03-25.裁定者(2)
「それなのですが、実は今回の魔道戦争はかなり特殊な状態でして」
それはまあそうだ。通常は裁定者に指名されるはずのない英霊が裁定者になっているわけだし、本来魔術師でないはずの一般人がふたりも参戦者として認められている。しかもそれを認めたのが、他ならぬ裁定者である英霊ジャンヌ・ダルクだ。
「だから特例的に大丈夫と言いますか」
「特殊なのって、半分以上貴女のせいじゃない」
「いいえ。私が裁定者となる前の段階から、この魔道戦争は特殊なのです」
語るジャンヌの言の葉に深刻な雰囲気が宿り、その場の誰もが二の句を継げなくなった。
この話は聞いていいのかしら。聞いてはいけないような気がするのだけれど。
そう感じつつも、同時に聞かなければならない気がして紗矢が勇気を振り絞る。
「どういうこと、なの……?」
「…………今はまだ、これ以上は言えません。ただ紗矢、それに絢人。これだけは覚えておいて下さい。あなた方はこの戦いに関わらなければならなかったのだ、と」
魔術師である紗矢はともかく、一般人であった、少なくとも表面上は霊核も認識しない一般人として生きていた絢人までが、魔道戦争に関わらなければならなかった。そうジャンヌは断言した。
言えないのならわざわざ言わなければいいじゃない、とは誰も言わなかった。詳細は語れないけれど、紗矢と絢人には知っていて欲しい。ジャンヌがそう伝えているのだと全員が理解したからだ。
「それはつまり、俺たちに勝って欲しい……っていう事だよな?」
おずおずと絢人が口に出した。
だってそうとしか考えられない。そして、勝った暁には全部教えてくれる。そういう事なのだろう。
「それは……ええと、ノーコメントで」
「それも言えんのかいっ!」
ところがジャンヌは言葉を濁し、それに食い気味に紗矢がツッコんだ。
「だって裁定者が特定の参戦者を応援するわけには参りませんから」
「いや、まあ、それはそうなんだけど……」
当然すぎる理由を言われてしまっては、紗矢もそれ以上何も言えない。
でも自分から匂わせておいて、それはないんじゃないかしら?
「とにかく、今回の魔道戦争には多くの謎と陰謀が裏で蠢いています。紗矢も絢人も、それを念頭に充分注意なさって下さい。私もできる限り余計なものの排除に努めますが、おそらく十全にはならないと思いますから」
そう言ってジャンヌは、しっかりと顔を上げて紗矢と絢人の顔を見た。それまでとは打って変わった彼女の厳しい表情、その瞳の奥に言い知れない脅威への明確な警戒が浮かんでいるのを感じて、紗矢は息を呑む。
アルフレートからもたらされた情報を彼女に伝えるべきだ。紗矢はそう感じたが、すぐ横の絢人が気になって口にすることができなかった。
彼だって今や魔術師なのだから、暗黒の魔力や吸血魔の根源的な恐ろしさは本能レベルで理解しているはず。それを考えるとどうしても、魔術師になりたての彼を絶望に叩き落とすことができなかったのだ。
「…………分かったわ。最大限の警戒をもって臨みましょう」
だから、代わりに紗矢は今伝えられる限りの決意を乗せて、ジャンヌに言葉を返す。それを聞いて彼女の顔がふっと緩んだところを見ると、紗矢の決意はきちんと伝わったようである。
「けど、そんな大事なことを俺たちだけに教えていいのか?」
その横で、いまいち何も分かっていない絢人が疑問符を浮かべている。
「絢人たちにだけ、とは?」
「いや……謎とか陰謀とか」
「ああ。その話ならこれから参戦者全員に周知しますから大丈夫ですよ」
「そっか。なら大丈夫だな」
やや的はずれな絢人の懸念にもジャンヌは笑顔で応え、それで納得したのか絢人は素直に引き下がった。
まあ絢人としては(ジャンヌも俺を名前で呼ぶのか……)などと思ったりもしたのだが、魔術師同士はファーストネームで呼び合うと紗矢が言っていたこともあって口には出さなかった。
「では、ひとまず伝えるべきは伝えましたので、私はこのあたりで戻りますね」
ジャンヌは笑顔のままそう言って、改めて絢人と紗矢に目を向ける。その目が少しだけまだ何か言いたそうだったが、彼女は結局それを口にすることはなかった。
紗矢のほうでも彼女に色々と言いたいこと、伝えたいことがあったのだが、それも結局言葉にはできなかった。ただジャンヌの微笑みが、紗矢の言いたいことを全て理解しているかのように見えて、それも紗矢の口を噤ませた要因のひとつになった。
ジャンヌは来たときと同じように光に包まれ、そして光とともに姿を消した。何らかの魔術なのは間違いなかったが詠唱も確認できなかったし、どういう術式なのか紗矢には分からなかった。
もしかすると現行の術式体系にはない古い術式か、あるいは魔道戦争限定の、裁定者だけに許された術式なのかも知れないが、まあ確認のしようもない。少なくとも空間魔術の[転移]ではないことは明らかだった。
「とりあえず、邸のセキュリティは1から見直すべきかしら……」
「いや、さすがに英霊の侵入まで想定できるわけがなかろう。想定できたとしてどう対処しろというのだ?」
そして、黒森の誇る要塞邸にあまりにも易々と侵入されてしまったことに対して頭を抱える、主人とメイドだけが残ったのだった。
【お読み頂いている皆様へ】
書き上がっているのはここまでになります。
大変申し訳ありませんが、全く評価されずブックマークも増えないので、この物語はここまでで【打ち切り】とさせて頂きます。
お楽しみ頂いていた皆様にはお詫びのしようもございませんが、何卒ご了承下さいますよう。
プロット自体はかなり先までできていて、魔道戦争の7日間はもちろんその先まで構想しています(この物語自体は魔道戦争の決着をもって完結となります)が、望まれないものを書き続けるモチベーションの維持も大変なので。
この作品は杜野が本格的に物語を小説という形にし始めた中での二番目の作品であり、書いていたのは主に2019年から2020年にかけてです。そういう意味で、拙い部分も多かったかと思います。
公開にあたって多少は見直しもしましたが、評価されなかったということはやはり拙い小説だったということなのでしょう。お目汚し、失礼致しました。
完結表示には致しますが、もし万が一今後何かの間違いで更新を望む声など上がるようであれば、連載再開も前向きに検討する所存です。
なお、打ち切ったからといってこの物語の設定などが「なかったこと」になるわけではありません。現在執筆中の『引き取ってきた双子姉妹〜』はもちろん、今後公開予定のものも含めて『Fabula Magia』のシリーズは引き続き展開していきます。
ですので今後とも、杜野の作品を見かけた際にはお楽しみ頂ければなと思っています。
それでは、またお目にかかるその時まで。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。




