03-11.二柱目の英霊
「やってる?どう、少しは魔術について理解したかしら?」
リビングに紗矢がやってきた。
その彼女の傍らに、人影がひとつ。
「この者が主殿の同盟者か」
そう言った人影に目をやって確認して、絢人は驚いた。和風の鎧を着て太刀を履いたその人影は、どう見ても日本の戦国時代の武将だったのだ。
「ええそう。まだ全然頼りないから戦力にはならないけれどね。貴方も彼のこと、守ってあげてね」
「心得た」
「えっと……紗矢、さん?その人……」
まさかと思いつつ、おそるおそる絢人が紗矢に確認する。
魔術師になったからこそ絢人にも分かる。その武者は間違いなく英霊だった。
「魔道戦争用に新しい英霊を喚んだのよ。触媒も何もなかったからどんなのが来るかも分からなかったけれど、まあ戦えそうな英霊で良かったわ。
⸺えっと、名前、なんて言ったかしら?」
「孫七郎にござる。お忘れめさるな。
某、この地には多少の縁故がござる。その地で喚ぶ声があったものでな、契約内容を吟味の上応じさせて頂いた。精々努めるとしよう」
「ま、孫七郎!?」
名乗りを聞いて絢人は驚く他はない。孫七郎という通称だけではさすがに武将の特定は不可能に近いが、地縁がある孫七郎と言えば、絢人には心当たりはひとりしかいない。
「む、いかがされた、坊」
「い、いや、孫七郎て……」
「呼び難ければ“風神”でも構わぬよ。
もっとも、こちらは某が名乗ったものではござらんが」
「孫七郎で、風神!?」
地縁のある孫七郎で風神と呼ばれた武将。となるともう確実に該当者はひとりだけだ。
「あ……嗚呼壮烈岩屋城……!」
「ほう。坊、名乗りだけでよくぞ見抜いた」
「いや分かるでしょ普通!」
「いや分かんないわよ普通」
正体を看破して震える絢人。
看破されて満足そうな武者。
分かっておらず訝しげな紗矢。
「いやそこは分かろうよ!吉弘鑑理の息子、大友家中にその人ありと謳われた戸次道雪の盟友にして、道雪の娘婿の立花宗茂の実父、高橋紹運だよ!有名じゃん!」
「……いや私日本史そんなに詳しくないし。
てか名字バラバラじゃない?」
「あー、そこはちょっとややこしいんだけどさ。紹運は最初は吉弘鑑理の子として生まれて吉弘鎮理と名乗ってて、後に高橋家の家督を継いだんだよ。で、息子は戸次道雪の婿養子になって、道雪が立花の家名を継いだから息子の宗茂は立花姓なんだ。紹運っていうのは出家後の法号で、現代では通称の孫七郎や本名の鎮理よりもこっちが有名だね」
「はっはっは。これは坊の方がよく学んでおると言えるな。我が通名は⸺そうさな、当世風に言えばまだまだマイナーというやつでな、歴史が好きな者なら知ってもいようが、普通は主殿のような反応が一般的であろうな。
だがな坊、某が鎮理を名乗ったのは10年にも満たぬでな。鎮種を名乗っておった期間の方が長い。そこはお忘れめさるな」
「おっと、そうでした。まあ普通は紹運で通じますけどね!」
「左様、左様」
そう言って絢人と紹運はからからと笑い合う。
「いや悪いんだけど、正直ちょっとついて行けないわ……」
あっという間に打ち解けた様子の絢人と英霊を見て、紗矢が引いている。絢人がこれほど歴史が好きだったとは、彼女は初めて知ったことである。彼の父からの手紙を見せてもらった時には漠然としか思わなかったが、この様子だと世界史にも日本史にもかなり詳しそうだ。
いわゆる歴オタを目の当たりにするとこんな気持ちになるのか、と初めて実感した紗矢であった。
「で、この孫七郎さんは強いわけ?」
「強いなんてもんじゃないよ!攻城に守城、野戦に奇襲に何でもござれの戦上手だよ!」
「ははは、いずれも兵あってのものでごさるがな」
「いやそれでも!英霊なんだから何かあるでしょ!」
興奮冷めやらない絢人の様子に、紗矢と孫七郎が互いに顔を見合わせる。
「まあ、そうね。あるわね」
「然り。だがそれは、おいそれと人前で披瀝するようなものではござらぬ。戦場にて時が来れば使うこともあろうが、人の子の魔術師相手に使うほどのものでもなかろうな」
英霊はそれぞれ固有の能力を持つ。英霊の武装を鎧装と言い、その鎧装によって放たれる英霊固有の攻撃を鎧装武技という。その威力は人智を超えるもので、通常は人間の魔術師が防ぎうるものではない。
英霊たちもそれを解っていて、鎧装武技はもっぱら英霊同士の戦闘、あるいは鎧装武技を使わねばならないような脅威、つまり闇の眷属などとの戦いにしか用いられることはない。だがそれでも、鎧装および鎧装武技は人の魔術師と英霊との決定的な差異と言えるものであった。
「やっぱあるんだ!」
目を輝かせながら絢人が喜んでいる。まあ喜んでるならいいけど、と思いつつ紗矢は半ば呆れ顔である。
と、絢人が振り返って、つまらなそうに絢人たちの会話を眺めているメディアに目を向ける。
「てことは、メディアさんも……!」
「そりゃあ、あるわよ。
でも使わないわよ?ここには敵はいないもの」
「やっぱあるんだ!」
是非とも見たいと思ったが、そこはさすがにぐっと堪える絢人である。絢人だって魔術師になったのだから、英霊が本来存在してはならないほどの巨大な力であると本質的に解っていたし、大きすぎる武力は使わないに越したことはないというのも理解していた。
でも見たい。是非見たい。できることなら、今すぐに!
「もう、知的好奇心の強い子ねえ。
でも駄目よ。解ってると思うけれど」
「そうさな。見せてやりたいのは山々なれど、こればかりは如何ともしがたいのでな」
「過去の魔道戦争でも召喚された英霊が鎧装武技を発動したのは、召喚魔術師同士が互いに英霊を喚び出して戦わせたわずかな例だけよ。今回は私以外に召喚魔術師はいないんだから、残念だけど見られないわ」
メディアと紹運と紗矢が口々に絢人をなだめにかかる。そして絢人も解っているから、渋々諦めざるを得ない。
一方の紗矢は魔道戦争だけでなく死霊魔術師、さらには血鬼との戦闘さえも見据えていた。その時になれば彼ら英霊の鎧装武技にも頼ることになるだろう。
だが、それを絢人に今言う必要はないと紗矢は考えていた。というより、血鬼の介入もなく無事に魔道戦争が終了することを、彼女はまだ心の中で願っていたのだった。
「おい紗矢。お前、それは何だ?」
ダイニングの方から声がして、そちらを向くと掃除用具を抱えたザラが呆れ顔で立っていた。
「お前まさか、二柱目を喚んだのか?」
「え、ええ、そうよ。戦力は出来る限り整えておいた方がいいと思って」
「そ……そうか。いや、喚んでしまったものを今さらどうにもできんが……。
まあいい。魔道戦争においては少々過剰戦力にはなるだろうが、精々働いてもらうとしよう」
ザラが呆れるのも無理はない。メディアと紹運の召喚と維持に霊炉を1本ずつ取られたことで、紗矢の霊炉本数のアドバンテージは事実上無くなってしまったに等しいのだから。
魔道戦争のためだけなら、その場で召喚してすぐに消えてしまう八重刃雉などの方が間違いなく有用ではあるのだが、ザラも血鬼が乱入する可能性を見据えているので、それで呆れつつも追認する他はない。
なおメディア、紹運ともに魔道戦争だけでなく血鬼と戦うことになる可能性を契約上示唆されている。そしてそれをいまだ知らぬ絢人に言わないよう、口止めされてもいるのだった。
「全く。本当にお前は時々、変な方向に思い切りがよくなるな……」
「え、何か言ったかしら?」
「何でもない。そろそろ昼食の支度に入るから、少し待っていろ」
ため息混じりにそう言いつつ、ザラはダイニングの奥の炊事場へと消えていくのであった。




