表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/99

計略への備え

 天文十二年の秋、尾張全土は例年に類を見ない大豊作となった。

 周辺諸国も好調だが、それを大きく引き離す程である。


 吉法師は加減しろ姉上と釘を差したが私は頭が良くないし、収量を決定付ける要素の多くが天候次第で、少ないよりは多いほうがいいに決まっている。


 だが他国に警戒されてしまったことは、もう取り返しがつかないし仕方ない。

 ならば今は、敵の内部工作に備えて、対策を講じるのだ。




 吉法師は興奮を抑えるために白湯を飲んで一息ついたあと、正面に座っている私に諦めたように声をかけてきた。


「それで、姉上はどうするつもりなのじゃ?」


 これには私は予想していなかったので、逆に質問する。


「内部工作の対策案を立てるのは、吉法師やお父様の仕事じゃないの?」


 私は知識はあっても、基本的には脳筋ゴリ押ししかできない。

 しかし吉法師とお父様は、頭の回転が早くて機転が利く。


 どちらが作戦を立てるのに適しているかは、言うまでもなかった。


「儂や父上も対策を講じてはおる。

 しかし、守ってばかりでは状況は好転せぬ」


 確かに敵の内部工作に対抗するとしても、内紛の火種なんてそこら中に散らばっている。

 最悪の展開は、周辺諸国と領内の寺院が手を結ぶことだが、それさえ阻止すれば大丈夫というわけではない。


 領民の全てを監視することなど不可能なため、不平不満を煽るのはさほど難しくはないのだ。


「それで、姉上は何か思いつかぬか?」


 そう言っても、自分はあまり頭が良くない。

 作戦立案には向いていないが、せっかく弟が頼ってきたのだ。少しは姉らしい所を見せてやりたかった。


 それに敵の執拗な嫌がらせを何とかするには、今の時代の常識に縛られない自分ならワンチャンあると、二人は期待しているのだろう。 


 ぶっちゃけ自信はあまりないが、悩み抜いた末にあることを思いついた。


「一つだけ策があるわ」


 相変わらず行き当たりばったりだが、期待の表情を浮かべる吉法師が声をかけてくる。


「それはどのような策なのじゃ?」


 勿体ぶる趣味もないので、私はすぐ口を開いた。


「お祭りをするのよ」

「祭じゃと?」


 弟は今いちピンとこないのか、真面目な表情で腕を組んで考えている。

 しかし適した説明の言葉が思い浮かばないので、私もうーんと唸りながら口を開いた。


「例えるなら、収穫祭かしら?」

「それが何故、策になるのじゃ?」


 私も結構適当なので、頭の中で考えながら説明を続けた。


「領民の連帯感を強めるからよ」

「本当にそんなことで、敵国の内部工作に抵抗できるのか?」


 連帯感を強めても不満が解消されるとは限らないので、吉法師が疑問に思うのもわかる。


 だが幸い、美穂協同組合は上手くいっている。

 お祭りをして飲み食い騒いで、領民と喜びや苦しみを分かち合えば、多少は不平不満の解消になると考えたのだ。


「自分でもそこまで良い策じゃないのは、わかってはいるけどね」


 もしかしたら失策だったかもと思い直して、何となく視線をそらす。

 すると弟が、大きな溜息を吐いた。


「うむ、神事や祈祷を行うのは悪くはないが、劇的な改善に繋がりにくいじゃろう」


 彼の言葉を聞いた私は違和感を覚えて、思わず首を傾げた。


「あれっ? ちょっと待ちなさいよ」


 そこで初めて、吉法師と私の考えが食い違っていることに気づいた。

 なので、頭を押さえて愚痴をこぼす。


「確かにお祭りは、本来そういった行事だったわね」


 尾張で行われている祭りは、神事が中心になっている。

 食事も振る舞われたり賑やかではあるが、未来と比べれば娯楽性は低く、地味で退屈なことが多かった。


「吉法師」

「何じゃ、姉上」


 相変わらず深い考えもなしに、弟に声をかける。


「尾張全土のお祭りなんだけど。今年からうちが、全面的に支援して開催するわ」

「……は?」


 弟が唖然とした表情になったが、私は構わず言葉を続けた。


「神事にも支援はするけど、少しだけよ」


 足りない頭を働かせて考えたことを、一つずつ口に出していく。


「屋台料理や娯楽で一年の苦労をねぎらって、領民は存分に飲み食い騒いでもらうの。

 祭りが終わるまで全てが無料なら気楽でしょうし、不平不満の解消になるわ」


 織田家の支援で行われるので、領民が感謝してくれることを期待したい。

 手の平くるっくるするのが今の時代だが、台所を圧迫してでも面倒を見てくれる領主を、嫌いになったりはしないだろう。


「ふうむ、なるほどのう」


 吉法師もこれには一理ありと思ったのか、小さく頷いた。


 これまでのように、おごそかに神事を執り行うのは変わらない。

 だがそれは本命ではなく、たとえ一日だろうと羽目を外して飲み食い騒いで遊び、また来年も頑張ろうという前向きな気分にさせるのが目的だ。


 尾張の領民の誰もが、希望を持って明日を迎えられるためにも、祭りは重要なことである。


「領民には姉上が必要と思い込ませて、不満を解消するのじゃな」


 吉法師が何やら真面目な表情で、小声で呟いている。

 私は到底理解できなかったので、はてと首を傾げてしまった。


 しかし弟はそれには答えず、話を次に進める。


「祭りは毎年行う必要があるゆえ、負担は大きいが一日だけなら悪くない。

 仕事の効率が上がり、一揆も防げるのならば安いものじゃ」


 納得したのか何度も頷いている弟を眺めて、私は本当に賢い子供だなと思いながら白湯を飲んで、ようやく一息つく。


(もしかして、これって私が稲荷神様の化身として崇められる流れかしら?)


 そこでようやく弟の言っていたことに気がついたが、もはや時既に遅しだ。

 吉法師は良い策であり、やってみる価値ありますぜ状態になっているし、私は他に何も思い浮かばなかった。


 なので代案を出すこともできずに、黒歴史がまた一つ増えそうだと、何処か遠くを見つめながら白湯に口をつけて、乾いた喉を潤すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
昔は、御輿行脚で、隣村まで行ったという話しを古老から聞いたことがあります エライ体力というか、担ぎ手がそれだけいたんですよね 今は若者も減ってしまい、普通に御輿を担ぐのもギリギリになってしまっています
[一言] それは最初は小さなワッショイだったが、次第に俺にもワッショイさせろと他国が反乱を起こすのだ チベスナギツネ神「こっちにおいでよ」
[一言] これはもう、御輿に乗ってワッショイワッショイされながら尾張を一周するしかありませんね! もちろん、アンコールでもう何周かしてもいいのよ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ