尋問
植林中に襲撃してきた僧兵を迎え撃つことになった私だが、数的にはこちらが不利だ。
しかし泣き言を口にしても現状は何も変わらないし、襲いかかって来る以上は、稲荷神様の御加護を信じて戦うしかないのだ。
自棄になった尾張のお転婆姫が何をするか見せてやるとばかりに、私は茂みから出てきた二十人ほどの僧兵に向かって、先手必勝とばかりに一直線に突撃していく。
既に戦いは始まっているのだ。
すると私に狙いを定めていたようで、敵の後方から矢が一斉に放たれた。
パッと見た感じでは十本近くあるが、数を増やしても無駄だ。
「小賢しいわ! 稲荷大明神の加護ぞありよ!」
私にとっては蝿が止まるほど遅く見えるので、先程と同じように、全ての矢を呆気なく地面に叩き落とす。
それどころか次の矢を構えるために隙だらけになった後方を目指して、これ幸いと大きく跳躍する。
刀や薙刀を構える前衛が十人ほど守っていたが、私はその遥か上空を軽々と越えていく。
「馬鹿な!?」
驚愕する彼らの後方に軽やかに着地したことで、護衛四人と挟撃する形になる。
「遅いわよ!」
そして後衛の弓使いが刀を抜く前に接近して、腹部に一撃を叩き込んだ。
ちなみに、回避はともかく接触する場合、気をつけないと相手の体を容易く破壊してしまう。
なので体に触れる瞬間に勢いを落として、手加減してぶん殴った。
だが、どれだけ手加減したところで、稲荷神様の御加護はとんでもなかった。
腹部を強打された僧兵は苦悶の表情に変わり、ろくに受け身も取れずに情けなく地面を転がっていく。
そして他の仲間にぶつかり、あっさり気を失ってしまった。
「弱すぎて相手にならないわね!」
あっさり一人を沈めたばかりか、もう一人も巻き添えで倒されて驚き戸惑っている僧兵を、私はさらに挑発する。
これで自分に攻撃がより集中するので、護衛の四人は動きやすくなるはずだ。
「流石は美穂様! 尾張の剛力無双でございますな!」
「剛力無双って! 女性の褒め言葉じゃないわよ!」
林さんは本心で誉めているのだろうが、はっきり言って全然嬉しくない。
それでも手を止めずに、殴る蹴るの殴打や、引っ掴んで軽々と投げ飛ばす。
「林さん!」
この中で一番強そうな僧兵と鍔迫り合いをしている林さんだが、そんな敵の背中に私がぶん投げた敵が当たり、思いっきりバランスを崩して転倒する。
「美穂様! 助太刀感謝致す!」
その隙を逃さず、彼は素早く倒れた僧兵の腕を捻り、刀を取り上げて捕縛する。
それからしばらく戦いは続き、最終的に僧兵の半分以上を私だけで片付けるという、ちょっと頭のおかしい戦果になった。
領民からは感謝されて、一緒に戦った護衛も怪我一つなく済んで、良かったとは思う。
そこまでは問題ないのだが、尾張一の剛力無双と嬉々として呼ぶのは止めて欲しい。
別に日本一の女武将を目指しているわけではないので、地面に転がった僧兵たちを眺めながら、私は大きく溜息を吐いたのであった。
襲いかかってきた僧兵たちを叩きのめした私は、武器を取りあげて死なない程度に最低限の処置を施した。
さらには何処かに凶器を隠し持っているかも知れないと疑い、念の為に褌一丁にして縄で縛り、全員を一箇所に集めて地面に転がす。
脅しの意味も込めて護衛たちは刀に手をかけており、不審な動きをすればいつでも斬り捨てられる状態だ。
そんな緊迫した空気の中で、私は尋問を始めた。
「ではまずは、貴方たちの所属と目的を話してもらいましょう」
顔面に青あざができている褌一丁の僧兵に質問する。
「ふんっ! 誰が話すものか!」
しかしまあ、随分と反抗的な答えが返ってきたものだ。
当然予想はしていたので、私は無表情なまま彼に近づいていった。
「何を……ぎゃああっ!!!」
集団の中で一番偉そうな僧兵の右手を握り、小指を逆に曲げて躊躇なくへし折る。
こっちを殺すつもりで襲いかかってきた相手に、情けは無用だ。
さらに戦国時代で長年過ごせば、いくら根底が女子高生でも荒事には慣れるものだ。死ななきゃ安いとも言う。
「おっ、俺の! 指があっ!!!」
「人間には二十本も指があるのよ? 一本ぐらい何よ」
未来から送り込まれてきたロボットと戦う映画のような台詞だが、実際にやっている私は大真面目である。
「もう一度聞くわ。貴方たちの所属と目的は?」
「だっ、誰がっ……うぎゃああ!!!」
躊躇なく右手の薬指を折る。
いくら荒事に耐性があるとはいえ、こういった過激な尋問はあまりやりたくないので、できれば早めに喋って欲しいものだ。
「悪いけど領民を守るためなら、敵に容赦はしないのよ」
なお、別にこの場で尋問する必要はなく、最終的には父である織田信秀に丸投げするつもりだ。
しかしそれでは、私はともかく命を狙われた領民に不満が残る。
なので彼らの正体と襲撃の理由ぐらいは、知っておくべきだと判断した。
「指を全部折ったら、今度は爪を剥がすわ。
それでも喋らなければ、今度は他の者にも同じことをしようかしら」
そうすればきっと、親切な誰かが答えてくれるだろうと、にっこりと微笑みながら告げる。
すると僧兵たちは揃って顔を青くして、ガタガタと震え始めた。
「もっもうっ、許してくれ!」
「頼む! どうか命だけは!」
別に私は殺すつもりはないのだが、拷問のような真似をしているので怖がる気持ちもわかる。
「殺すつもりはないわ。
そして貴方たちが素直に白状すれば、済む話よ」
「わっ! わかった! 喋る! 喋るからっ!」
僧兵の代表らしき人物は、かなり痛そうだがまだ頑張れるようだが、部下たちはそうはいかなかった。
次の犠牲者は自分だと思ったのか、ポッキリ心が折れて自白を始める。
「我らは、願証寺の門徒だ!」
「ふむ、願証寺ね」
所属が寺院なのは林さんが教えてくれたが、願証寺とは何ぞやと、私は足りない頭を悩ませる。
だが、そこで賢い弟がすかさず助け舟を出してくれた。
「願証寺とは、浄土真宗の本願寺派の一つじゃぞ」
浄土真宗とは、尾張に広く根を張っている仏教の派閥のことだ。
何でも法然というお坊さんが開いた浄土宗の一派らしいが、自分は詳しいことは知らないし興味もない。
「吉法師、解説ありがとうね」
取りあえず弟にお礼を言って、視線を僧兵に戻す。
宗教勢力には政略が殆ど通じないし、農民を扇動して大規模な一揆を起こすので、相手にすると非常に面倒臭いことがわかっていれば十分だ。
「では、願証寺の門徒は、何故私たちを襲撃したのかしら?」
「そっ……それは!」
目的は言いたくないのか、僧兵たちは迷っていた。
すると指を折られた代表らしき男が、顔を真っ赤にして大声で罵倒してきた。
「お前たち! 話せば御仏が天罰を──」
「貴方は黙ってなさい」
「がはっ!?」
邪魔されたら困るので足で蹴り飛ばして横倒しにして、護衛に命じて手早く猿轡を噛ませた。
これで静かになったと私は小さく息を吐いて、怯える彼らに優しく微笑みかけた。
「みっ、美穂様の誘拐か、不可能ならば殺害を命じられたのだ」
逆らったり黙秘をしても無駄だと理解したのか、顔を青くしながらようやく口を開いてくれた。
「吉法師様がいたのは予想外であったが、利用価値はあるゆえ」
「矢を弾いたのは偶然だと思ったが、まさか本物の剛力無双であったとは」
その後も口々に、願証寺から受けた命令を告げられる。
ついでに、いくら私が脳筋ゴリ押しとはいえ、剛力無双は女として少々傷つく。
だがまあ彼らなりに称賛しているつもりだろうし、怒りを買わないように姉と弟にも様をつけたのだ。
なので、真面目な証言にツッコミを入れるのは野暮だと考えて、黙って聞いていた。
「それで、私たちを捕らえてどうするつもりだったのかしら?」
一通り聞けたことで、私は口元に手を当てて彼らに尋ねる。
「証恵様のお考えは、我らにはわからぬ。
だが。恐らくは人質として織田家に揺さぶりをかけ、稲荷神様の知識を奪うつもりであったのだろう」
寺院や特権階級を締め出して、利権を独り占めする織田家を叩くという目的もあったらしい。
何にせよ、命を狙われた身としては迷惑な話だ。
ちなみに証恵について尋ねると、天文五年に願証寺を継承した男性で、現在のトップだということが判明したのだった。
その後もあれこれ問い質して情報を得たが、私の脳内キャパシティはあまり大きくはない。
なので私はこの辺りで尋問を終えようと考えて、彼に噛ませた猿轡を外すようにと命じる。
あとは連行して、父に引き渡すだけだ。
だがその前に、余程腹に据えかねていたのか、口が自由になると同時に僧兵の代表が大声で喚き散らした。
「こっ……この愚か者どもめ! 法然様の教えを何と心得るか! 仏罰が下るぞ!」
指を折られているのにも関わらず、強気な発言を聞いて私は呆れてしまう。
だがしかし、別に彼を懐柔するつもりはないので、負けず嫌いな私は逆に煽ることに決めた。
「貴方には悪いけど、仏罰は下らないわ」
もし領民に手を出したら殴り飛ばしてやるよとばかりに、私は自信満々に幼い胸を張る。
だがしかし、ぶっちゃけ明確な根拠は何もない。
そんな短絡的思考を察して呆れたのか、彼はさらに罵倒してきた。
「ほっ、仏を恐れぬとは! この悪魔が!」
「ならば、私に御加護を授けた稲荷神様は悪魔の親玉かしら?」
私は日頃から何かあるたびに、稲荷神様の名前を口にしているし祠のお参りも欠かしたことはない。
おかげでたとえ自称であろうと、領民からは彼女の化身として見られるようになった。
そして今の時代は神や仏の存在を信じている者は多く、彼も途端に青い顔になった。
「ちっ、違う! そんなつもりは──」
ちなみに自分が管理している六つの村では、去年よりも豊かに暮らせているため、稲荷神様から御加護を授かったと自称する私を特別視しているのだ。
つまり領民の生活水準を高めてくれる私を侮辱した者に、良い感情を抱かないのも無理はない。
さらには戦国時代は命が軽いので、護衛が刀で斬りかかる前に、堪忍袋の緒が切れた領民によって撲殺されかねなかった。
鍬や斧を持って自分と植林作業をしていた村の者たちは、今は揃いも揃って怒りの形相である。
「これ以上の問答は不要ね。連れて行きなさい」
父に報告して、引き渡す前に殺されては不味い。
私は内心で若干の焦りを感じつつ、僧兵たちを安全な場所に移動させることにした。
「やっ、約束が違うぞ! 見逃すはずだろう!?」
何を勘違いしたのか、襲撃者の一人が鼻息を荒くして抗議してきた。
「見逃すなんて一言も言っていないわ。でも、指を折るのを止めたでしょう?」
「そっ、そんな!?」
彼らが勝手に勘違いしただけで、私は何も間違ったことは言っていない。
そして、もはやこれ以上語ることはなかった。
僧兵たちが領民に撲殺されないよう、見張りをつけて麓の米村まで連行する。
引き渡すまで、しばらく納屋に押し込めるとして、父にも急ぎ連絡しないといけない。
普段なら戦略や政治に関しては丸投げしているが、直接命を狙われたのだ。
このままにしておくのは不味いし、何より負けず嫌いな性格である。
ちょっかいを出してきた願証寺をボコボコにするために、吉法師を連れて古渡城へと急ぎ向かうのだった。




