02-08.英霊と霊遺物
「地球は本来、魔力の塊なの。生きとし生けるもの、森羅万象の全ては魔力で構成されている、と言ってもいいわ。私のこの霊体も、貴男の身体も、もちろんそう。
だけど、現代の地球上は魔力がほぼ枯渇していて、魔術師であってさえ魔力を直に感知するのは難しくなっているの」
リビングのソファに座ったメディアが滔々と話すのを、絢人は不思議そうな顔で聞いている。地球が魔力の塊だなどと言われても、魔術師になってさえそんなものは感じなかったのだから無理もない。
「でもね、魔術師はどうにかして魔力を得ないと生きていけないわ」
「えっでも、霊核は霊炉で維持するんじゃないですか?」
「ええ、普段はそう。でも霊炉は使いすぎたり戦って傷付けば破損するわ。そういう時に地球の魔力を得られなければ霊核さえも維持できなくなって、魔術師は死んでしまうのよ。
つまり霊炉というのはね、地球の魔力を得づらくなった代わりに魔術師が体内に備えるようになった代替システムなの。
それに、より強い魔術を使おうと思えば当然、自己の霊力だけでは足らなくなるわ。貴男も〈フィアーフォール〉の話は聞き知っているでしょう?」
「あ、はい。学校で習いました」
「あんな巨大質量を、地球の重力を凌駕してまで跳ね飛ばすほどの魔術、魔術師が自分の霊力だけで成し遂げられると思う?あんなもの、何十万人集まったって普通は無理なのよ。今の地球ではね」
そう言われれば確かにそうだ。魔術師になったからこそ解るが、そんな超高威力の魔術なんて魔術師が何人集まろうとも発動出来るわけがない。今までは魔術とはそういうもの、という程度にしか理解していなかったが、そう言われれば納得の話である。
「だから私たち魔術師は、魔力リソースを常に求めているの。少しでも多く、少しでも強い魔力リソースは持っているだけで高い価値があるのよ。そして一番手っ取り早い魔力リソースが、私たち英霊とその触媒となる霊遺物なの。だからそれを奪い合って、かつては魔術師同士で戦争を繰り返していたのよ。つまり、それが魔道戦争というわけ。
でもさすがに、不毛な戦争行為を防止するためにルールが設けられたわ。それが代表者同士だけで決着を付ける、今の魔道戦争のシステムなのよ」
「でも、結局は殺し合いなんですよね?」
「そこはまあ、ね。淵源の話はもう聞いたかしら?聞いたなら分かると思うけれど、他の魔術師の術や研究成果もまた魔力リソースなの。他人が持っているものは本来全部欲しいのよ、魔術師は」
ややうんざりした顔でメディアが軽く溜め息をつく。彼女はギリシャ神話において最終的に不老不死となったとされていて、もしもそれも“事実”になったのだとすれば、彼女は太古の昔から現在までずっと生きていて、そうした争いを嫌になるほど見聞きし、繰り返してきたのかも知れなかった。
「坊や。これを持ってごらんなさい?」
メディアが絢人に金羊毛を差し出してくる。訳も分からず受け取った絢人の顔が、みるみるうちに驚きに染まる。
溢れんばかりの濃密な魔力が、金羊毛を覆いつくしていた。触れているだけで火傷しそうに感じるほどだ。
「ね、解るでしょう?これには太古の昔からずっと蓄積されてきた魔力が溜まっているわ。これは霊遺物としても相当に古い部類で滞留量も多いから分かりやすいけれど、他の霊遺物もみな多かれ少なかれ、時とともに魔力が蓄積されていくの。だから古いものほど価値があるし、争われることも多いわ。
もっとも、霊遺物の多くはあの〈フィアーフォール〉の時に溜めた魔力の大部分を解放してしまったけれどね」
「えっでも、さっきはこんなの感じなかったのに!」
「それは貴男が意識していなかったからよ。今は私の話を聞いて意識が向いているからちゃんと解るでしょう?彼女だったら、多分持つだけで痺れるんじゃないかしらね?」
「……そうよ。滞留量が減った今でさえ魔力がキツすぎて私にはまともに触れないわそれ。だからさっき貴方に持ってきてって言ったの」
ややばつが悪そうに紗矢が言う。紗矢だけでなくザラも現代の魔術師であるため、神代の霊遺物は魔力が濃すぎて触れることすら難しい。そのため、実はこれの埃を落とすのがザラは一番苦手であったりする。
「でもそれなら、なんでメディアさんは普通に触れてるの?」
「あら、当然じゃない。私は神代の魔術師よ?今の枯渇した地球なんかじゃない、空気そのものが魔力だった時代を知っているのに。それに比べたらこの程度の蓄積量なんて微々たるものよ?」
「ああ……そっか」
言われて納得するしかない絢人である。言われても想像さえできないが、魔術師になった今なら神代の魔力量の濃密さが“想像を絶する”ことだけは感覚的に理解できていた。
だがしかし、それならそれで別の心配が当然に頭をもたげてくる。
「あっ、だったら今回のあんな槍なんかより、こっちをみんな奪いに来るんじゃないのか!?」
「あら、それはないわ。所有権の定まっている霊遺物を不当に奪ってはならない、というのも魔道戦争のルールのひとつだもの」
所有権を無視していいのなら魔術師の世界は強奪と窃盗の天国だし、そもそも魔道戦争で所有権を定める意味すらなくなる。だからそのあたりはきちんと考えられているのだった。魔術師の社会は一般の社会の法には縛られないとはいえ、魔術師の社会には魔術師の社会の法というものがあるのだ。
「そっか、じゃあこれはひとまず心配しなくていいってことか」
「そういうこと。でもお父様が亡くなって私がそれを知るまでの間に、もし万が一盗み出されでもされていればどうなるか分からなかったから、実はちょっと危なかったわね」
実は総持が死んでから紗矢がそれを知るまでに1週間ほど期間があった。死んだ魔術師の所有物を後継者が正式に相続するためには前所有者の死亡ないし譲渡の意志を相続者が認知する必要があるため、もしも紗矢が総持の死を知る前に盗まれていれば、金羊毛は“所有権のない霊遺物”になるところだったのだ。
「まあねえ。それに魔術師なんて、いつどこで死ぬか判らないものね?」
「そうそう。急に謎の死を遂げて、ほぼ同時に霊遺物が消え去る、なんて話ゴマンとあるものね」
「……いや、もうそれ何でもありじゃん……」
「あら、建前上はあくまでも“法に則って”いるわよ?要するに、そういう風に出し抜かれる方が悪いって話」
そう言って爽やかな笑顔を見せるメディアだったが、絢人にはもう悪魔の笑みにしか思えない。魔術師って怖い。




