明るい明日に向かってバライムへの帰還
アイリの叫び声が響き渡り、ミーナ達が慌てて駆け付ける。その先にいたのはコウヤであり、その顔面には、アイリの為に用意された手作りのスープが器ごと投げつけられ、頭から服に至るまで全身がスープで汚れていた。
「何があったの!」
慌てるミーナ達に笑いかけるコウヤ。
「僕の姿にビックリしただけだよ、みんなありがとう。大丈夫だよ」
そう口にするコウヤは若干震えていた。あまりの事にショックを隠せずにいた。しかし、理由は自身の姿を見て叫ばれた事ではなく……アイリにコウヤも含め、ミカとソウマと言う両親の記憶が全くなかったからであった。
幼いアイリの心はあまりに損傷が酷く湖がその力で一時的に記憶を封印していたのだ。精神に負った傷は思う以上に深刻な物である事をコウヤは感じ震えていたのである。
部屋に駆け付けたヴァイキング達を見て更に震えるアイリ。そんな姿を見て笑いかけるコウヤ。
「ごめんね……驚かせちゃったね。新しいスープ持ってくるから少し待ってて」
扉に向かい歩くコウヤ。
「いらない! 何もいらないっ!!」
アイリの声に一度足を止めるが振り向かずにそのまま歩るいて行くコウヤ。
部屋から出て扉をゆっくりと閉めるコウヤ。扉が静かに閉まり、一瞬の沈黙が流れると無言のまま床に落ちる涙。
その光景に皆は無言で下を向いた。
「皆ごめん……アイリはまだ具合が良くないから、だから……」
次第に声が小さくなるコウヤ。
「コウヤ。とにかくもう一回スープを暖めようじゃないか、冷めたスープでは、心も体も暖まらんじゃろ」
そう言いコウヤとヴァルハーレンは厨房に移動した。
スープを温め再度アイリの部屋に持っていくと部屋から笑い声が聞こえてきた。コウヤはその声に慌ててスープをヴァルハーレンに託し、走り出した。
扉を勢いよく開けようとすると、リンク状態のミーナから『待って!』と声をかけられた。
リンクでゆっくりと静かに開けるように言われたコウヤは気持ちを落ち着け、扉を静かに開いた。
そこには、ミーナの膝に座りシャーデとキュエル、ベルミの変顔に笑いながら足をバタつかせるアイリの姿があった。
「良かった……」
コウヤに気づきミーナの後ろに隠れるアイリ。
「大丈夫だよアイリ。コウヤはね、アイリのお兄ちゃんなんだよ。だから怖くない」
首を全力で横に振るアイリは小さく呟いた。
「アイリには、家族居ないもん……」
今にも泣き出しそうなアイリの頭を撫でるミーナ。
「アイリ、私達はもう家族なんだよ、此処にはアイリを虐める人は居ないから大丈夫、それにね。コウヤがみんなを護ってくれるから」
コウヤの顔をジッと見るアイリは再度ミーナを見る。
「狼は危ないんだよ! アイリを夜丸飲みにしちゃうかも!」
その発言に皆が目を見開き、笑った。
「大丈夫だよ。だってコウヤは狼じゃなくてワンちゃんの獣人に近いから、怖くないわよ?」
再度見詰めるアイリは先程より落ち着いた表情をコウヤに向けていた。
「本当にアイリを噛まない! 丸飲みにしないの?」
真剣な眼差しと口調でそう訪ねるアイリにコウヤが笑いながら『しないよ』と答えるとアイリが恐る恐るコウヤに手招きをした。
「ん? なぁに?」
ゆっくり近づき、しゃがみ込むとコウヤの頭をゆっくりと撫でるアイリ。
「モフモフのくしゃくしゃだ! 狼じゃない! ワンちゃんだ」
コウヤに初めて向けられたアイリの笑顔が次第に歪んでいく。
「ワンちゃん……どうしたの……アイリが泣かせちゃった……さっきスープかけたから痛いの?」
コウヤはただ泣いていた。嬉しくて嬉しくて仕方なかったのだ。自分の意思と関係なく流れる涙にコウヤ自身も戸惑い始めていたがそんな二人を抱き締めるようにミーナが手を伸ばし更にシャーデ達が周りから抱きつく。
「泣き虫コウヤは怖くないのよ? わかったかしらアイリ」
「うん! ワンちゃんは……コウヤちゃんは怖くない! 皆怖くない。アハハ」
笑い声が溢れる室内。部屋の外でその話を聞いていたヴァルハーレンが部下に『今は誰も入れるな。よいな?』と優しく呟くと見張りのヴァイキングは笑いながら頷いた。スープを片手に厨房に戻るヴァルハーレン。その表情もまた優しさに満ちていた。
時を同じくして先に魔界に戻っていたランタンは救出した子供達の治療に全力を注いでいた。しかし、一命を取り止めるも絶望に満ちた子供達に笑顔を与える事は出来なかったのだ。
それから数日が流れ、バライム大陸は大騒ぎになる。
セテヤ大陸のヴァルハーレンが大型ガレオン船にて、バライム大陸の海域に入ったことが原因であった。
魔王シアンは事態を把握していたが一般の魔界市民はその事実を知らず騒ぎになったのだ。
そして、シアンは事態を収集すべくある提案をする。
「市民に伝えてほしいんだぁが、今から歓迎の準備を調えて欲しいんだぁよねぇ。出来るかぁねマトン?」
「かしこまりました。直ぐに用意します。船にはキャスカとディアロッテを向かわせますか?」
「いんや。私が行くよ。久々に来賓クラスの御客様だからぁね」
魔界もコウヤ達の帰りを待ち望み、シアンは喜びから待つなど出来なかったのだ。
魔界で宴の用意が開始される。
全ては大切な仲間達の為にそして、新たなる友好の為に。




