とカールストの両家で養子や婚姻を通じて深く交わっていた。

 特にカールスト独立時の領主夫人、後のカールスト大公妃がザラスの王女で、既に産まれていた長男が王位継承権を有していて、所詮は分家筋の王位継承権の低位の血筋だけのメリス王家に対して、継承の正当性はカールストにあると言うのが当人達の主張である。

 旧ザラス王国領ではザラス共和国とメリス王国、カールスト辺境公国の三国が睨み合い、虎視眈々とチャンスを覗っていた。

 そんな時に起きたのが、ザラス共和国内での内乱である。

 今から18年前、ザラス国内では度重なるアウレリアとの戦いとそれに伴う重税、兵役によって国内は疲弊し、更に成立間もなくから既に始まっていた中央官僚の腐敗に民衆の不満が溜まっていた。

 アウレリアによる共和国の東部への侵攻は、軍の尽力によって早期に解決を見せたのだが、その機に乗じて共和国軍西部軍を中心としたクーデターが発生、このクーデターも割と素早く平定された物の、西部を中心とした民衆は政府に対しての不信感を拭う事が出来ず、懐古派と呼ばれる思想集団が成立、各地で独立運動が始まる。

 現共和国議会議長のイレーヌは、軍を率いて議会を占拠、民衆の信頼回復の為に官僚の腐敗を徹底的に排除した。

 このイレーヌによる行動によって政府はある程度の信頼を取り戻し、共和国の瓦解は免れた。

 しかし、イレーヌは、同時に西部で高まっていた独立運動の鎮圧の為、懐古派を強く弾圧、多くの懐古派の人間を処刑台に送り、更には西部軍の幹部や要人も粛清して自身の権力を強化、事実上の独裁状態に置く。

 これに西部を中心とした地方が反発、一度は落ち着いた独立運動が再燃してしまい、各地で武装蜂起による独立が相次いだ。

 当初、イレーヌはこの独立運動や武装蜂起を制圧するかに思われたが、イレーヌは軍の派遣を指示するだけに止まり、武力による鎮圧には出なかった。

 肩透かしを食らった形の独立運動は、共和国の西部に中小国が乱立、それに伴って、ザラス共和国とメリス王国は国境線を接しない形となり、メリスに取っては防壁を手に入れた事になる。

 その後、メリス王国は乱立した中小の国に対して同盟を締結、各国の貴族達の正統性と主権を認める形で承認すると同時に、事実上の取り込みを行った。

 中小国群としても権威による後ろ盾を得る事が出来、また、軍事大国であるザラス共和国に対抗できる味方を得られるのは願っても無い話だ。

 この中小の国家群は元々はザラス共和国に属していたわけで、当然の事、大量の兵器と戦闘に関するドクトリンを有している物で、メリスは、此れ等の国を支援する立場となった事で、見返りと知って技術や知識を手に入れて早急に軍隊を強化する。

 この軍事力を持って、北のカールストに圧力を掛け、来るザラスとの戦いに備えている。


「・・・」


 と言うのが、今日までに習った歴史のあらましだ。

 言葉は喋れて、文字もある程度は理解できた私は、これまで刺繍に費やしていた時間を歴史の勉強に費やす様になった。

 有り難い事に、文字はほぼほぼアルファベットだった事と文法が日本語に良く似ていたお陰で覚えるのには余り苦労は無かった。

 何よりも聞いている限りでは日本語にしか聞こえない。


「ってか・・・多分フランスだよな」


 設定上のザラスの元ネタがフランスだからなのか、どっかで聞いた事が有る話がチラホラしている。

 勉強の事は、ハッキリ言って真面目にやっていなかったから良く分からないが、これがゲームなら、多分、ナポレオンとかその辺りの時代の事をモデルにしているのでは無いかと思う。


「入るよ」


 勉強も終わって一人で頭の中を整理していると、扉がノックされてジルベールさんが声を掛けてきた。


「どうぞ」


 私が入室を許可すると、直ぐに扉が開けられてジルベールさんが入ってくる。

 今日はこの後は予定は無いはずだが、何のようだろうか。

 そう思っていると、ジルベールさんの背後から一人の女の子が現れる。


「今、大丈夫かな?」


「大丈夫ですが?」


 改めて断りを入れた上で、ジルベールさんが話し始める。


「ヨーティアは、何か不自由に思った事はあるかい?」


「・・・強いて言えば退屈な事くらいです」


 正直に言えば不自由ばかりだが、それは言わないでおく。

 大体は、この後のジルベールさんの言うことが予想が着いているのだが、それも気が付かない不利を知って話を聞く。


「うん、ヨーティアは確りした子だからそう言うと思ったけど、君に専属の侍女を着けようと思ってね」


「侍女・・・ですか?」


「・・・私も、近侍に言われるまで気が付かなかったのだけどね。女性には色々と準備の掛かることがあるだろう」


 コルセットとかコルセットとかコルセットとかの事だろうか。

 髪は結わないし、身近なことは一人で出来るから必要ない気がするが、恐らくは貴族の女性には侍女が着くのが当たり前、もしくはステータスの一部なのだろう。


「思い至らないで申し訳なかったね」


「気にしないで下さい」


 本当に申し訳なさそうにしている所を見ると、本当に必要な役職の様だ。


「それで、急遽なんだけど、君と年の近い子を探してきて雇ったんだ」


 そう言われて女の子を見てみる。


「ルイーズと申します」


 背丈は私よりも僅かに高いだろうか、身体も細身で白い肌にオレンジ色の髪が良く栄える。

 顔立ちは可愛らしいと言う風な物で、中学生なら学年で五指に入るくらいの面相だ。

 正直言って可愛い。

 日本でならアイドルになってグループの中間くらいには成れるだろう。


「歳は14歳だからヨーティアより二つ下になるね」

 そう言うと、ルイーズちゃんが僅かに動揺したのが感じられた。

 多分、私の事を年下だと思ったんだろう。


「まだ歳は若いけど、確りした子だし。ジャンのお墨付きもあるから心配は無いよ」


 ジャンと言うのは、ジャン=リックさんの事で、この屋敷の執事をしている壮年の方だ。

 何度か会って話した事があるが、かなり背が高くキッチリした感じの人で、正直に言えば取っ付きにくくて苦手な感はあるが、好感の持てる人物だ。

 聞いていても屋敷の中に居る使用人の方々からの評判も上々で、結婚もせずに仕事一筋で家に仕えているそうだ。


「よろしく御願いしますね。ルイーズさん」


 さて、これから一日の間の長い時間を一緒に過ごすのだからと、成るべく丁寧に挨拶すると、またもや驚いた様子だ。

 そんな私とルイーズを見て、ジルベールさんは笑いながら言う。


「妹はまだまだ疎いところが有ってね。よろしく頼むよ」


「かしこまりました」


 良く分からない遣り取りを目の前でして見せた後、ジルベールさんが私の前に来て立て膝を着いて目線を合わせる。


「彼女が色んな事を教えてくれるはずだ」


「はあ」


「何か有ったらジャンに言うと良い。直ぐに僕に伝わる」


「分かりました」


 頷いて応えると、ジルベールさんは更に笑顔を光らせて私の頭を撫でた。


「今日は遅くなるから食事は一人で取ってくれ。明日は一緒に食べよう」


 そうしてジルベールさんは部屋を出て行った。

 部屋を出て扉を閉めるなりに、外からは微かに話し声が聞こえて来て、忙しい中で時間を捻出して会いに来た事が窺い知れる。


「・・・」


「・・・」


 さて、二人っきりになった私とルイーズさんは気まずい雰囲気の中で黙る。

 これは私の方から話し掛けた方が良いのだろうか、等と考えていると、彼女の方が先に口を開いた。


「改めましてよろしく御願いいたしますヨーティア様」


「あ・・・はい。よろしく御願いします」


 ちょっと呆気に取られて間抜けな声を出した私に、ルイーズさんが続けて言った。


「お嬢様」


「何ですか?」


「これから私の事はルイーズと呼び捨てにして下さい。それと、敬語などは使わないよう御願いいたします」


「・・・何故です?」


「私が侍女で、お嬢様が主だからで御座います」


 ここら辺の感覚は理解できない。

 時代と地域による物なのだろうか、それとも上流階級と言うのはこれが当たり前なのだろうか、兎にも角にも、所謂貴族的な振る舞いと言う物が分からない私は、如何したものかと迷う。


「努力はします」


「・・・かしこまりました」


 少し不満そうだ。

 確かに、言っていた通り、確りとした娘だ。


「・・・」


 さて、如何した物だろう。

 勉強も終わって、マナー講座も終わって、侍女を付けられて、やる事が何も無い。

 貴族の女性と言うのは、普段何をして過ごしているのだろう。


「あの」


「・・・」


 呼び掛けたが反応が無い。


「・・・ねえ」


「何でしょうか?」


 呼び掛け方を変えて漸く返事を返してきた。

 確かに確りしているが、何とも徹底した物で、この先上手くやれるのか不安になってくる。


「私の出自は分かっていますよね」


「・・・」


「・・・分かっているかしら?」


「存じております」


「なら・・・」


「だからと言って、対応は変えません」


「・・・貴女、良い性格をしているわ」


「お褒めにあずかり光栄で御座います」


 本当に良く出来た娘だ。

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