第十二話
「カイル・メディシア・・・」
「・・・」
まさか、こんな所で会うとは思いもよらなかった。
ゲームの頃はグラが指定されていなかったが、有る意味イメージ通りと言える。
と言うか、予想の数倍醜い。
ゲームのオークみたいだ。
「本当にカイル・メディシア?」
信じられずに尋ねてみた。
当たり前だと思う。
ここ数日の間、話題に上がっていた張本人、それも、英雄だと呼ばれたり、大悪党だとも呼ばれている人物が、突然、目の前に現れたのだ。
疑って掛かって当然だ。
「・・・」
「・・・」
沈黙が支配した。
カイルと名乗る男は何も応えずに、暫し周囲を見回したり、空を見上げてみたりして、何か思案している様子だった。
「ああ~・・・」
男が口を開いた。
首の後の辺りを掻きながら、間の抜けた声を出して、それから私を見詰めてきた。
「っ!」
恐ろしい眼だった。
何の感情も思考も窺い知れない深い闇色の瞳は、眠そうな気力の無い割には、奇妙な程にギラギラとしていて不思議な迫力がある。
巨大な渦潮の奥底を覗いている様な、暗い夜の星も無い暗闇を眺めている様な、薄気味の悪い怖気の立つ眼だ。
自然と肌が粟立った。
肩が震えそうな程に寒気がする。
私の本能が、この男は本物だと告げている。
「俺が・・・」
「っ!?」
男が声を発する。
私の身体がビクリと跳ね上がって、全ての神経が男に集中した。
そんな私を嘲笑うかの様に、男は更に続けた。
「俺が、カイル・メディシアじゃなかったら・・・一体俺は何だ?本物のカイル・メディシアは何処に居るんだ?誰が俺を本物だと決め付けられるんだ?」
言葉の一つ一つが耳を撫で付ける度に気分が悪くなってくる。
この男は人を敵に回す天才だ。
こうして対面しているだけで、この男が恐ろしくなってきて、この男の存在を認めたくないと言う気分にさえなる。
間違い様の無い程に、カイル・メディシアと言う男は人の敵なのだ。
悪魔が実在したらこう言う感じなのでは無いだろうか。
「悪かったな」
カイルからのプレッシャーが消えた。
その瞬間、金縛りが解けた様に身体の力みが無くなって、呼吸が楽になる。
気が付けば全身に酷く汗を掻いていた。
だが、鳥肌の立った肌はそのままで、寒気も今だ身体を包み込んでいる。
「お嬢ちゃん名前は?」
「・・・」
「名前。名乗らせておいて応えないのは流石に酷いぞ?」
「ヨーティア・・・」
「ヨーティア?」
カイルに言われて私は渋々名乗る。
そうするとカイルは、半笑いで私の名前を反芻して、マジマジと私の顔を見た。
「へ~・・・」
私の顔を見て笑うカイルに対して、無性に腹が立った。
それからカイルは、今度はニールさんに眼を向けた。
「若いの」
「っ!」
「・・・何かどっかで見た顔だ」
「・・・」
「テベリアの出か?」
驚く事に、カイルはニールさんの出身を言い当てた。
ニールさんは、カイルに言われて僅かに頷いて応える。
「やっぱりか・・・」
そうすると、カイルは空を見上げて何処か切なそうにした。
一体何を考えているのか分からないが、ただ、何となく、今のカイルは先程までの恐ろしさも何も感じない。
疲れ切った週末の父の様に見えた。
「そうか・・・」
カイルは何か思い至った様にニールさんに向かって言った。
「兄貴は元気にしているか?ゲルト伯の所の執事の弟だろ」
「何故っ!」
何故分かったのだろうか。
「分かるさ。・・・あの時抱いてたのがお前か・・・デカくなったもんだ」
「お知り合いなんですか?」
気になって口を挟むと、カイルは嬉々として教えてくれる。
「ありゃテベリアの戦いの最後の辺りだ・・・皆殺しにし損ねた餓鬼共の中に、俺に噛み付いてきた気合いの入ったのが居てな・・・それがそこの奴の兄だ」
「ご存じ・・・だったんですか?」
「二年前に伯の家を訪ねてな。あんときゃ驚いた物だ」
意外な繋がりを見せた二人を見比べると、カイルの方は飄々とした様子なのに対して、ニールさんは今にも倒れそうな程に蒼白になっている。
そんなニールさんの事を分かっていてか分からずか、尚も話を続ける。
「あの餓鬼には石を投げ付けられてな。酷いもんだろ?殺され掛けたから殺そうとしただけなのにな・・・」
「・・・」
「不公平なもんだ。ただ単に殺すのが餓鬼ってだけで俺が悪者だ。こちとら火炙りにされ掛けたのにな。・・・部下も何人か火炙りにされたしな」
何というか、言っている事は途轍もなくハードな事なのだが、まるで道で犬の糞を踏んだ話でもする様に、何の気なしに話す。
この男は恐らくは、人として大切な何かを失ってしまっているのだろう。
そうでもなければ、こんな風にはならないだろう。
「って事は・・・お前は近衛一連隊か」
「・・・兄から・・・ですか?」
「ああ。随分揉めたろ?」
「・・・」
ニールさんは何も言わない。
恐らくは図星なのだろう。
「俺から言える事はただ一つだな」
そう言うとカイルは立ち上がった。
尻の辺りを手で叩きながら、腰を伸ばして言う。
「家族は大事にな・・・」
そう言うカイルは仄かに笑った。
「所で・・・金ねえか?」
そう言ったカイルからは、先程の様な恐ろしさも無ければ、切なさや寂しさも無く。
ただただ情け無いだけだった。




