喋ったぞ
「あのー、風吹……さん? 最近変わったことはなかったデスカ?」
私の問いにギロリと睨みをきかせる風吹。
魔道を超える冷気が、私の背中を撫でる。
「変わったこと? この部屋を見れば分かるだろうがぁ!」
ぐっ。さらに怒らせてしまった。
最近肩がこるという風吹に、「やだなぁ。風吹さんはこるほど大きくないじゃないですか」と笑った海斗が、ゲンコツの衝撃で襖にダイブしたのは記憶に新しい。
朱天が「良い突きだ」と褒めていた。
そんな風吹に肩こりに効くからと、魔塵粒子を注入したことは2回ある。
もちろん、そんなことでソラの言葉が分かるはずはない。
可能性があるとしたら……。
「あ、あのー、風吹……様? 最近、頭が重くなったり、痛くなったことはないデショウカ?」
「あぁん? 今、頭が痛いとこなんだけど! まぁ、最近、朝起きると頭が重かったことは何度かあったな」
私は確信する。
あの精霊だ!
だいたい、ソラが使っているのは元の世界の言葉だ。
それが海斗や風吹には猫の鳴き声に聞こえるらしいのだが、元の世界の言葉が分からない限り、意味を知るのは不可能なはず。
つまりあのキジトラ猫が、こっそり風吹の脳内に、元いた世界の言葉を情報伝達によって送っていたとしか考えられない。
問い詰めようにも容疑者は鬼の住処に旅行中。
下手な誤魔化しで墓穴をほるのは、月保の件で懲りている。
となれば、さっさとバラした方がお互いのためだ。
私がソラに目配せすると、諦め顔の黒猫が風吹にトコトコと近寄った。
『フ、フーちゃん。怒ってるかにゃ?』
「あぁん? なんだよフーちゃんって、気持ち悪――えっ!?」
瞬きを繰り返し、ソラを凝視する風吹。
『フーちゃん、あちきはソラにゃ。よろしくにゃ』
「リ、リク。な、なんか幻聴が聞こえる。いくらオレが『魔女の◯◯便』ファンだからって……」
『あちきは魔女の呪いで姿を変えられた王女なんにゃ!』
いやいやいや、なぜ正直に話す場面で嘘を織り交ぜる?
普通に喋れる猫でいいだろう?
「じ、実はこの黒猫……喋るんだ」
ソラの嘘を誤魔化そうとして、とっさに出た言葉がこれだった。
「――っあ!」
さてどうしたものかと思ったのだが、風吹は予想外の反応をしめす。
声にならない声を出すと、目を輝かせてソラを引き寄せ抱きしめる。
「かっ、可愛いっ!」
『い、痛いにゃ! フーちゃん、ギブにゃ』
腕の中で暴れるソラに頬擦りをすると、至福の表情を浮かべる風吹。
ここまで女の子してる姿を見るのは初めてだ。
機嫌が直ったのはいいのだが、ソラを放そうとしない。
目尻は下がり、「ソラちゃんは可愛いなぁ」と頭を撫でる。
普段からソラを風呂に入れようとしたり可愛がってはいたが、喋れると知って愛情が倍加したようだ。
諦めて大人しくなったソラを生贄にして、私はそっとその場から逃げるのであった。
それからの風吹は、ソラを溺愛した。
暇があればソラと戯れ、寝るときも「一緒に寝よっ!」と自らの布団に招き入れる。
ソラも満更ではないようで、楽しんでいるようだ。
仲が良いのは微笑ましいが、その代わりに新たな問題が浮上する。
ソラを鍛えようとすると、鬼のような形相の風吹が抗議してくるのだ。
風吹の腕の中で舌をだすソラは、実に嬉しそうな顔だった。可愛がるのはいいが、ほどほどにして欲しいものだ。
教団に来る者もおらず、海斗やアカさん、朱天も帰って来ない。
ソラと風吹は2人で楽しそうにしているので、私は魔道の鍛錬を始めることにした。
裏山を登った先にある滝、陸錬瀑布(アカさん命名)がもっぱらの鍛錬場である。
ここは他の場所に比べて空気中の魔塵粒子が豊富で、自身の回復もわずかながらも早いので重宝しているのだ。
今の研究は新たな属性魔道を作り上げること。
そもそも私が使う属性魔道は、火、水(氷)、風、土。
爆発魔道や束縛魔道、回復魔道なんかは魔塵粒子をそのまま使っているので属性魔道ではない。
挑戦しているのが「電気」といわれるものである。
科学技術に欠かせないエネルギーなのだが、残念ながら元いた世界では知り得なかった代物だ。
この世界で初めて見た雷には度肝を抜かされたものだ。
この電気だが、少量でも感電といって生き物を痺れさせたり、熱を持って焦がすことが出来る。
実現すれば他の属性魔道に比べても、かなりの有用性があると睨んでいるのだ。
すでに理屈だけはアカさんの解析情報を得ているので、今の私に必要なのは体験すること。
身をもって仕組みを知らなければ、体現することも不可能だからだ。
滝壺の手前にある平らな岩の上に座ると、海斗に用意してもらっていた乾電池を懐から取り出した。
この小さな物体には電気が詰め込められていて、+と−がある。
小さな突起があるのが+で、その反対面の平らな部分が−だ。
この2つを、例えば指で両端をつまめば、私の体に電気が流れるのだが、あまりに微小な為に感じることが難しい。
そこで教えて貰ったのが、舌を使う方法だ。
電池の平らな部分を舌につけ、二つ重ねた乾電池の突起を指で触る。
ピリッとした痛みと痺れが走り、思わず乾電池を落としてしまった。
なるほど。これは素晴らしい。
体に流れたものをイメージして、右手の親指と人差し指を僅かに開けて魔塵粒子を変換させるが変化はない。
再び体に覚えさせるために乾電池を舌の上に置く。
何度か繰り返すのだが、一朝一夕で属性魔道など出来るはずもない。
こればかりは繰り返すしかないのだ。
山あいに夕日が沈もうとする頃、不意にパチッとした音ともに指先に痛みが走った。
「ふはっ、ふふっ、あはははは!」
込み上げる笑いを止められない。
間違いなく電気らしきものを感じたのだ。
調子に乗った私は、魔塵粒子の量を増やして再度試みる。
そう……これが間違いだった。
右手に強い痛みを感じたかと思えば、全身を何かが走り抜け、筋肉の痙攣がいたるところで起こりだす。
私は身動きが取れないまま、岩の上から頽れた。
まさかこれほどの威力とは。
もう少し魔塵粒子を増やしていたら死んでいたかもしれない。
痺れて動かない体のまま使用方法を模索していると、目の前に見える林の奥で、不自然に草が揺れていた。
山に住む獣だろうか?
仰向けで寝そべりながら痙攣という状態。魔塵粒子もうまく循環できずに自動防御も剥がれている。
襲われればなす術はない。
ピンチである。
大量の汗をかく私の前に、林の中から四足歩行の獣が姿を現した。
……犬?
ふっくらとした皮毛は薄茶混じりの白色。体長はソラの倍ほどだろうか。
大きな耳に、胴体ほどもある2本の大きな尻尾。
もの優しそうな顔で、ゆっくりと大きな口を開く。
「あの、大丈夫ですか?」
――この犬、喋ったぞ!




