関ヶ原
天文二十一年の春、足利義輝と三好長慶と密会した。
その際に稲荷神様の御加護について説明したりと色々と脱線はしたものの、何とか軌道修正をして今後の行動は決定した。
なので取りあえずは、大坂本願寺の時間稼ぎをしつつ、足利将軍家や三好氏は朝廷や公家に働きかけて、全国の大名に檄文を飛ばす。
そして来年の春に、関ヶ原で大規模な合戦を開くことが、正式に決定したのだった。
なお合戦の場所についてだが、最初は京の都の近くでやるのかなと思っていた。
しかし、三好氏と足利氏が反対したので変更となった。
その際に大規模な戦ができる地理に詳しくない私は、悩み抜いた末に関ヶ原と口に出した。
何処で知ったかは覚えていないが、詳しく調べてみると立地的には美濃の国境沿いで、尾張からも近くそれなりに広い平野だった。
問題は、斎藤道三が承諾するかどうだ。
なのでここは、一発殴るのを帳消しにするという条件を出して、見事に承諾させたのだった。
次は来たるべき戦に備えるために尾張に帰ろうとした私だが、二人が思い出したかのように慌てて引き止めてきた。
そのまま朝廷に拝謁して、あれよあれよと言う間に式典が進み、正一位を叙された。
事前に手はずを整えていたとは言っても、お前それでいいのかとツッコミを入れたくなるほど、神階は軽かった。
だが全ては、私が稲荷神様の化身だからである。
普通は段階を踏み、少しずつ神階を上げていく。
ちなみに生前に叙された者は僅か数名の神階の最高位なので、自分がこれを受けるのに相応しいとは全く思えない。
けれど征夷大将軍になるには必要なことなので、何処か他人事のように思いながらも、式典が終わるまでじっと耐えるのだった。
京の都を去った私は、春が終わる前に尾張に帰還した。
そこで弟の信長や家臣たちを集めて、今後の計画を練る。
大坂本願寺との交渉が決裂し、対抗するために征夷大将軍を目指すまでは弟も予想はしていたが、最短距離を突っ走り、天下分け目の合戦を自ら起こそうなどとは考えてもいなかった。
信長だけでなく、家臣たちも揃って頭を抱えている。
何処か諦めムードだが、絶望しているわけではない。
誰もが仕方ないという表情を浮かべて、苦笑しながらも対策案を講じていく。
参戦しないと朝敵にすると脅すことで、強引にでも天下分け目の戦いに出陣させるのだ。
本当に朝敵にするつもりはないが、向こうからすれば無視すればそうなってもおかしくない。
だからこそ、各勢力は従うか私を倒すかの二択を選ばざるを得なかった。
綱渡りの人生は今に始まったことではないので、自分としては慣れたものだ。
ここは何としても勝利を収めて、関ヶ原の合戦を日本で最後の戦にしたい。
大坂本願寺の動向が気になるが、関ヶ原で勝利すれば私は名実ともに天下人になり、もはや手は出せなくなるはずだ。
その後は征夷大将軍として改革を進めて、寺院を少しずつ弱らせていけば良い。
だがまあとにかく、今は目先の問題を片付けるのが先決だ。
天文二十二年の春に向けて、尾張だけでなく同盟国とも連携を取って、来たるべき天下分け目の一戦のために準備を整えるのだった。
あっという間に時は流れて、天文二十二年の春になった。
関ヶ原では、西と東に分かれて両陣営が睨み合っている。
東軍の総大将は、第十三代征夷大将軍である足利義輝。……ではなく、朝廷から正一位を叙され、この大戦のあとに新たな大樹となる織田美穂である。
そして西軍の総大将は、第十四代征夷大将軍(仮)である、足利義昭だ。
ちなみに足利家は、権力争いで分裂している。
誰もが正当性を主張して、次の大樹になろうと画策していた。
神輿として担ぐには、持ってこいであった。
「足利義栄は、行動を起こす前に捕らえた。
しかし義昭は、間一髪で間に合わなんだ」
朝靄が広がる関ヶ原で、腰の軽い私は三好軍へとお邪魔している。織田軍の指揮は信長に任せているので、安心であった。
ここの指揮官である長慶と、もう一人の神輿役である今代の大樹の二人と顔を合わせる。
天幕の中で、割と緩い雰囲気で最後の打ち合わせをしていた。
「全員ぶっ飛ばすことには変わりないわ。
それに神輿が立派なほうが、敵も喜び勇んで参戦するってものよ」
だが、逆らう者は朝敵にするぞと脅している私は諸悪の根源だし、それに反対する勢力は、義によって助太刀致すに見えるのだ。
次代の征夷大将軍である私は、大きく溜息を吐く。
しかし、今さら引き返すつもりない。
自身の行いが正しいと信じているからだ。
それでも現政権を壊して新しく築こうとしている私は、戦国時代を生きる者にとっては排除すべき敵である。
「悪役になることで乱世が終わるなら、喜んで泥を被るわ」
歴史的に散々な評価を受けたり、民衆に嫌われる覚悟を決める。
それを堂々と口に出すことで、私は気合を入れた。
「一人で背負う必要はないぞ」
「然り、我らもついておる」
天幕の中に、もし弟の信長が居たら同じことを言うだろう。
弟は姉と並び立ちたいと、昔はそんな夢を抱いていたからだ。
今は違う可能性もあるが、何となく思い出したので自然と頬が緩む。
「二人共、ありがとう。
次代の信長に引き継いでも、仲良くしてくれると助かるわ」
自分が大樹をするのは、地盤固めが終わるまでだ。
誰もができなかった改革を成す力があるとはいえ、政治や知略はさっぱりだからである。
そんな有様では、とても日本を導いていけるとは思えない。
なので大雑把でもあらかた片付いたと思ったら、時代の悪役はさっさと退位して、二代目に継がせるのが吉である。
しかし三好氏と足利氏は、意外な顔をしていた。
「美穂殿は、五十過ぎまで現役だと思っていたぞ」
その発言に、ふむと口元に手を当てて考える。
「確かに私は、五十を過ぎても元気でしょうね。
でも、大樹を続けられるかどうかは別問題よ」
いくら稲荷神様の御加護で心身が頑丈であっても、脳筋ゴリ押しで場当たり的な判断しか下せないのだ。
やはり自分には、到底務まりそうにないと気持ちを切り替えて、前を見据えて口を開く。
「今は力を示す時よ。
天下分け目の戦に勝たない限り、戦乱の世を終わらせるなんて、夢のまた夢なんだから」
一理ありと思ったのか、三好氏と足利氏が小さく頷く。
朝廷や公家、征夷大将軍の名前を使った正式な書状での宣戦布告だが、戦国乱世に絶対はない。
周辺諸国にいつ攻め込まれるかわからないため、守備隊を残す必要がある。
総戦力をどれだけ持ってくるかは各勢力次第だが、現時点での東軍は約三万。
そして敵である西軍は、約七万だ。
私たちの陣営が不利なのは明らかで、この状況を打破するのは困難と言える。
「足利義昭を討ち取って終わりなら、楽で良かったんだけど」
それならすぐに片がつく。
だが、そう簡単な話ではないのだ。
「それでは他の大名が納得するまい」
「さよう、開戦した瞬間に敗北では、敵の策略を疑うわ」
二人の発言を受けて、私はしかめっ面になる。
足利義昭をボコるか、捕らえるだけなら簡単なのだ。
だがこの戦いは、私が次代の征夷大将軍としての力を示すのが主な目的だ。
なので双方の被害を抑えつつ、極力人を殺さずに、ド派手に活躍して勝つ必要がある。
完全勝利を達成するための条件が、なかなかに面倒なのであった。
しかも、参戦した勢力が多すぎて名前を覚えきれていないが、そこはまあ仕方ないと諦める。
何にせよ、行き当たりばったりでいつも通りにやるしかないと、心の中で溜息を吐くのだった。




