僧兵
各自が戦闘準備を済ませて、かなりの時間が経った。
最初は遥か遠くから聞こえていた足音も、すぐ近くの茂みに到達してからはピタリと止まり、かなりの人数が息を殺して気配も消して潜んでいるようだ。
山道と一部の傾斜以外は木々に遮られて視界が悪いので姿は見えないが、私たちは一点を見つめて警戒を続ける。
するとそこの茂みが微かに揺れて、数本の矢が殆ど同時に放たれた。
それは寸分違わず私たちを目がけて、真っ直ぐに飛んでくる。
「遅いわよ!」
自ら前に出て飛来する矢を空中で掴み、蹴飛ばして、叩き落とし、へし折った。
相手の攻撃を無力化した後、私は静かに息を吐いて再び茂みを観察する。
一斉に放った後はすぐに隠れたのか姿こそ見せていないが、これで敵なのはほぼ確定だ。
「……さてと」
私が腕まくりをして戦いに備えていると、林さんが慌てて声をかけてきた。
「美穂様! お下がりくだされ!」
本来なら自分は守られる立場で、敵を排除するのは林さんたち護衛の役目だ。
しかし私は、それを良しとはしないので、すぐに反論する。
「私と林さんは、どちらが強いのかしら?」
不敵な笑みを彼に向けると、一瞬言い淀む。
「それは、……美穂様でございます」
しかし林さんは渋々答えて、護衛も何とも釈然としない表情になる。
刀を持った大人の武士と丸腰の私がやり合えば、自分が勝利する。
一見おかしいように見えるが、稲荷神様から御加護を授かっているのだ。
「私が戦ったほうが、早く片付くのは間違いないわ」
なお、本心では戦いたくない。
手加減しても当たりどころが悪ければ、相手を殺してしまう可能性があるのだ。
そうなればきっと、物凄く落ち込むだろうが、向こうから攻撃してきたら話は別だ。
いくら根っこが元女子高生で人を殺すのには忌避感があったとしても、ここで戦わなければ知人がやられるかも知れない。
ならば正当防衛だと開き直り、被害を減らすべく立ち回ったほうが後悔せずに済む。
私はそんなことを考えていたのだが、向こうはまだ茂みの中から出て来なかった。
それどころか、こっちが動かないのを良いことに小声で相談している。
耳を澄ませて盗み聞きした限りでは、戦うか逃げるかで揉めているようだ。
「姉上、儂も加勢するぞ!」
何とも勇ましい弟だが、まだ敵の戦力は大凡でしかわかっていない。
それに自分と違って吉法師は弱いので、少々無謀である。
「吉法師は下がってなさい」
「しかし姉上! 儂も戦えるぞ!」
腰につけた刀に手をかけて興奮気味に主張するが、私は首を振って否定する。
「織田家の次期当主に、万が一があったら困るわ。
だから、後ろでドンと構えてなさい。賊は私たちが片付けるわ」
彼は織田家の大切な跡取り息子で、不測の事態は避けるべきだろう。
流石に吉法師は弱いから引っ込んでなさいとは言えないので、やんわりと断ったのだ。
「ぐぬぬ! 悔しいのう!」
弟は悔しそうに歯噛みして、私をじっと見つめてくる。
感情的には納得しかねるだろうが、吉法師は賢いので自分の役割を良くわかっていた。
向こうが出てこないなら、こっちから仕掛けようかなと一歩前に出ると、吉法師が声をかけてきた。
「姉上!」
私は後ろに居る弟のほうに顔を向ける。
「負けるでないぞ!」
「私には稲荷神様の御加護があるのよ?」
励ましを受けた私は、不敵な笑みを浮かべて吉法師に答えを返した。
「不動明王か毘沙門天の化身じゃないと、勝負にもならないでしょうね」
戦国時代で過ごしたことで、宗教や神様に少しだけ詳しくなった。
中でも、敵や悪魔を調伏する不動明王と、軍神として信仰を集める毘沙門天は有名である。
もし本当に存在したら、きっと物凄く強いに違いない。
(稲荷神様が送り込んだ平行世界だから、いても自称止まりね。
でも何となく、嫌な予感がするのよね)
不確定要素を避けるためにも、神様からの御加護を得ているのは私だけのはずだ。
ならば嫌な予感というのは、生身の人間のくせに神の領域に片足を突っ込んでいることに他ならない。
「まあ、吉法師も大概よね」
「どういうことじゃ?」
ぶっちゃけ弟も、大概頭がおかしいレベルで優秀である。
もし成人したら一体どれ程の大名になるのか、中身がへっぽこな私では想像もつかない、
「何でもないわ」
超速理解できる麒麟児がそうそう居るわけがないし、多分気のせいだろう。
それに、悪い予感について考えていても気疲れするだけだ。
今は目の前の面倒事を片付けることに集中すべきだと判断した私は、敵が潜んでいると思われる茂みに向かって大声で呼びかける。
「織田信秀の娘! 織田美穂が命じるわ!
今すぐ武器を捨てて、降伏しなさい!」
こちらの発言と同時に茂みをかき分けて出てきたのは、二十人ほどの屈強な男たちだった。
皆が白い布巾で顔を隠していて表情は良くわからないし、命令に従うつもりはないようで、各々が薙刀や弓を構えてやる気十分である。
「美穂様、あれは僧兵です」
油断なく相手を視界に収めて隙を伺う中で、林さんと小声でやり取りをする。
「何処かの寺院の差し金かしら?
まあそれを尋ねても、喋る気はないでしょうけど」
自分は四人の護衛が付いているが、吉法師の手の者は、彼や領民を守るためにその場に留まる。
なので、五対二十になるため、数の上ではこちらが不利だ。
「人数的には不利ね」
「では、尻尾を巻いて逃げますか?」
林さんの言う通りに、この場は逃げて米村を警護している者たちと合流すれば、人数は逆転する。
普通に考えれば悪くない手だが、私は首を振って否定した。
「いいえ、私は負けるのが嫌いなのよ」
「ええ、よく存じております」
とても良い笑顔をしている林さんは、私のことを理解している。
どうやら彼なりの冗談だったようだ。
そして、いくら数的に不利な戦いでも、気持ちでは全く負けていないし、護衛も同じで気合い充分である。
「何より私たちはともかく、領民が逃げ切れるとは思えないわ」
「然り、それが敵の狙いかと」
林さんや護衛が同意してくれたが、正直予想が当たっても嬉しくない。
私たちは領民を見捨てて逃げた臆病者になり、今まで積み重ねてきた信用を失うことになる。
そんな胸糞展開を思い描いた私は、思わず本音を口に出してしまう。
「結局生き残るためには、勝ち続けるしかないのね!
本当に戦国乱世って糞だわ!」
ヤケクソ気味に大声を出して、油断なく隙を伺う僧兵たちを睨みつける。
そして最後に私は、吐き捨てるように大声で宣言した。
「相手にとって不足なし! 稲荷大明神の化身の力! 見たけりゃ見せてやるわ!」
「了解致した! 皆の者! 美穂様を命に変えてもお守りするのだ!」
私は丸腰で、敵は薙刀や弓を持っている。おまけに数的に不利な防衛戦ということも合わさり、まさに見た目だけなら相手にとって不足なしなのであった。




