告白の影
放課後の校舎裏は、いつもより人通りが少なかった。
夕暮れが建物の壁を長く染め、秋の冷たい風が頬をかすめる。
遠くからは、部活動の声や、ボールが地面に跳ねる音がかすかに届いていたが、校舎裏はそれらの音から隔絶されたように静かだった。
葵はふと呼び止められ、立ち止まった。
声をかけてきたのは、同じクラスの男子、直樹だった。
彼は少し肩をすくめ、緊張した面持ちでこちらを見ている。ぎこちない笑みが、秋の影に揺れた。
「……あのさ、葵。少しだけ、いい?」
「え……うん」
胸の奥に、ざわりとした感覚が広がる。
言葉の重みがまだ見えぬまま、予感だけがひたひたと押し寄せる。
直樹は視線を逸らし、手をもじもじさせながら、ゆっくりと口を開いた。
「俺、ずっと葵のこと……好きだった」
その一言は、まるで冷たい水を胸にかけられたように重く落ちる。
耳の奥で血の音が響き、言葉を返そうとしても喉が詰まった。
告白。
自分が陽介に伝えられずにいる言葉を、別の誰かがこんなにもはっきり口にしている。
「ごめん、突然で……返事はすぐじゃなくていいから」
直樹はその一言だけ言うと、まるで逃げるように足早に去っていった。
葵はその場に立ち尽くす。
胸が熱く、でも同時に冷たく引き締まる。心が混乱して、言葉がひとつも浮かばない。
夜になるまで、胸の奥でざわざわと嵐のような気持ちが収まらなかった。
直樹の言葉が、ふとした瞬間に頭の中で反響する。
翌日。
教室に入ると、陽介が窓際で友人たちと談笑していた。
いつもと変わらないその姿を見て、胸の奥がざわつく。
あの告白を、もし陽介が知ったら。
そんな考えがぐるぐると回り、胸が苦しくなる。
放課後、人気のない廊下を歩いていると、陽介がふいにすれ違いざまに声をかけた。
「おう、葵。昨日、遅くまで残ってただろ?」
「え、あ……」
思わず返事に詰まる。
陽介がじっと葵の顔を覗き込むように目を細める。
「なんか元気なさそうじゃね?」
「……別に、そんなこと……」
声が震えて途切れた。
本当は「告白された」と言いたかった。
でも言えば何かが変わってしまいそうで、唇を噛むしかなかった。
陽介はそれ以上問い詰めず、軽く肩をすくめて笑う。
「ならいいけど」
その笑顔はどこかぎこちなく、微かに寂しげに見えた。
葵は胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
その夜、陽介は布団に横たわっても眠れなかった。
葵が見せた曖昧な表情が、何度も目の前に浮かぶ。
楽しそうに話すときとは違う、どこか胸に影を抱えているような顔。
そして、ふいに胸の奥がざわついた。
「……もし、誰かに好きって言われたら」
考えただけで、息苦しさが押し寄せる。
葵が誰かに奪われるかもしれないという思いが、どうしようもなく膨らんでいく。
その感情が何なのか、すぐに気づいた。
自分は、葵が好きだ。
ずっと隣にいるのが当たり前だと思っていたから、気づかないふりをしていただけだ。
暗闇の中で拳を握りしめる。
「……伝えなきゃ」
でも、その勇気はまだ胸の奥で眠ったままだった。
布団の中で、息を整えながら、陽介は無意識に何度も葵の名前を心の中で繰り返した。
想いが溢れ出すのを待つように、静かな夜がゆっくりと過ぎていった。




