決着
天文二十二年の春、関ヶ原で行われた天下分け目の合戦で、長尾景虎を打ち倒した後も、名のある武将を見つけてはボコボコにしていった。
するといつの間にか東軍三万と西軍七万の勢力図が拮抗して、五万対五万のほぼ互角の戦いになっていた。
だがそれは、残念ながら数だけだ。
倒した武将は死んではないが、重軽傷者多数だからである。
なので指揮系統はまともに機能せず、寝返った勢力は一旦戦線から離脱する。
編成を組み直してから、改めて参戦する必要に迫られた。
それでも、敵戦力を減らしていることには変わりないので、私は引き続き武将っぽい人物を見つけては倒していった。
どのぐらいの時間が経ったのか、私はふと違和感に気づいた。
「……流れが変わったわね」
最初は東軍を包囲していた西軍だが、壁役を残して本隊がゆっくり後退を始めたのだ。
「これは、もしかして──」
包囲殲滅陣と口にするのは格好良いが、現実にやられる方としてはたまったものではない。
囲むほうが少数という間抜けな展開もなく、その対象は完全に逃げ場をなくしてしまっている。
ちなみに包囲されているのは、敵陣の奥深くまで単騎を突っ込んでいる私であった。
「総大将を倒せば勝利。まあ、間違ってはないわね」
数の上では両軍が約五万と、ほぼ互角である。
この先の戦況次第では逆転もあり得るため、敵陣深くまで総大将が単身で攻め込んで来たところを狙われないほうがおかしかった。
「でも、負ける気はないわ」
ざっと見た感じでは、千どころか一万を越える軍勢に完全に包囲されている程の圧迫感だ。
それでも私は負ける気は毛頭なく、不敵に笑った。
少しずつ隙間が埋められており、陣形も固まりつつあった。
そして司令官が命令を出したようで、矢の雨が放物線を描くようにして飛来し、私を目掛けて一斉に降り注いできた。
武田軍とは比較にならない数で、並の武将ならば避けることはできずに、全身がハリネズミのようになって絶命するだろう。
だが私は大きく息を吸い、右手を高く掲げて大声で叫んだ。
「超! 破壊拳!」
何の捻りもない右ストレートであるが、地面を全力で殴りつけた。
気や念には目覚めていないが、自分には稲荷神様から授かった御加護がある。
濁流に打ち勝った拳を力の限り地面に叩きつけられたことで、辺りに轟音が鳴り響いた。
さらには凄まじい衝撃波が発生し、周囲のあらゆるモノを吹き飛ばしていく。
降り注ぐ矢だけではなく、めくれあがった土砂を四方八方にばら撒いて、戦場に突風が吹き荒れる。
自分を包囲している武将や兵士たちは、もはや二本の足で立つことさえできずに、次々と転倒していった。
しばらく時間が経って砂嵐が止んだ頃に、私は爆心地の中心である巨大なクレーターから這い出て、簡単に汚れを払う。
巻き上げた土砂は周囲に無差別に降り注いだので、一時的に体が埋まってしまったのだ。
「だから、この技はあまりやりたくなかったのよね」
溜息を吐きながら呟いて、自身の体に目を向ける。
すると総大将として相応しく見せるようにと、三好氏から提供された儀礼服が土埃で汚れるだけでなく、見るも無残な布切れに変わり果てていた。
特に、右肩から下は完全に吹き飛んでいる。
それ以外の箇所も土で汚れたり穴や傷が目立ち、散々な有様であった。
激しく動くと深夜番組のようにポロリしてしまいそうで、正直かなり恥ずかしい。
「けれど、完全に戦意喪失してるし、勝負ありね」
服がビリビリに破れた以外は、目立った損傷はない。
周りで私を見ている者たちは地面にへたり込んで、完全に腰が引けてしまっていた。
もはや、精神的なトラウマを刻み込まれて、まともに戦ができる状態ではなかった。
(まあ、こっちも激しく動くと色々見えちゃうし、これ以上は戦えないんだけどね)
儀礼服とはいえ、破れることは想定していた。
なので自陣に帰って着替えてから再戦という手もあるが、面倒なことはしたくない。
出来れば一回で済ませたいので、私は大声をあげる。
「これ以上の抵抗は無意味よ!」
私は顔面が青を通り越して蒼白になって敵軍に向けて、堂々と宣言する。
「降伏しなさい!
稲荷大明神様の化身として、悪いようにはしないことを約束するわ!」
戦に負けたら、領地没収や御家断絶は普通にあり得るが、私はそこまで酷いことをするつもりはなかった。
戦後処理や他国の統治や管理など、脳筋ゴリ押ししかできない統治者としては、絶対やりたくない仕事だ。
ならば最初から軽い罰だけで済ませて、あとは全部丸投げしたほうがマシだ。
「もし降伏しなければ、今度は稲荷大明神様の鉄拳を直接振り下ろすわよ!」
「「「ひええっ!?」」」
たったの一撃で地面に突風が吹き荒れて巨大なクレーターができたので、まともに受ければミンチよりひでぇやになるのは目に見えている。
そのせいで、誰もが恐怖に顔を歪めて体を震わせる。
しかし本当に人間を殴る気はないので、降伏しなかったらどうしようと心の内では困っていた。
「わっ、わかった! 降伏する!」
「儂もじゃ!」
「どうか! 寛大な措置を頼む!」
周りで腰を抜かしている者たちが、次々と武器を捨てて許しを請う。
その姿を見て、自陣で着替えてからラウンド2をしなくて済んで良かったと、私は胸を撫で下ろす。
「安心なさい! 稲荷大明神様は慈悲深いわ!」
戦国時代に送り込むという酷いことをしたが、生き残るための御加護をくれたので慈悲深いほうだ。
「戦乱の世を終わらせて、五穀豊穣をもたらす邪魔さえしなければ、きっと許してくれるわ!」
遠回しに許すのは今回限りで、次にまた邪魔したら潰すからなとはっきり告げておく。
実際に私も、天下分け目の合戦など何度もやりたくはなかった。
「おおっ! 何と慈悲深い!」
「感謝致します!」
「儂は今より、稲荷大明神様に改宗し申す!」
信者が増えれば稲荷神様も喜ぶだろうし、私はあえて何も言わずに満足そうに頷く。
そろそろ土埃で汚れたりボロボロになった服を着替えたいのだが、何故か私への称賛合戦が始まり、それは瞬く間に関ヶ原中に広がっていった。
天下分け目の戦いが終結したのは良いのだが、下手に動くと色々見えてしまう状態で留まるのは、正直かなり恥ずかしい。
なので表情だけは笑顔を保って、羞恥に悶える。
心の中では、早く自陣に戻って着替えさせてと願い続けるのだった。




