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番外編・未来の放課後


 季節は春。

 葵は久しぶりに母校の校門の前に立っていた。

 鉄の門はところどころ錆びつき、蔦が伸びて控えめに飾り付けられている。

 数年前まで毎日のように通った場所なのに、今では少し小さく見える。

 でも、それがどこか懐かしく、胸の奥を温かくさせた。

 社会人としての日々に追われる中、葵はふと立ち止まり、思わず息をついた。

 帰りたい。

 あの放課後に。

 あの時間の続きに。


 校舎の影から、見慣れた人影がゆっくりと現れた。

 振り返ると、そこに立っていたのは陽介。

 スーツ姿で少し大人びているけれど、笑った顔は変わらず、温かい光を帯びていた。

「……やっぱり来てたか」

「陽介……」

 二人は自然と歩き出す。

 雑草が伸びた運動場、色あせたベンチ、薄く割れた校舎の窓ガラス。

 でも、その景色の中に一緒に隣で星を見上げた夜の記憶は、今も鮮やかに浮かんでいた。

「覚えてるか? ここで誓ったこと」

「うん。“ここで過ごした時間は消えない”って」

「……ほんとに消えなかったな」

 陽介の声は少し低く、でも温かく響く。

 葵の胸にじんわりと届き、時間の隔たりを埋めていくようだった。


 二人は校庭を抜け、時計台の下に辿り着いた。

 夕陽が差し込み、影が長く伸びる。

 風は柔らかく、桜のつぼみが少しずつ花開き始めていた。

 その光景を前に、葵はスケッチブックを開き、鉛筆を走らせる。

 描いたのは、赤く染まる校舎と並んで立つ二人の影。

 手元を覗き込んだ陽介は、小さく笑った。

「下手でもいいよ。……それ見れば、俺らのこと思い出せるから」

「もう、“下手”って言わないで」

 葵も笑い返し、しばらく黙って夕焼けを眺める。

 数年前と同じ色の空なのに、今は違って見えた。

 過去と未来が溶け合い、この瞬間だけが特別に輝いている。

 陽介がふと手を止め、葵の目を見つめる。

「葵」

「……うん」

 少し緊張した空気が漂う。

 陽介はゆっくり呼吸を整え、言葉を選ぶように口を開いた。

「俺、あの日言えなかったこと、やっと言える」

 心臓が跳ね、胸が一気に熱くなる。

 葵が視線を上げると、陽介の瞳は真っ直ぐこちらを見つめていた。

「俺……ずっと、お前のことが好きだった」

 夕焼けの光が二人を包み、言葉は胸にじんわりと染み込む。

 葵は唇を震わせながら、静かに答えた。

「私も……ずっと好きだったよ」

 風が吹き、桜の花びらが舞い落ちる。

 舞い上がる花びらが二人の間を柔らかく漂い、言えなかった言葉がようやく未来へ届いたように感じられた。


 二人はしばらく黙ったまま、時計台の影に座り、空を見上げる。

 過去も、現在も、未来も、すべてがこの瞬間に重なり合う。

 放課後は終わらない。

 時間は流れても、この場所に残る思いと約束は、静かに息づき続けている。

 やがて陽介が葵の手をそっと取る。

 その手は、昔と変わらず温かく、でも今は確かな決意を宿していた。

「これからも……一緒に歩こう」

 葵は頷き、握り返す。

 夕陽が沈み、校舎の赤い影が長く伸びる。

 遠くで鳥が鳴き、春の風が二人の髪を揺らす。

 過ぎ去った日々も、これからの未来も、すべてつながり、二人の放課後は永遠に続いていくようだった。

 それが、ほんとうの「未来の放課後」だった。

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― 新着の感想 ―
おめでとう。 葵。 おめでとう。 陽介。 放課後って何かに心が縛られない時間のことなのかもしれない。 自分の心に正直に向き合える。 その時間を大切な人と過ごせたら。 そしてこの二人は自分の想いも、…
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