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第十話

さあ今日も間違い探しの始まりです。

間違いが無いのが普通なんですけどね。

「改めまして、よろしくねヨーティアちゃん」


 カイリーに連れて行かれた彼女の家で、改めてレッドさんの奥さんと挨拶を交わした。

 こうしてみると本当に美人で、何だか緊張してしまう。


「お世話になります夫人」


 後から着たハンスさん達も直ぐに追い付いて来た。

 屋敷の中に入って玄関口に移動した私は、中に入ってみて驚きに声も出ない。

 高い塀と門を構える豪邸は、三階建てとなっており、まるでちょっとした城の様だ。

 玄関を抜けた先の天井の高いエントランスで、上を見上げると、何だか良く分からない絵画の様な物が描かれている。


「懐かしいですね・・・」


 シミジミとナジームさんが呟いた。

 どう言う事かと思って様子を見ていると、それに気が付いたナジームさんが、私の方を見て笑みを浮かべて言う。


「この屋敷にはカイル閣下も住んでいたんです」


「そうなんですか?」


「はい。駐在武官として着任された時、この屋敷に住んでいました。当時、閣下はこの屋敷で一日中酒に溺れていました」


 言いながらナジームさんは懐かしむ様に目を細めて少し上を向く。

 何か思う所が有るのだろう。

 ハンスさんも同じ様に穏やかな表情で辺りを見回した。


「俺が・・・軍人に成ったのもここだったな」


 少しシンミリとした雰囲気の中、背後から言葉が掛けられた。

 振り返って見てみると、昔を懐かしむ様なその声の主はレッドさんだった。

 レッドさんは目を細めて玄関を見回して溜息を吐く。

 若干ンシリアスな雰囲気になってしまっている所を悪いのだが、本人は全身ズブ濡れな上に、頭の上に昆布が乗っかっていて全く格好が付かない。


「父さん・・・昆布付いてると格好悪いよ」


「・・・」


 出来ればカイリーにも少しは空気を読んで貰いたかった。

 カイリーに言われたレッドさんは、少しそっぽを向く様にして、そっと頭の昆布を取り去った。


「あと、父さん」


「・・・はい」


「家が汚れるから服脱いで入ってきて」


「・・・」


「父さんは気付いてないかもだけど、ハッキリ言って父さんって臭いから。汗と潮の匂いがキツいから。分かる?」


「・・・はい。すいません」


 何だか、身体の大きなレッドさんが段々と小さく見えてくる。


「じゃあ、早く服脱いで着替えてきて」


「はい」


「あと身体も洗ってきて」


「・・・はい」


 外に出るレッドさんの背中は、とても小さい。

 海に出ればとても頼り甲斐のある背中だったのに、家に帰ってきた背中は、とても小さくて弱々しい。


「もう少し・・・レッド提督に優しくしてあげては?」


 ナジームさんがカイリーに言った。

 だが、カイリーは何処吹く風で、右から左に聞き流してしまっている。

 それから暫くして、服を着替えたレッドさんが戻ってきた。

 その頃には私達は既に移動して食堂に入っており、レッドさんの到着を待って食事を取る事に成った。

 これ程の豪邸で、偉い人っぽいレッドさんの家での食事は、どんな物かと思っていたが、私の予想は覆された。

 何となく貴族っぽい長机の様な物を予想していたのだが、実際には全員が座れる丸テーブルで、料理もリシェさんの手料理が大皿で所狭しと列べられている。

 ナンの様なパンや魚のスープ、貝の酒蒸し等、所謂大衆料理や家庭料理と呼ばれる物が用意されており、それが非常に美味しそうだ。


「さあ食べてちょうだい」


 笑って言うリシェさんに礼を言って、私は遠慮無く食べる事にする。

 日本人の例に漏れず、私も魚介類は大好物なのだ。


「いただきます」


 まず最初に手を着けたのはスープだ。

 魚の粗と根菜、貝類が一緒くたに煮込まれた具沢山のスープは、出汁が利いていて実に美味しい。

 少し荒々しくて塩気の利いた濃いめの味付けは、私好みの味付けだ。

 予想とは違っていたが、正に漁師町の料理と言う趣があるリシェさんの料理は、私の口に良く合う。


「美味しいかしら?」


「はい」


 心配そうに聞いてきたリシェさんに即答で返し、今度は魚のフライに手を着ける。

 フライと言っても、パン粉などの衣の付いた物では無く、どちらかと言えば素揚げに近い様な感じで、魚の方は小振りな身体に大きなヒレの付いたオニカサゴの様な見た目だ。


「・・・!」


 頭と尻尾を持ってかぶり付いてみると、非常にジューシーな身をしていて、塩とハーブ主体の味付けの中に、微かにレモンの香りがする。

 恐らくレモンは揚げた後に掛けたのだと思う。

 骨は小骨が少なく、身自体に味が確りとしていて、大きさの割に満足感があった。

 濃いめの味付け故に、自然とパンに手が伸びた。

 単純な小麦粉だけで作られたパンは、ナンの様な物かと思えば、何方かと言えば、ピザの生地の方に近い。

 齧ってみると、仄かに塩気のするパンは、これがまた味付けの濃い料理と良く合う。

 私ががっついて食べ進めている横で、ハンスさん達は貝の酒蒸しを肴にワインを楽しんで昔話に花を咲かせている。

 良く見ると、ハンスさん達が絶対に手を着けない料理があるのに気が付いた。


「これは・・・」


 皿に盛り付けられた薄切りの白い何かとスライスされた玉葱等の生野菜、微かに香る酢の匂いが食欲をそそる。


「ティア?食べるのか?」


 私がその料理に注目していると、ハンスさんがいち早く気が付いて反応した。

 ナジームさんとジミーさん、ニールさんも私の方を見ている。

 どう言う事か分からない私は気にせずにその料理を口に運んだ。


「・・・」


「だ、大丈夫か?」


 ニールさんが珍しく心配そうに尋ねてくる。

 だが、私はそんな事はどうでも良いほどに、感動していた。

 そして、皿に残っているその料理を次々と口に運ぶ。


「美味い」


 そう言うと、ジミーさんが驚いたような表情で私を凝視した。

 見ればレッドさん達も驚いた様子だ。

 だが、私はこの料理が大変に気に入った。

 こんなに美味いタコを食べたのは初めてかも知れない。

 そう、料理の正体はタコのカルパッチョだった。

 後になって知ったのだが、タコを食べる文化と言うのは非常に珍しかったらしく、リシェさんもまさか食べるとは思っていなかったらしい。

 何でもタコを食べるのは公国でも少数派で、生で食べるのは皿に少数派だと言う。

 私以外の全員がタコの正体を知っているために手は出さなかったらしく、実際、この家でもタコを食べるのはレッドさんだけだそうだ。

 こんなに美味いのなら皆気に入ると思うのだが、不思議な物だ。

 結局、タコは殆ど私が食べ尽くしてしまった。

 他にも、貝の酒蒸しはムール貝の様な貝を白ワインで蒸した物で、微かに香るバターとハーブが言いアクセントになっていてこれも美味だった。

 満足いく程に魚介類を楽しんだ私は、この世界に来て一番上機嫌になった。


「ありがとう御座いました。美味しかったです」


「口に合ったのなら良かったわ」


 礼を伝えるとリシェさんは笑顔で答えてくれた。

 何となく、そのまま後片付けまで手伝って、夜も良い感じに更けた頃、私はカイリーの部屋で就寝する事となった。


「ビックリしたよ」


「何がですか?」


「いや・・・タコを食べたのが」


 よく考えれば、私がタコを見た事が無いのだから忌避感が起き難いと言う考えに及びそうな物だが、人の先入観とは面白いものだ。

 まあ、私の場合は、正体も知った上で食べているのだが。


「狭くは無いかい?」


「大丈夫です」


 カイリーが一緒に入っているベッドは小さくないかと尋ねてきた。

 私もカイリーもそれ程からだが大きいわけでは無い。

 と言うか、私に至っては明らかに身体が小さい。

 もっと言えば、このベッド自体結構な大きさなのだから、杞憂と言う物だろう。


「よく食べたね」


「お陰で少し苦しいです」


 自分でも、この小さな身体に良くぞ入った物だと思うほど食べた。

 小さな身体で、ぽっこりと膨れた腹が、余計に幼女感を醸し出す見た目になってしまっている。


「フフフ・・・」


「如何したんですか?」


 不意に、カイリーが笑い出した。

 不思議になって尋ねると、カイリーは笑顔で答える。


「いや、何だか妹が出来たみたいで嬉しくて」


「・・・歳は幾つですか?」


「14だけど?」


「・・・」


 私の中の記憶が言っている。

 私の年齢は16歳だと言っている。


「カイリー?」


「なんだい?」


「・・・多分、私の方がお姉ちゃんだと思う」


「え?」


 このベッドの中の会話によって、翌日の私は更に苦労する事になる。

 それを私は、まだ知らない。

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