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03-04.手紙



「あっ。そう言えば、お父さんからあなたに手紙が届いてるわよ」

「え、マジで?」


 桜が持ってきたのはエアメール。このデジタル全盛の時代に、わざわざ紙の手紙を洋は送ってきていた。見ると宛先はこの太刀洗家の住所だったが、宛名は絢人になっている。消印はおよそ一週間前だ。


「……なんだろ、今時手紙なんて」

「開けてごらんなさい」


 土曜日に届いた手紙はまだ開封さえしていなかった。きっと桜が、絢人に一番に見せようと思って置いていたのだろう。絢人は封筒の表裏を確認してから、ペーパーナイフで封を開く。

 中には便箋が1枚だけ、入っていた。


『拝啓 絢人へ

父さんは今フランスの某所にいる。こちらの発掘チームの手伝いをしているんだが、ちょっと面白いものが出てきたよ。詳細の確認はこれからだし公式の発表もまだ出せないが、もし推測通りならきっと歴史に残る大発見になるだろう。

お前は歴史が好きだったね。これが発表されれば、お前もきっと興奮するはずだ。だから私はこの発見をお前に捧げたい。歴史的大発見をした考古学者が自分の父だと、自分はその息子だと、お前が誇れる日が来ることを楽しみにしている。だからお前も、その日を楽しみに待っていて欲しい。』


 父らしい、几帳面な文字だった。


 絢人の父、太刀洗洋は考古学者だ。西洋考古学が専門で、大学で教鞭を取る傍らよく海外の発掘調査に出張していて、今回も日本を発って半年あまりになる 。

 手紙の内容は簡潔だが、どうやら今回は大きな成果を挙げたようだ。


「歴史に残る大発見……マジか」


 この手紙だけで絢人はもう誇らしかった。もしも本当なら、今すぐにでも学校で自慢して回りたかった。だが詳細の確認はこれからだというし、ひとまずそれが明らかになってからでも喜ぶのは遅くはないだろう。きっと父のことだから、続報も手紙で送ってきてくれるはずだ。


「ねえ、私にも見せてくれる?」


 絢人が読んで、桜が受け取って読んでから、その便箋を紗矢も受け取りザラと一緒に読む。


「ふうん。貴方のお父さんって考古学者だったのね。

ねえ、これって、すごいことなの?」

「少なくとも父さんはすごい事だと思ってると思う。今までこんな手紙寄越した事ないし、多分、よっぽど興奮したんだと思う」


(歴史的大発見……なにかの英霊の霊遺物になりうるかしら?)


 紗矢は魔術師なので、歴史的発見と聞けばまず思い浮かべるのはそれだ。未発見の霊遺物は時々こうして世の考古学者や歴史学者たちが発見することがあるので、その意味で期待は持てそうだ。そしてそうした遺物は魔術師が獲得するより先に一般社会に知れ渡ってしまえば、魔道戦争で争奪されることもない。

 美術館や博物館に収まる有名な絵画や彫刻などは、そうして世間に認知され、魔術師の手が出せなくなっているものばかりだ。


(この文字、見覚えがあるな)


 横で見ているザラには、この文字に見覚えがあった。どこで見たのか記憶を探ると、どうも総持宛てに来た手紙や書斎のメモに心当たりがある。


(ということは、こいつの父は総持の協力者か)


 総持は魔術師であるとともに、人間社会に身を置くひとりでもある。そのため魔術師だけでなく普通の人間の知己や協力者を何人も抱えていて、中には総持が魔術師であることを知っている者もいるという。絢人の父が総持の正体を知っているかまでは判らないが、そうした協力者のひとりであれば絢人と紗矢は父親の代から縁があったということになる。


「でも、いつ帰るとかは書いてないな。まだ発掘続くのかな」

「そうねえ。出張中はロクに電話もよこさないものねえ」

「まあ、いつものことだからいいけどさ。

じゃあまあそういうわけで、一週間ぐらい黒も……紗矢んちに泊まるから」


「…………絢人。」


 呼ばれて絢人が桜の方を見ると、桜がドゥンケルみたいな強烈な気配を放っていた。


「な、なに?」

「“様”を付けなさい。学校じゃないんだから」

「いいのよ桜。同じ魔道戦争の参戦者なんだから、彼と私は対等なの。

それにね私、昨夜の電話のあと彼に怒られちゃったわ。うちの母さんを呼び捨てにするな、って」

「絢人……!」

「いや怒ったっていうか……!」


 桜の気配がより強く、恐ろしくなる。母がこんなに怒っているのはさすがに絢人も見たことがなかった。

 桜は白石の家で生まれ育ったため、白石の本家であり、絶対的な上位者としての黒森の人間を呼び捨てにするなど考えられないのだった。


「いいって言ってるでしょ桜。それに貴女ももう白石の人間じゃないんだから、私にそんなに気を使わなくていいのよ」

「しかし、紗矢様……!」

「いいんだってば。

じゃ、貴女のところの長男、預かってくわね」


「…………はい。どうかよろしく、お願い致します」


 桜はまだ少し納得がいかない様子だったが、それでも最後は紗矢に向かって深々と頭を下げた。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 絢人は紗矢たちをリビングに待たせて二階の自分の部屋へ上がり、大きめのナップザックを引っ張り出してきて着替えや充電器、目覚まし時計など必要と思われるものを詰め込む。一週間帰らないとなると制服や学生鞄、それに教科書なども必要だと気付いてそれも準備する。

 道着は少し考えて、紗矢の家で洗えるか分からないので持って行かないことにした。部活がある時はその都度家に寄ればいい。

 そして今着ている服も着替えて、それから部屋を出る。


「お兄ちゃん、ちょっと」


 部屋のドアを開けたところで、目の前の自分の部屋から柚月が顔を出して手招きをしている。


「なんだよ?」

「ねえ、紗矢先輩のおうちに泊まり込むって、本当?」


 階下に紗矢たちがいると知っている柚月は小声で絢人に話しかける。なのでつられて絢人も小声になり、顔を寄せ合わせてヒソヒソ話になった。


「う、うん、まあ……」

「ふ〜ん。お兄ちゃんと先輩って、そういう仲だったんだ……」

「ち、違うって!……ほ、ほらその、最近空き巣が出たり物騒だろ?あいつんち、メイドさんとふたり暮らしで心配だからしばらく泊まり込んでほしいって言われてさ。まあ番犬みたいなもんだよ、番犬!」

「…………ホントにぃ~?」


 慌てて何とか言い繕おうとする絢人。

 対して柚月は1ミリも信用していなさそうだ。


(危ないからって先輩のおうちに泊まり込んだらウチはどうするのよ。ウチだってお兄ちゃん以外は女ふたりなんだし、危ないのは同じじゃない)


 という本心は、空気を読んで柚月は言わなかった。なにしろ昨夜電話口で母が二つ返事で了承していたのを聞いているので、彼女は既に決定事項が覆らないと知っている。


「ほ、ホントだって。嘘じゃねえよ」


 嘘なのはバレバレなのだが、兄はそれを貫き通すつもりだと見切って、柚月はため息をつく。


「まあいいけどさあ。先輩がわざわざ頼むくらいだから、お兄ちゃんは害がないって思われてるんだろうし」

「つうか、あいつんちのメイドさんがめっちゃ怖くてさ。よからぬことでも企もうものなら多分ボッコボコにされて追い出されるわ」

「え、あの美人のメイドさん、そんな怖いの?」

「怖いなんてもんじゃねえよ。あれは絶対ヤベェやつだわ」

「マジ!?」

「マジマジ。あんま待たせると鉄拳飛んできそうだから、俺もう行くわ」

「う、うん、分かった。

…………お兄ちゃん、ちゃんと帰ってきてね……?」


 いっぺんに不安げな顔になる柚月を、まあ大丈夫だからとなだめて、それで絢人は階段を下りてリビングに顔を出す。


「……あんたねえ、学校なんて行ってる余裕あると思ってんの?」


 絢人が持っている学生鞄を見て、紗矢が呆れ果てた様子で言う。

 これから殺し合いをするというのに、のんびり平和に学校に行ってられると思っている絢人の緊張感の無さに、今更ながら頭を抱えたくなる紗矢である。


「え、じゃあ学校休むのか?」

「当たり前でしょ。授業中に襲われたらどうすんのよ?」


 ちょっと人に、特に上階の柚月には聞かせられない話になってくるので、紗矢は絢人に顔を寄せて小声になる。


「あ……そうか。襲われるかも知れないのか」

「そうよ、だから学校は休むの。クラスメイトを危険な目には遭わせられないし、身バレするのだって避けなきゃでしょ?桜だってそれは当然分かってるはずよ」

「分かった。じゃあこれは置いてく」


 絢人は仕方なく、教科書を詰め込んだ学生鞄をリビングのソファの脇に置いた。高校入学以来継続していた皆勤は残念ながら諦めざるを得ないようだ。

 絢人はもう一度母のところに顔を出し、行って来ますと挨拶して、そのまま紗矢たちと自宅を後にした。


「ところで、話は全部聞こえていたぞ。

ヤベエやつ(・・・・・)とはどういう意味だ?」


 家を出て、10mも行かないうちにザラが絢人の肩をポンと叩く。その顔が引きつった凄絶な笑みになっているのを見て絢人は震え上がり、思わず死を覚悟した。


「……なんてな。ちょっとからかってみただけだ」


 フッと笑ってザラが手を離す。たったそれだけで、絢人は冷や汗でびっしょりになっていた。


魔術師(われわれ)は魔術で五感を強化しているからな。可視範囲で内緒話など出来ないものと思っておけ」

「は、はい……すいません……」


(分かる……ザラのアレは何回見ても身が竦むもの)


 横で一緒に紗矢まで冷や汗をかいていることに、絢人もザラも気付くことはなかった。







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