世界の袂、二つの強国
全てを押し流すようにセテヤから逆流した津波はその勢いを更に激しくしながらジュレム大陸に覆い被さるようにして襲い掛かった。
コウヤはジュレム大陸全体を自身の持つ魔力の全てを使い数センチ下げたのである。
大陸を低くする事がどれ程の魔力を使うのかなど、誰も考えた事など無いであろう、コウヤが集め蓄積した魔力を含めても数センチが限界だった。
普通の者なら、大陸を下げる事すら叶わないであろうし発想すらしないだろう。
それと同時にジュレムの大地に津波を受け入れるように作られる入り口、
それこそが津波の勢いを落とす事を防いだ一番の理由であった。
全てがコウヤの考えた最大の作戦を成功に導いていく。
大陸全土が津波に覆われたかを確認する為、移動を開始するボルト隊、そして大陸の端まで津波が接近した事を伝える念話魔法がコウヤに届く。
コウヤは最後の魔力を使い大地を覆うように石壁を展開させた。
逃げ場を失った海水がジュレムの大地を覆い尽くし止まった瞬間、ボルト隊が一斉に電撃呪文を四方八方に別れ発動させる。
その光景を確認したコウヤは意識を失うように魔力が途切れ、大空から落下していく。
「殿ッ! ハァァァァ!」
ボルトと数人の部下達が落下するコウヤを掴まえると、ボルトが指揮を引き継ぎ、ジュレムの大地が湯気を出し海水が塩に変わるまでの長い時間を電流が流れ続けていった。
コウヤの意識が戻ったのは太陽が上がって暫くしてからであった。
全ての終わりを告げるボルトと部下に支えられ近くの小島からジュレム大陸を見詰めるコウヤ。
そんなコウヤに新な知らせが入る。
ディアロッテとミーナから慌てて入るライエス、ユウインダルスやワーラムドの至る所で兵糧庫に火が放たれ、炎は風に乗り、ベルサルバ帝国にまで伸び、アリエレムの森に到達しようとしていた。
直ぐに向かおうとするが魔力が切れたコウヤに対し、死の大地と化したジュレムに体外魔力を発生させる物などは有りはしなかった。
もどかしさだけが、心の中を過ぎ去ろうとした瞬間、目の前に姿を現した一人の魔族、その見慣れた橙色のカボチャは正しくランタンであった。
「遅くなりましたコウヤさん。今からセテヤに向かいますので安心してください。その前にこの海域の海水を頂戴いしに参りました」
海水をポケットに吸い込むランタン、そしてポケットから放たれた鮫の使い魔と巨大な白い鯨。
『コウヤ、姿が大分変わったね。僕を覚えてるかい?』
耳に懐かしい声が響く、忘れる訳が無いその声の主はバレーナである。
「君がバレーナなんだね。あの時はありがとう。再会できたね」
二人が過去を懐かしむ中、ランタンのポケットに膨大な量の海水が収められる。
「バレーナ、コウヤさんとボルト達を頼みます、一人も置いてきては為りませんよ。よいですね?」
そう言いランタンは即座にテレパスを使いセテヤ大陸へと姿を消した。
白鯨のバレーナの背に移動した面々は他の使い魔と共に海をセテヤ大陸目指し進んでいく。
後に残されたジュレム大陸には既に死人すらも存在していなかった。全てを洗い流され、剥き出しの大地が姿を現したままに小さくなるジュレムを見ながらコウヤは更なるアグラクトへの憎悪と悲しみを増していくのであった。
そして、ランタンが駆け付けたセテヤ大陸では、片方のポケットに入り同乗してきたセイレーン達と共に必死の消火作業が繰り広げられていた。
ミーナも持てる全ての魔力を使い、燃えて消え行く木々の最後を根から削り、其を横にする事に力を入れていた。
木々の声がミーナの中に入り悲しみが包み込むのを遠く感じるコウヤ。
バレーナの凄まじい速度でさえ、セテヤまでは三日程掛かる事実が無念さを倍増させる。
セテヤ大陸に辿り着いた時、海岸に集められていた人間の姿が目に入ってくると、コウヤは怒りのままに側に近付いていく。
彼等こそ、ジュレム大陸から逃げ延びた者達であり、セテヤ大陸に炎を放った張本人達であった。
コウヤの心が悲しみと怒り、更に憎しみに焼かれそうになる中、ランタン達と共に姿を現したヴァルハーレン。
火は消し止められた、だが、兵糧庫の大半が失われ田畑は焼け落ちた。
生きる為の蓄えは全て失われていた。それは一つの大陸で食糧を求め、争いに発展する恐れすらあった。
大陸の約半分の地域で一斉に放たれた炎を考えれば当然の結果であり、その事実を知る人間達は壊れたように笑みを浮かべていた。
「お前が悪いんだ! お前がジュネルバを滅ぼさなければ、お前のせいでセテヤは終わりだ! アハハハ」
そう語る人間の前に向かうヴァルハーレン、しかし、それより先に前に立ったのはランタンであった。
「言いたい事はそれで全部でしょうか?」
そう語るランタンは徐に大鎌をポケットから取りだし、即座に振り抜いた。
その瞬間に笑みを浮かべる他の人間達、魔族が人間に手を出せばどうなるかを知っていたからであった。
しかし、その余裕を吹き飛ばすように、ランタンは堂々とその場に立っていた。
「どうしました? 笑いたいならば笑えばいいんです。少なくとも私はあなた方全員を処刑しても構わないと考えています。愚かなる人間よ、その罪深き考えを抱いたままに生きてきた事をその身に刻み朽果てよ、などと考えておりますので」
死を前にした瞬間、誰もが自分達の行いを悔い改め、命乞いをする。
しかし、全ては遅すぎたのだ。人間の断末魔がセテヤの地に響き全ての処刑が終了した。
ランタンは一度、“バライム大陸国家魔界”へと戻りシアンに事実を報告する。
コウヤ達も魔力が戻ると同様にミカソウマへと帰還した。
そして、食糧庫から直ぐに食糧をガーゴイルとバーバリアンの部隊に背負わせるとセテヤへと向かわせたのだ。
シアンも同じ事を考え、魔界の貯蓄食糧庫をランタンに開かせた。
セテヤではミーナがランタンに頼み連れてきてもらったダルメリアの獣人達が植物魔法で果実を作り、皆で収穫する作業が繰り返されている。膨大な魔力を使いながらも必死に食糧を生産していく。
セテヤの地に食糧が運ばれると争う事無く、各種族がそれを均等に分けていく。
初めから食糧で争うような大陸でない事は誰もが理解していたが、飢えは全ての争いを引き起こす切っ掛けになる。
コウヤ達、バライムの行動はセテヤの未来を救ったのだ。
更に月日が流れていく最中、アグラクトはカラハ大陸の小国を含む全てを平らげるようにして支配すると“カラハ大陸国家アグラクト”としてその名を世界に轟かせた。
そして、全世界の人間に対し、魔族と獣人、更に数多の亜人達の撲滅を宣言したのである。
世界に波紋を巻き起こしたこの発言こそが人間と亜人種達の袂を分かつ引き金となり世界に新な格差と差別を作り出していく。
世界は人間とそうでない種族に別れるように動き出していったのである。
バライム大陸とセテヤ大陸が亜人の領土と世界が認め、安全な地を求め逃げてくる亜人達、それと同様にアグラクトは近隣の島国を支配しその勢力を拡大した。
亜人か支配していた島を力で奪い、逆らえば見せしめにする。
次第にその狂気の姿が明らかになるアグラクトに逆らう小国などは有りはしなかった。
バライム大陸もまた、島国と同盟を結びその力を強大にしていく。世界に別れていた四つの大陸は今や二つの強国に姿を変えていた。
アグラクトは力による統一を掲げ、バライムは協力する事での団結を決めた。
互いに異なる政策と思考、その先に待つ未来は未知数であり、全世界を二つに分けた戦争はいつ起きても可笑しくない状況であった。




