夜の森へ・・・って奴です
「はぁッ!はぁッ!はぁッ!」
苦しい。
肺がまるで押しつぶされるような痛みを発し、心臓が狂った様に脈を打つ
足は棒で、体全体で息をしているような感覚だった。
『虚像の影』
呪文は20を過ぎたあたりから、数えるのを止めた
竜は魔力感知の力に優れているらしい、だから私の魔力の残り香を漂わせておくわけにはいかなかった。
そうなると消すしかない。
私はもう何度目になるかも分からない、気配遮断の魔術を自分に付与する。
「ッは・・・はっ、はっ」
目がぐるぐる回った、酸素が足りない
魔力欠乏症の症状だ。まだ軽症だが酷くなると動けなくなる。
私は休息を求める体にムチ打って走り出す。
暗い森の中。
背後には巨大な強者の気配。
結論から言えば、私・・・「ラーグ=エルシア」は
あの黒龍から逃げ出した。
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暗い、何でこんなに暗いの?
当たり前だ。今は夜なのだから
私は遂に気力を切らし、覚束無い足取りで大きな木の幹へと寄りかかった。
全身から嫌な汗が吹き出し、胸のザワつきが消えない。
私の本能が警報を鳴らしている、そう、危険。
ー あの竜は危険だ。
竜は天使をまるで愛しい人の様に語った、その言葉の中には天使を殺したと言う各魔族への憎悪も感じ取れる。
同時に悲しみや後悔と言った、自分へ向けた感情も渦巻いていた様に見えた。
でも最後に悟った、あの私を「天使」と呼ぶ時の瞳
竜の瞳は。
真っ黒だった。 底の見えない、永遠闇。
愛しい者に出会えた故の喜び?
いいや、あれはそんな純粋なモノじゃない。もっと黒くドロドロした感情だ。
あれは愛しい者を見つけると同時に、酷く歪んだ感情をその者に抱いている。
一言で言い表すのならば「重い」
そう、重すぎるのだ。
感情が、気配が、私に対して行うその一つ一つが!
まるで自分が籠の中の鳥の様な錯覚さえ起こしてしまう。
(・・・・分からない)
竜が本当に良い存在と言う可能性も否定できない
でも私は逃げ出した。
それは何故?
必死に息を整え、息を潜めた
(でも例え私が天使だとしても、あの竜にだけはついて行っちゃ駄目な気がする・・・)
其れが前天使の啓示なのか、それとも単なる私の駄目な勘なのかは知らないが
妙な胸騒ぎが私を突き動かした。
「・・はぁっ・・・・はぁ・・・・・っ、よし」
息は整った
私は夜の森を再度駆け出す。
一度空を飛んだ時、方向は確認した
ならこのまま直進すれば街には辿り付ける筈。
懸念すべき点と言えば、私自身の体力と魔力量だった。
(分かっている事とは言え、やっぱり・・・っ)
この幼子の体
魔術的面から見れば非常に優秀だが、身体能力としてのスペックは最低水準だった。
ならば空を飛べば良い。何度そう思ってことか。
(竜相手に空飛ぶなんて、自殺行為よね・・・)
結局手段としては、地上を移動する他無かったのだ。
(けど街まで逃げ切ればっ、私の勝ちッ!)
『地上滑走』
比較的魔力消費の少ない魔術で、地面を滑るように移動する
流れるように木々の隙間を抜け、ちょっとした車位の速度は出ていた。
ー オオォォォォォォォォッ!!!
「ツッ!?」
ぞわりと、背中に氷柱を突っ込まれた様な感覚に陥った
体が僅かに硬直する。十中八九、あの竜だ。
走り背中から、まるで見えない圧力が迫っているようだった。
追いつかれる。
直感的に悟った。
けど私は諦めない。幾つかの魔術候補を頭に浮かべ、選択する。
『大地の想像』+『生命の息吹』
私は近くの木に手を当てると、一気に魔力を吹き込んだ。
2つの魔術が混ざり合い、大木がメキメキと形を変える
やがて大木は、一人の木巨人へと変身した。
「お願い、黒い竜を出来る限り足止めして!」
間髪入れずお願いをする。
すると木巨人は、大きく頷き、竜の居るであろう方向へと歩いていく。
「っぁッ・・・・」
同時に強烈な魔力欠乏症の症状が襲って来た。
(魔力、使いすぎた・・?)
思わず多々良を踏む。
だが黒竜の気配と、吐き気を催す程の魔力欠乏が私の背中を押した。
ここで止まったら、もう捕まるしかない。
(駄目、お願いだから動いてッ!!)
震える足に渇を入れる
私はふらつきながらも森の奥へと進んだ。
僅かに浮き出ている木の根っこが煩わしい、木々の隙間を縫うようにして移動する
途中何度か魔力の集中回復を行い、僅かだが魔力を回復させた。
だがそれとて、魔術数発が限度だろう。
(少なくとも大きな魔術は使えない・・・)
私の弱気に反応してか、『地上滑走』が効力を切らした
靴が地面を削り土煙を上げる。
「ッは・・・・・はぁッ・・・・」
着地した瞬間、一気に膝に負担が掛かり思わず膝を着いた。
「ッ・・・はっ・・駄目、進ま・・なきゃ・・・」
ふらふらと立ち上がり、近くにあった木へと身を寄せる。
魔力が回復した瞬間に使い切る精神の重労働、同時に5時間以上背後の圧力に晒されながらこの森を走り続けている。
自分でもわかっていた。けど口には出さない。
私は竜の気配から逃れる一心で足を動かし続けた。
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幸いと言えるのか・・・。
私は森の中に天然の洞窟を見つけた。
中は暗く、少し肌寒いが魔力の残り香を振り撒くよりは良いだろう。
冷たい石の壁に背中を預け、息を吐いた。
「・・・やっぱり、駄目・・・か・・」
洞窟の中からでも感じる。
あの竜は確実に私に追い付いていた。
逃げ切れれば・・・と思っていたが、やはりそう上手くは行かない。
(そもそも、何で私はあの竜から逃げてるんだっけ・・)
思考は一周し、原点へと帰ってきた。
最初は良い奴だと感じた、だが私を天使と言い切った時・・・言いようのない危機感に私は突き動かされたのだ
傍から見れば唯の本能に任せた暴走。
「・・・でも、無視できなかった」
そっと胸に手を当てる
その心臓は、狂った鼓動と一緒に言い様のない不安を送り出していた。
『女神の光』
魔力回復を何度も重ねて溜めた、なけなしの魔力。
独自に編み出した魔術をそっと唱える
大人し目な光を伴った魔術は、心拍数を正常な値に戻し
森で付けた傷を一瞬で治した。
同時に薄汚れてしまった服などを一瞬で新品同然にする。
あったら便利、なんて理由で編んだ魔術だったが使う日が来ようとは思っても居なかった。
それでも、胸の不快感は拭えない。
「ふぅ・・・」
肺から空気を絞り出し、洞窟の入り口を見る
少しずつだが・・・夜が明けている
先程まであった暗闇が、若干では有るが明るんでいた。
「・・・そういえば、魔王様との謁見・・・・今日だっけ」
今更ながらの事に苦笑する。
元はと言えば、魔王様と会うために帝都に来たのだ
其れがこんなことになろうとは・・・きっと魔王様も驚くに違いない。
何せ私自身も信じられないくらいなのだから。
「よし」
体の傷も癒えた。気力も充分。胸の不快感はどうにもならないが気合で消す。後は・・・
ー 戦う覚悟だけだろう。
夜は徐々に終わりを迎える。
いっちにっちいっちわ♪
もうすぐ冬休み!(((o(*゜▽゜*)o)))




