一騎討ち
私が着地してしばらくの間は、戦場に微妙な空気が流れた。
双方の攻撃が止まっているのは喜ばしいが、個人的には何とも居心地が悪い。
なので正門を背にして姿勢を正し、コホンと咳払いをする。
その後、私はなるべく真剣な表情で、堂々と名乗りを上げた。
「私は織田信秀の娘! 美穂!
名のある武将と見たわ! いざ尋常に勝負しなさい!」
なお、こっちは相変わらず徒手空拳だ。
刀や槍はすぐに壊してしまうし、何も持たなくても十分に強いので、ぶっちゃけ銭の無駄だ。
そして私の声が聞こえた敵将はしばらく沈黙していたが、やがて正気に戻ったのか、大声で返事をする。
「ほほうっ! 噂に聞こえし尾張の剛力無双か! ならば受けて立とう!
我が名は本多忠高なり!」
もし返事がなかったらどうしようかと内心では不安だったが、一騎討ちに応じてくれて助かった。
そうでないと私は羞恥心に耐えきれず、戦場の真っ只中で顔を真っ赤にして、アタフタするところだった。
ちなみに正気に戻ったのは、本多忠高だけだ。
敵味方の殆どはまだ動きを見せずに、正門前の一騎討ちを黙って見守っている。
文字通り空から降ってきたのだから、誰もが私の存在を無視できないのはわかるが、少し恥ずかしい。
そして馬上では不利を感じたのか、本多忠高は地面に降りた。
「いざ! 参る!」
私のほうに向かってくるが、無策に突っ込むのではなくすり足で慎重に近づいてきた。
情報伝達が口頭や手紙ぐらいしかない今の時代は、噂を確かめる手段は直接その目で見るぐらいなので、私は挑発的な笑みを浮かべて、彼に答えを返す。
「稲荷大明神の化身の力! その目に焼きつけることね!」
本多忠高は決して油断をせずに刀を抜いて、一定の距離まで近づいたところで、正眼に構えて戦闘態勢に入る。
対して私は、剣術や格闘技などはやっていないので、漫画で覚えた亀仙流の構えを取った。
理に適っているのか隙だらけかは不明だが、棒立ちよりは何となくだが見栄えが良いと思ったのだ。
約十歩の距離まで近づいた所で、動きが止まった。
本多忠高の鋭い眼光が、私に真っ直ぐ向けられる。
「せいっ!」
叫び声を上げて、真正面から斬りかかってくる敵将の刃を、私は紙一重で避けた。
初太刀が躱されるのは予想の範囲内だろうし、二の太刀や三の太刀も用意していて当然だ。
しかし、それに長々と付き合うつもりはない。
私は目にも留まらぬ早さで本多忠高に肉薄し、鎧で守られた腹部を軽く蹴りつけた。
結果、頑丈な鎧は足型をくっきりと残したまま、彼の体は衝撃で吹き飛んでいった。
五メートルほど転がり動きが止まった本多忠高は、あまりの痛みで起き上がることができないようだった。
そこで、苦しそうに息を吐く。
「みっ、見事!」
たったの一撃で、勝負は決まったのだ。
我ながら出鱈目な強さだと思ったものの、これでも殺さないように手加減するのは大変なのである。
相手は百パーセント殺る気で来るが、本多忠高は心の何処かで自分は負けるはずがないと油断があった。
実際に一騎討ちをした私は感覚的にわかったが、今回はその隙を突かせてもらった。
何にせよ稲荷神様の御加護がなければ勝ち目など一ミリもないので、彼の健闘を素直に称賛する。
「貴方も強かったわ。今まで戦った武将の中では、一番じゃないかしら?」
「そっ、それは……光栄!」
それだけ言い切り、本多忠高は気を失った。
なお常に一撃で沈めてきたので、実際には優劣が殆どないのは秘密である。
とにかく一騎討ちが自分の勝利で終わったので、思いっきり右手を上げる。
「敵将! 本多忠高! この織田美穂が討ち取ったりーっ!!!」
織田軍の士気を上げるために、戦場に響き渡るほどの大声で堂々と宣言する。
そして武器を持っていないので、漫画を参考にして我が生涯に一片の悔いなしの姿勢を取ったのだった。
これまで固唾を呑んで見守っていた敵と味方の間にどよめきが広まった。
本多忠高を討ち取った効果が、十分にあったことを確認する。
ならばと、私は気絶した敵将を速やかに回収するために近づく。
「よいしょっ……と」
そのまま無造作に担ぎ上げて、安祥城の城壁を飛び越える。
問題なく城内に着地した私は周囲を見渡して、たまたま目についた兵士の元に向かう。
そして気絶している本多忠高を、ゆっくり地面に下ろした。
「あとで交渉材料にするから、絶対に殺すんじゃないわよ」
驚いた兵士が何か言いかけたが、今は時間がないので返事は聞かない。
私は再び跳躍して、正門の外へと舞い戻る。
本命は太原雪斎だが、流石に大軍の中から探すのは骨が折れる。
それに安祥城は攻撃されている最中なので、ここは拠点の防衛を最優先に行動すべきだろう。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるし、交渉材料は何人いても困らないでしょ」
重要人物を捕まえた数だけ、交渉で優位に立てる。
ただし美濃攻めでやったように投石で倒すと、当たりどころが悪ければ殺してしまう可能性がある。
なので、堂々と一騎討ちを申し込んで接近戦に持ち込み、上手く手加減して仕留める必要があった。
「何だか男漁りしてるみたいで、あまり気分は良くないわね」
思わず愚痴を漏らしたが、目立つ武将を順番に捕まえていけば、いつかは敵の総司令官に辿り着くのは間違いない。
「でも、これも織田家の天下統一のためよ」
すぐに気持ちを切り替えて、安祥城を包囲している今川と松平連合軍を視界に収める。
そして私は敵武将と見るや一騎討ちを申し込み、承諾しなくても強引に距離を詰めて、ぶん殴って気絶させる。
無抵抗になったら担いで安祥城にお持ち帰りする。
そんな、正直良くわからない男漁りに勤しむのだった。




