細川晴元
天文十九年の冬に、三好長慶に細川晴元を尾張に連れて行き、隠居させる約束をした。
そんな私は急いで京の都へと戻ると、相変わらず場当たり的に思いついた作戦を実行に移す。
割と暇を持て余していた手勢百名を呼び集めて、尾張から持ってきた土産物を運ぶようにと命令を下した。
また、最初の説得が上手く行かなかった場合に備えて、伏見稲荷大社の台所を借りてある物を作る。
そして一通りの準備が整ったら、琵琶湖の西にある堅田に急いで向かうのだった。
年内に堅田に入り、征夷大将軍と会うために武家屋敷に到着した。
今回は手勢を百名連れてきたので警備の者に驚かれたが、六角氏と話をつけていて、私たちの顔を覚えていてくれたらしい。
おかげですぐに、拝謁の許可が下りた。
手勢百名は正門を通れないので、近くの施設で待機させる。
そして私と銀子と林さんは、案内役の後ろを歩いて大広間へと通された。
「ただ今戻りました」
征夷大将軍より一段低い床に座り、多くの家臣たちが集まる中で深々と頭を下げる。
「うむ、ご苦労」
前回はすぐに素が出てしまったが、今度こそ最後まで取り繕うために、姿勢を正して畏まる。
「それで、和睦交渉の結果は?」
正直気は進まないが、はっきりと伝えなければいけない。
私は呼吸を整えて、彼に報告を行う。
「三好様から条件を出されました」
「条件だと?」
嘘がつけないので、隠しても仕方がない。
足利義輝に、正直に打ち明ける。
「足利義輝様が京の都に戻ることには、問題はありません」
彼だけなら、本当に問題はないのだ。
三好氏も快く受け入れて、庇護してくれるだろう。
「しかし、細川晴元様と派閥の方々のご帰還は、許可されませんでした」
この言葉を聞いた征夷大将軍は大きく溜息を吐き、家臣たちの間にも動揺が広がる。
なので、大広間に集まった細川晴元や派閥の者が激怒するのは当然であった。
「やはり三好長慶との和睦は不可能でございます!」
「然り! 将軍家のために身を粉にして尽くしてきた我らを排除しようなどと!」
「こちらが譲歩してやっておるのだぞ! 大した面の皮の厚さよ!」
他にも多くの者が文句を言っている。
だが足利義輝が静かにするようにと大声を出すことで、何とか場を収める。
そして次に私の顔を真っ直ぐに見つめて、渋い表情で尋ねてきた。
「それで、美穂殿は如何した」
「私は、三好様の条件を承諾しました」
またも会議の場がざわめき、多くの者が私を罵る。
「何と愚かな!」
「やはり三好長慶の手の者であったか!」
予想はしていたが、何とも言いたい放題であった。
「田舎大名の織田家など、最初から信用すべきではなかったのだ!」
最初は我慢するつもりだった。
しかしある単語が、私の逆鱗に触れてしまう。
「黙らっしゃい!」
「「「ひえっ!?」」」
瞬間湯沸かし器のようにカッとなって、ブチ切れた私の怒声が大広間に響き渡った。
そのせいで騒ぎ立てていた家臣たちは皆、一斉に黙り込む。
「確かに私は、文句を言われても仕方ないことしたし! その自覚はあるわ!」
だが、それを謝るつもりは毛頭なかった。
当初の予定では将軍家と朝廷に顔繋ぎをしたら、すぐに尾張に帰るはずだったのだ。
しかしいざ京の都に来てみれば、そこには征夷大将軍の姿はなかった。
代わりに、三好長慶という大名が幅を利かせていたのだ。
「でも、全ては私の独断専行よ! 織田家は一切関係ないわ!」
今後の予定について織田家に相談しようにも、時間がかかりすぎる。
なので自由行動が認められているため、いつもの独断専行を行ったのだ。
「それに、もっとも上に立つのは足利様なのは変わらないわ!」
立場的には三好長慶が下で、足利義輝が上だ。
日の本の国の統治機関としては、当たり前の序列である。
「そもそも民衆にとっては、真面目に統治してくれれば、管領が誰だろうと知ったこっちゃないのよ!」
遠い未来の日本では、割と頻繁に首相や大臣が変わっている。
それでも与えられた役目さえ果たしてくれれば、民衆にとっては割とどうでも良いことだ。
「きっ、貴様! 何という暴言を吐くのだ!」
細川氏の顔が真っ赤になる。
だが私はここで一度言葉を切り、正直あまり気は進まないため、溜息を吐いて口を開いた。
「とにかく!
細川晴元様と派閥の方々は、まとめて織田家が引き取ることになったわ!」
なったと口にしたが、あくまでも私がそう決めただけだ。
なので彼らは驚いた後に、鼻息荒くこちらを睨みつけてきた。
「儂は聞いておらんぞ!」
「田舎大名の元になど、誰が行くものか!」
わかってはいたが、やはり納得できないようだ。
しかし先程から聞いていればアレも駄目、コレも駄目と不満ばかりで嫌になってくる。
私として殺されるよりはマシだと思うのだが、政権を取り戻して日の本の国の実質的な支配者に、返り咲くことを諦めきれないらしい。
どうやら一度話を通した六角氏とよりを戻し、三好とやり合う気のようだ。
しかし、彼らが争いを続ける限り、戦国乱世は決して終わらない。
私も自分本位なのでブーメランではあるが、これはもう説得は無理そうだと判断する。
なので、やはりあの手を使うしかないかと決断して、後ろに控えている二人に目配せした。
「言っておくけど、織田家は田舎大名じゃないわよ。
むしろ全国で一番栄えているから、何処よりも贅沢な暮らしができると言っても、過言ではないわ」
ここぞとばかりに胸を張って堂々と主張した。
するとすぐに、この場の者たちは冷ややかな目を私に向ける。
「ははっ! 見え透いた嘘をつく!」
「京の都は古より日の本の国の中心よ!
ゆえに、もっとも栄えておるのは自明の理だ!」
周りの家臣たちから嘲笑される。
その間に、征夷大将軍に荷物の搬入許可を取り付けて、合図を受けた林さんと銀子が席を外し、恭しく一礼して大広間から退室した。
「私は本音でしか語らないんだけど。……まあ、良いわ」
口で言っても聞かなければ、物的証拠を用意すれば良い。
二人はそれを取りに向かわせたのだ。
「尾張国が。日の本で一番栄えている証拠を見せるわ。
だから、少し待ちなさい」
この言葉を聞いて、細川氏や家臣たちは怪訝な顔をしている。
だが私は気にすることなく、涼し気な顔をして目を閉じて耳を澄ませ、ただじっと待った。
やがて大勢の足音が近づいてきたことを確認して、手を上げて足利将軍に入室させても良いかと尋ねると、彼は小さく頷いた。
そして会議の場に入ってきたのは、大小様々な色とりどりの葛籠を持った尾張の者たちであった。




