力を示すために
天文二十一年の春、私は花の御所の一室で足利義輝と三好長慶と密談をしていた。
そして本当に嫌々ではあるが、新たな大樹になる覚悟を決めたのだった。
「三好様は、私が征夷大将軍に成り代わるのを予想していたのね」
大坂本願寺と決裂し、私自らが新たな大樹として立とうとする。
三好氏は、ここまで読み切っていたのだろう。
「美穂殿の弟から、よろしく頼むと書状が送られてきたからな」
あとで絶対一発殴ろうと思ったが、事前に三好氏が大坂本願寺に根回ししてくれたおかげで、証如と面会できたことを思い出した。
「帰ったら絶対一発なぐ……まあ、助かったから良いわ」
ならば信長に感謝するべきだろう。
それでも少々、複雑な気分であった。
「美穂殿は、時として予想のつかない行動をする。
だが一度方針を決めれば、最短距離を突っ走るからのう」
つまり目的さえ決まってしまえばこの上なく読みやすく、信長や三好氏の想定通りに進むことになる。
全てを見透かされているようで落ち着かないが、今はそれより重要なことがあった。
「そんなことより今は、私が征夷大将軍になるほうが重要よ」
気持ちを切り替えて話を進めることにしたのだが、その件についてもすぐに返事があった。
「既に手配済みだ」
「早すぎない!?」
足利氏が自信満々に発言したので、私は大いに驚かされた。
何しろ大坂本願寺との交渉が決裂して、啖呵を切って喧嘩別れしたのは先日である。
信長がこっそり連絡を取っていたとしても、公家や朝廷への根回しが早すぎる。
だが足利氏は気にした様子もなく、堂々と言ってのける。
「元々新たな大樹として、美穂殿を立てるつもりであったからな」
確かに二人は、昔もそんなことを言っていた気がする。
私はぼんやりとだが、思い出してきた。
「準備を始めたのは、天文二十年の春からだったか?」
「もうそんなに経ったのか。いやはや、懐かしいのう」
つまり私を新しい征夷大将軍にするために、一年も前から入念に準備を進めていたのだ。
そうやって楽しそうに話しているが、見ている側としてはあまりにも用意周到で、もはや言葉もなかった。
大体自分が断ったら、どうするつもりだったのか。
根回しに使った時間や銭、人材その他諸々が全て無駄になるのだ。
しかし私がどのような道を歩いても、最終的にはそうなるのだと確信を持って動いたのだろう。
覚悟を決めざるを得なくなった現状としては、でかしたと言いたい。
それでもやっぱり、釈然としないのだった。
そんな私の心境はともかく、三好氏は顎髭を弄りながら口を開いた。
「しかし、征夷大将軍になるには力を示す必要がある」
根回しが済んでいるなら、このままトントン拍子に話が進むと思っていた。
三好氏が真面目な顔で、説明を行う。
「尾張が小国なのもあるが、稲荷大明神様の御加護を本気で信じる者は稀だろう」
最初に足利氏が、次に三好氏が順番に口を開く。
「これでは美穂殿が新たな大樹になろうと、誰も従わぬ」
ようは誰もが認めざるを得ないような、立派な戦国大名になれと言うことだ。
しかしそれを成すためには、また長い時間が必要になる。
一体どれだけの屍を踏み越えていかなければならないのかと、考えるだけで気が重くなってくる。
協力してくれる二人には悪いが、先日は大坂本願寺という導火線に火をつけてしまった。
全国に飛び火して大きな戦が起きるかも知れない以上、あまり悠長にして被害を増やすわけにはいかなかった。
そこで私は足りない頭で必死に考えて、案を一つだけ思いついた。
「……背に腹は代えられないわね」
正直に言うと、こんな手は使いたくない。
だが、悠長に地盤固めを行っている時間はない。
大坂本願寺と泥沼の戦いに突入し、全国で大勢死傷者を出すよりかは、これが一番手っ取り早いと考えたのだ。
そこで恥じることなく、堂々と宣言した。
「天下分け目の合戦を開き、そこで稲荷大明神様の御力を示すわ!」
「「はぁ!?」」
二人揃って唖然とした顔をしているが、構わず説明を続ける。
「ようは全国の大名を一箇所に呼び集めて、天下統一を賭けた合戦をするのだ」
それを聞いた三好氏は、すぐに思考を整理する。
かなり悩んだようだが一理ありと思ったのか、今度は逆に私に質問してきた。
「……勝算はあるのか?」
これに関しては、私にも予想がつかなかった。
「思いつきを数字で語れるものかよ!」
「「ええー!?」」
開き直って勢いで乗り切ったが、本当にどう転ぶかわからないのだ。
もし兵力差が大きすぎた場合、私がどれだけ奮闘したところで、試合に勝って勝負に負けることも十分にありえる。
「でも一戦交えて決めたほうが、地道に足場を固めていくよりも手っ取り早いわよ」
私は淡々と語るが、三好氏はあくまでも冷静に返答する。
「しかし負ければ全てを失い、もはや再起は叶うまい」
だが三好氏の言葉を受けても私は怖気づくことなく、不敵に笑ってみせた。
「その時はその時よ」
これまでの人生は行き当たりばったりで、綱渡りの連続だった。
なので、危機的状況から逆転して、何とか勝利を掴み取るのも慣れたものだ。
「もし敗走した時は、三好家を頼ると良い」
もちろん勝つ気でやるが、それでも敗北の可能性はゼロではない。
いざという時の避難先があるのはありがたいが、それに甘えるつもりはなかった。
「縁起でもないわね」
私が苦笑しなが答えを返すと、三好氏は不敵に笑う。
「稲荷大明神様の御加護がなくとも、美穂殿は魅力的な女性だからのう」
交際経験がない自分にはいまいち確証はないので、念の為に尋ねてみた。
「それは、口説いてるのかしら?」
「そう思ってくれて構わんよ」
稲荷神様の御加護がなくともと言うが、武家の娘らしくない私に、何の魅力があるのか。
自分にはさっぱりわからなかった。
「我も美穂殿は好いておるぞ」
足利氏も同意とばかりに口を開くので、私は溜息を吐いて首を左右に振る。
「言っちゃ悪いけど、私に女としての魅力があるとは思えないわ」
思えば柴田勝家もそうだったし、松平竹千代にも懐かれていた。
だがこんなことになるなら、未来の日本でゲームや漫画に没頭せずに、男性経験を積んでおけば良かった。
そうすれば今頃は、周囲に男を侍らせてウハウハだったのにと若干後悔しかけたが、そんなことをしてもあんまり楽しくないなと思い直した。
(でもまあきっと、自分に惹かれるのは健康的な体なおかげね)
稲荷神様のご加護は、怪力を出せるだけではない。怪我や病気にならない、健康的な体もあった。
容姿もそこまで悪くないため、あとは性格と頭さえ良ければ完璧な女性。……かも知れないのだ。
何にせよいまいち断言できないのが私らしいが、今はそんなことをしている暇はない。
新たな大樹としての力を示すため、大規模な合戦を行うほうが遥かに重要だ。
そう考えて呼吸を整え、もう一歩踏み込んだ打ち合わせを行うために、気持ちを切り替えるのだった。




