表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

雨の日の帰り道


 放課後の校舎を出ると、空は厚い灰色の雲に覆われていた。

 西の空にはまだわずかに夕陽の名残が見えるのに、ぽつり、と冷たいものが頬に落ちた。

 すぐに雨脚は強くなり、校庭の砂を叩く音が一斉に広がっていく。

 濡れた地面の匂いが鼻をくすぐり、湿った風が制服を冷たく打つ。

「やば……降ってきた」

 葵は思わず足を止め、鞄を胸に抱えた。

 傘は持ってきていない。空を見上げながらため息をついたその瞬間、隣で陽介が鞄を開けているのが目に入った。

「げっ、俺も、傘忘れた」

「えっ……じゃあどうするの?」

 陽介は覚悟を決めたように空を見上げ、雨粒が髪や肩に当たるのを無視するように立っていた。

「走るしかねーな」

 そう言うと、彼はすぐにジャケットを脱ぎ、葵の肩にふわりとかけた。

「ちょ、ちょっと……!」

「いいから。風邪ひくなよ」

 不意に触れた布の温もりに、葵の胸が熱くなる。

 少し大きめのジャケットは陽介の匂いを含み、雨の冷たさとは対照的に優しく包み込んでくれる。

 目の前に広がる校門までの道は、水たまりで鏡のようになっていた。

 濡れたアスファルトに街灯の明かりがにじみ、揺らめく光が水面で波打つ。

「行くぞ! 一緒に走れば濡れないから」

 陽介が手を差し伸べるようにして声をあげた。

 葵は慌てて頷き、ふたりで駆け出す。

 靴が水を跳ね上げ、制服の裾が次々と濡れていく。

 でも、寒さよりも楽しさが勝っていた。

「ははっ! すごい濡れるじゃん!」

「なんだよ、一緒に走れば濡れないって!」

「意味わかんないよ、それ!」

「そうか? 俺寒くないけど」

 雨音に混じって、二人の笑い声が響き渡る。

 肩と肩がぶつかり、視界は水しぶきで滲む。

 それでも葵には、その一瞬がまるで宝石のように輝いて見えた。

 校門を抜け、ようやく軒下にたどり着く。

 息を切らしながら立ち止まると、葵の髪はしっとり濡れ、額には水滴がつたっていた。

 陽介はそれに気づき、タオル代わりのように自分の袖で乱暴に拭ってくれる。

「……ほんとに子どもみたいだな」

「なっ、陽介だって、同じでしょ」

 互いに顔を見合わせ、また笑う。


 雨はまだ止む気配もなく、街の灯りは水たまりに映って揺らめき、世界全体が柔らかく光っているかのようだった。

 葵はそっと胸に手を当てた。

 濡れた制服の下で、心臓がまだ走っているみたいに速く打っている。

(この鼓動は、雨のせい? それとも……)

 答えは出せないまま、雨音だけがふたりの間を埋めていた。

 軒下に立つ二人の影が、雨に濡れたアスファルトにゆらめく。

 その揺れる影を見つめながら、葵は小さな幸せが胸の中で広がるのを感じていた。

 やがて、陽介がふっと笑う。

「……なあ、こうやって一緒にいると、雨も悪くないな」

 葵も微笑む。

 濡れた髪に雨粒が光り、制服は重く冷たい。

 でも、その重さも寒さも、陽介と一緒ならどこか心地よく感じられる。

 二人の間に、言葉よりも強く、穏やかに流れる時間があった。

 風も雨も、街の喧騒も、すべてがふたりを包み込む音楽のようだった。

 放課後の雨は、ただ濡れるだけのものではない。

 笑い、触れ合い、心が少しずつ近づいていく時間そのものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「陽介は覚悟を決めたように空を見上げ、雨粒が髪や肩に当たるのを無視するように立っていた。」 ああ、陽介なら立ってるって思いました笑 とてもとても情景描写が丁寧で、雨降る校庭を眺めている。 ああ、水た…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ