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第十一話

「っ!!」


「はい。息吐いて!」


「っぐ!!」


 肋骨が悲鳴を上げている。

 肺が押し潰されて息が詰まり、心臓が締め上げられて今にも飛び出してきそうだ。


「っ!!これっ!!本当に着けなきゃ成らないの!?」


「当たり前だよ!君の歳を考えろ!」


 朝早くから、私はカイリーによるコルセットの着方を教えられている。

 正直着けたくない。

 と言うか、現在進行形で着けている今、直ぐにでも止めたい。

 世の女性は毎朝こんな思いをしているのかと思うと、今すぐに女を辞めたい。


「こんな物かな」


「っ~!」


 コルセットの着用方としては、先ずは何時も通りのシュミーズの上からベスト状の物を羽織り、肩紐に腕を通す。

 構造としては折り目の付いた片目の布製のパーツを前後で紐で編み上げた形状で、一人で着用する場合は前側で紐を縛って固定する。

 ステイズは主に胸部から肋骨に添って臍くらいまでの丈で、紐で編み合わせる前部には同じ素材のストマッカーと言う前板を差し込んで繋ぎ目を隠す。

 一応イメージほどは締め付けは無く、骨が折れるほどでは無いのだが、やはり強い圧迫感がある。


「本当はこれで胸も上げるんだけど・・・」


 私に胸など無い。

 薄く胸骨の浮かんだ真っ平らのまな板は、どれ程脂肪を集めても盛る事は出来ない。

 悲しいほど小さい。

 憐れなほど薄い。

 泣けてくるほど真っ平らで無い。


「後はペティコートを着るだけだね」


 ペティコートは内側の薄手の物と、外側の厚手の物の二枚を身に着け、外側のペティコートは基本的にステイズと同じ色合いの物を着る。

 見た目的にはステイズとペティコートを合わせてワンピースの様になる。


「コットかショートガウンを着る物なんだけど・・・アレ、ダサいし暑いし、今の街の流行はこのままの方が可愛いかな」


 コットと言うのは今まで着ていたチュニックの様なワンピースの事で、ショートガウンは肘くらいの袖のステイズを隠す程度のサイズの上着で、見た目は基本的に地味だ。

 どうやら、若い娘の間では不人気の様で、カイリー曰く、このままで過ごすの流行らしい。

 まあ、見た目的にはこっちの方がより現代日本人にも親しみやすいかもしれない。


「着膨れして可愛くないんだよね」


 やはりそこを気にするのかと思う。

 昔から人の考える事は変わらない物だ。


「じゃあ、行こう」


 今日の朝食は昨日の残りのスープと、黒パンだった。

 基本朝食は手早く済ませられる物の場合が多く、昨晩の残りがある場合は、それが出てくる。

 朝食後、特に急ぐ用事のない私達は、少しゆっくりと珈琲を呑んで寛ぐ。


「これからの予定は?」


 今後の事を良く分かっていない私は、ハンスさんに尋ねてみた。

 アウレリアまではここから馬車で四日ほどの行程になるとの事だが、いつ出発するのかは聞いていない。


「ああ・・・それについてなんだけど、色々事情が変わってね」


「事情?」


「昨晩の内に本国から伝令が来てね」


 私達が寝入った後、ハンスさん達宛に伝令が来たそうだ。

 発信は陸軍参謀本部、参謀総長の封蝋が着いていた事から、間違いなくアラン・スミス参謀総長からの直接の手紙らしい。


「実は・・・カイル様の所在が掴めたそうでね」


 ハンスさんが口にすると、レッドさんを初めとした全員の目付きが変わった。


「どうやら、カイル様は公国に来ているらしいんだ」


「それ以前に行方不明だったんですか?」


 不思議に思った事を率直に聞いてみた。

 ハンスさんは笑って答えてくれる。


「まあね・・・実を言うと、ここ三年間は行方が掴めていなくて・・・ちょくちょく手紙が届いたり、目撃情報が有ったりはしたんだけど・・・」


「行ってみれば既に居なくて、本人を確認した事は無いんです」


 昨日カイリーが言っていたハンスさんに迷惑を掛けるとは、この事だったらしい。

 カイル・メディシアは既に軍を辞めている様だが、話を聞くと、ハンスさんを始めとした軍の高官は復帰を望んでいる様だ。


「どうやらアルフレッドに手紙があったそうでね」


 アルフレッドと言われると、恐らくは前作主人公の事だろう。

 この世界では意外と兄弟仲は良いのかも知れない。


「アルフレッドによると、以前から隠居後は公国の港町でノンビリしたいとも書いてあったともある」


「今はどの辺りにいるんだ?」


 レッドさんがハンスさんに尋ねた。

 それに対して、ハンスさんは苦笑いで答える。


「そこまでは分からないね」


「カイル閣下は読めないですから」


 ナジームさんはカイル・メディシアの事を良く知っている様で、笑いながら珈琲を啜った。


「まあ、どうせ何処かで酒でも吞んでいるでしょう」


 ナジームさんはそう結論付けた。

 周囲もそのナジームさんの言葉に同意の様で、レッドさんは笑顔で頷いている。

 それから、今日は取り敢えずはこの街にもう一泊すると言う事をハンスさんから聞き、私は街を見て回る事にした。

 カイリーが案内を申し出てくれたのだが、リシェさんが、カイリーには予定があると引き留め、私は護衛のニールさんと共に街へと繰り出した。







「良い天気ですね」


「・・・ああ」


 ニールさんは何を言っても短く返すばかりだ。

 顔は良いのだが、性格に難がありすぎて、この分では彼女は居ないだろうと思う。

 間違いなくモテるのだろうが。


「ニールさんは・・・」


 何故軍人にと聞こうとしたが、言い切る前に止めた。

 あんまり人の過去を詮索する物では無いと思ったのもそうだが、聞いたところで応えは返ってこないと思ったのだ。


「・・・」


 さっきも言ったが、今日は良い天気だ。

 雲一つ無い青空に、燦々と太陽が輝いている。

 街の人達は元気良く動き回って笑顔に溢れていて、道ばたにはゴミも落ちていない。

 この街は良い街だ。

 率直にそんな風に思った。


「・・・俺は」


 不意にニールさんが口を開いた。


「俺はテベリアの出身だ」


「テベリア?」


 出身地を教えられたのだが、その意味は私には良く分からない

 だが、何かが有るのだと感じる。

 それは、ニールさんの態度もそうだし、今までの感じからしても恐らくはカイル・メディシアに関係する事なのだと思った。


「テベリアの悲劇って・・・分からないか」


「はい・・・」


「20年も前の事だな」


 20年前、それは前作のゲームの原作開始の辺りの事。

 そして、カイル・メディシアがこの国に来ることになった頃の話だ。

 確か、カイルは反乱を鎮圧した時に責任を取らされる形で、スケープゴートにされたとレッドさんは言っていた。


「王国北部のテベリアは痩せた土地で領民は食うに困っていたんだ」


「・・・」


「同じ頃、共和国が王国の西部に攻撃を仕掛けてきて、国中が戦っていたんだ。だが、その所為でテベリアは、元々金が無くて貧困に喘いでいたのに、更に厳しい状況になった」


「だから・・・反乱を?」


「そうだ」


 歴史の勉強をしていれば、そこそこ聞く話だ。

 私の故郷の地域でもそう言う事は有ったと聞いている。

 飢饉に喘いだ末に娘を売りに出したと言うは無しは良く聞いたし、それでも耐えかねて領主に反乱を起こしたと言うのも聞いた。

 北部の寒冷な土地と聞くと、それも何となく親近感が湧いて来る。


「俺の父親はその時に死んだ」


「!」


「テベリアの領民は領主の伯爵を殺した。そして、カイル閣下を捉えて拷問に掛けた」


「・・・それは」


「だから、カイル閣下は俺達・・・テベリアの民を許さない」


 カイル・メディシアは容赦が無かった。

 彼は、領都を包囲してからは苛烈に攻め立てて手向かう者を皆殺しにして、残った女子供が降伏しても情けも掛けずに処刑しようとしたそうだ。

 結果を言えば、本当に全員が殺されたと言うわけでは無いようだが、それでもカイルは、群衆に向かって銃撃を掛けたのだと言う。


「北部民は軍人に成る奴が多い」


「お金の為ですか?」


「ああ。俺達は生き残るためにカイル閣下に従った。だが・・・内心は、どうとも言えない。閣下は、軍人としての俺達を信頼はした。でも、閣下は北部を嫌っている。北部の民も閣下を嫌っている」


 何とも微妙な話だ。


「兄さんは閣下と話した事がある」


「そうなんですか?」


「・・・」


 ニールさんは頷いてから続ける。


「カイル閣下を捉えた俺の親たちは、閣下を火炙りに掛けようとした。その時に兄さんは閣下に石を投げ付けた」


 それが如何して、話したと言う事に繋がるのかは分からないが、私は黙って聞き続ける。


「兄さんと閣下が話したのは、閣下が民衆の処刑を取りやめた後、父さんが戦死して、母さんが撃ち殺された後、兄さんは閣下に声を掛けた。」


「・・・」


「兄さんはその時の事を余り話したがらない。けど、兄さんは多分、その時から閣下の事を尊敬・・・と言うか、何か思うところが有るんだと思う」


「・・・お兄さんは今は?」


「ゲルト伯爵の所に仕えている」


 そう言ったニールさんは、それから黙り込んで空を見上げた。

 私もそれ以上は聞くのを止めて、ただ前を向いて歩き続けた。

 そして、私達は、噴水のある広場に辿り着く。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉっぉおお・・・!!」


 折角の綺麗な噴水広場で、一人の男性がボロボロの服で四つん這いで嘔吐いて獣の様な声を出している。


「っ!!」


「・・・うあああ・・・畜生・・・飲み過ぎた・・・」


 どうやら酔っ払いのようだ。

 汚らしい服装の、肥えた身体の、黒髪の男は、噴水に這っていって、頭を水につけた後に起き上がって地面に座り込んだ。

 噴水の縁に背をも垂れかけさせて項垂れる男は、唸りながら顔を上げて虚ろな目で私の方を向いた。


「・・・デートか・・・?」


「違います」


 思わず即答してしまう。

 言ってから、酔っ払いに関わってしまったと後悔するが、時は既に遅かった。


「・・・目が黒いな。珍しい」


「貴方も黒いですけど?」


「あ・・・ああ、そうだったな」


「自分の容姿も分からないのですか?」


「・・・鏡が少ないからな・・・自分が不細工なのは覚えてるんだがな」


 不思議な人物だ。

 何というか、親近感が湧くと言うか、他人の様な気がしない。


「・・・」


 さっきからニールさんが妙に静かだ。

 気になって右に並んだニールさんを見上げると、顔中に汗を掻いて動揺した様子で男を凝視していた。


「あ・・・ああ・・・あ、貴方は・・・」


「ニールさん?」


「あん?・・・俺を知ってるのか・・・?ああ・・・軍人か」


 何か男は物知り顔で勝手に納得する。

 それから、男はヨタヨタと立ち上がって胸を張る。


「所属は何処だ?」


「っ!!」


 ニールさんが背筋を伸ばした。


「なんだ・・・答えられんか」


「そう言う貴方は何方ですか」


 私が男に向かって言うと、男はニヒルに口角を上げて、水浸しの髪をかき上げた。


「カイル・メディシア・・・って言えば分かるか?」

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