20話 教会の実情
宰相と騎士団長の養子問題は、ガストの第六王女であるよいやみ、の提案通り孤児を引き取る事で解決する事となった。
最初は、二人の顔にも不安の色があったが、孤児を引き取る事が決まってからは、なんとなく嬉しそうに見えた。今度は子育てを失敗しないで欲しい。
よいやみはいつきさんに、この問題が終わったらガストへ行く事の許可を貰っていた。なぜか僕も一緒に行く事が勝手に決まっていた。
「陛下。ソーパーの教会の今後について、そろそろ話をしたいのですが……」
「あぁ、済まないな。しかし、女神セリティアの聖女であるいつき殿に聞きたいのだが……あ、私には信仰心は無いから女神を呼び捨てにする事があるが、あまり咎めんで欲しい」
「大丈夫ですよ。セリティア様はそこまで頭の回る御方じゃありませんし、あの方の事を知っていれば敬うなんて言う事はできませんから」
「え?」
ソーパー王の呼び捨てよりも、いつきさんの方が失礼な事を言っている気がするのは、気のせいだろうか……。
ソーパー王も少しだけ呆然とした顔になったが、すぐに真面目な顔に戻り話を戻した。
「き、教会の今後との事だが、潰した後という事か?」
「はい。私はこの国の教会の立ち位置をよく知りません。ローレル姫の話を聞く限り、中身が腐りきっているのは確かでしょう。しかし、そんな教会でも一定数の国民の心の拠り所だというのであれば、このまま教会をこの国から消す事はできません」
「そういう事か……アストロ。例の資料を持ってきてくれ」
「はい」
アストロさんは隣の部屋から紙の束を持ってきて、いつきさんに渡した。
「これは?」
「あぁ、それはこの数ヵ月の教会の出入りを調べた資料だ」
「拝見させてもらいます」
いつきさんは、書類を読み始めた。
暫く読むと、「成る程」とだけ言い、ソーパー王に視線を移す。
「潰した後も、この国には教会が必要ですね」
「そうなのか?」
「はい。数だけ見ればたいした数ではないんです。けれど、この国の教会には冒険者は訪れていません。その理由として浄化の灰を支給していない事でしょう。本来、浄化の灰は巫女の力で作られています。その巫女がいないのであれば浄化の灰は作られません。アロン王国も教会の礼拝者は多いのですが、冒険者もかなりいるので、礼拝者だけを考えればこの国の方が人数が多いかもしれません」
「なら、教会が配布しているという浄化の灰は一体何なのだ?」
「恐らくですが、教会の礼拝料で他国の教会から仕入れたか、シスタークリスが持ち込んだものでしょう」
「ちょっと待ってくれ。礼拝料とは何だ? 教会に入るのに金が要るのか?」
「はい。普通、教会の中に入るには礼拝料というモノを払わなければいけません。教会は治外法権なので国が教会の事を口に出せない代わりに、一定以上の補助金以外は受けられないのです。しかし、補助金だけでは教会の補修などにお金がまわせない事から礼拝料を取っているのです。あ、冒険者の方は浄化の灰を貰いに来る目的だけなので、ギルドカードの提示だけで入る事は可能です」
「なんだと? 私はその話を知らなかったぞ」
「私もです」
ソーパー王とアストロさんは初めて聞いたと驚いていた。
「陛下や宰相さんが知らないところを見ると、教会は礼拝料の事を国に報告していないのでしょう。補助金を貰う代わりに、教会の収益は国に報告する必要があります。それに礼拝料の二割は、礼拝してくれた人に還元するのが目的で国に治めています。どうやら大司教はそれも報告していないようですね」
「そうか……私達は騙されていたのか?」
「そうなりますね」
「そうか……何とも腹立だしい事だな。で、大司教をどう裁くのだ? 私達……国が処刑するのか?」
「いえ、私に考えがあります」
いつきさんは僕を見てニッコリと笑う。
「みつきさん、アルテミス様と変われますか?」
「え? ちょっと待ってね」
僕はアルテミスに語り掛ける。
以前は聖剣に触れてないと、声を聞く事もできなかったのだけど、ゼロの魔力を使えるようになってからは、どういう理由かは分からないけど、聖剣が無くても話せるようになっていた。
『呼びましたか?』
(アルテミス。いつきさんが話があるみたい。表に出て)
『分かりました』
僕はアルテミスに体の主導権を渡す。
僕の髪の毛が黒銀色に変わり目も銀色に変わる。戦闘ではないので羽は出していない。
『いつきさん、話とは?』
「アルテミス様は女神の残滓と言っていましたけど、神罰は使えますか?」
神罰?
もしかして、セリティア様が使ったような神罰を大司教にも使うのかな?
『使えますが、セリティアが使った神罰とは別のモノになりますよ』
アルテミスが言うには、セリティア様の神罰は精神に影響が出る神罰だそうで、武闘派だったアルテミスには使えないそうだ。
じゃあ、武闘派は神罰が使えないか? と聞かれると、そうでは無いらしく、ちゃんと使えるとの事だ。
セリティア様のような魔法派は精神操作系の神罰で、武闘派は精神に痛みを与える神罰だそうだ。
(え? それって、物理攻撃?)
『違いますよ。みつき』
アルテミスが僕の考えに反応するといつきさんが何に反応したかを聞いてきた。
「みつきさんは何と?」
『武闘派の神罰は物理攻撃か? と聞いてきただけですよ。でも、精神に痛みを与えると言われても良く分からないですよね。そうですね……そこの御仁。少し腕を貸してくれませんか?』
「え? 俺か?」
『はい。少しだけ痛みますが肉体には何の変化も無いので安心してください』
「あ、あぁ」
いきなり話を振られたフラーブさんは少し慌てた後、腕をアルテミスの前に出す。
『では……』
アルテミスが手を翳すと、フラーブさんが「痛っ!」と腕を戻す。
『今のが武闘派の神罰です。肉体も骨も何も傷付きませんが痛みだけを与えます。それ以外にも毒にかかっていないのに毒の症状を出したりもできます』
結局は精神作用系のような気がするけど、セリティア様達が使う神罰には痛みや苦痛はないそうだ。
魔法はの神罰の特徴は、一つの行動を死ぬまで続けるというのが主体だそうだ。
そういえば、シスタークリスも死ぬまで祈り続けるんだったね。
「ありがとうございます。大司教にはアルテミス様に神罰を使ってもらっていいですか?」
『それは任せてくださいね』
アルテミスといつきさんがそう約束した後、僕に体の主導権が戻る。
その様子を見ていたソーパー王が不思議そうな顔でいつきさんに今起こっていた事を聞いてくる。
「話がついたのは良いが、一つ聞きたい事がある?」
「はい?」
「そちらの勇者殿に何が起こっていたのだ? 今とさっきまでとは雰囲気が全然違う」
「あぁ、そう言えば説明していませんでしたね」
いつきさんは僕とアルテミスの関係、体の譲渡の事をソーパー王に説明する。
ソーパー王達は信じられないと言った顔をしていたけど、事実なんだから疑われてもしょうがない。
「まぁ、良く分からないが、大司教をどうするかは理解した。しかし、今回の事でソーパーの教会の神官共は殆ど捕らえられる事になるだろう。そうなれば、教会の運営が出来なくなる。もし、聖女殿が良ければ巫女を派遣して欲しい」
確かに、今の教会の人達は犯罪の片棒を担いでいるのだから、今後も教会に関わらせるべきじゃない。けど、この国に何度も巫女を勝手に派遣されて、ローレルさんがいなかったら被害が拡大していた事を考えると、いつきさんはどう答えるのかな?
「巫女の派遣についてはお任せください。ただし、一つだけ条件があります」
「なんだ?」
「勇者を一人派遣したいと思います」
「勇者?」
「はい。こちらに派遣する巫女の幼馴染です。彼はアロン王国でも好かれている勇者で実力もあります。正義感の塊のような人なので不正をする事はありません」
「そこまで信頼している勇者なのだな」
「問題があるので信頼はしていませんが、もし何かをしたとしても巫女が制裁をしてくれるので大丈夫です」
「問題?」
「はい。無駄に光っているんです」
「は?」
ソーパー王は意味が分からないと言った顔になる。
まぁ、アレは一度見なければ信用できないだろうね。
いつきさんの話から、派遣するのはえりかさんで、光る勇者というのはクレイザーだろうね。というよりも、クレイザーしかいないよね。
クレイザーならそこそこ強いし、意識的に悪事はしないから安心だね。無意識でしょうもない事をしたら、えりかさんに教育されるだろうからね。
ソーパー王との話し合いを終えた僕達は、ソーパー教会へと向かった。
ソーパーの教会はアロン王国の教会と違って、一般礼拝は出来ないのか、僧兵が入り口を見張っている。
「ここから見る限り、一般人はあまり礼拝に来ていないみたいだけど、礼拝料を稼げるほど人が礼拝しているのかなぁ」
今は教会の前には人がいない。
「これはアレっすね。アロン王国の教会からシスタークリスが捕まったとの連絡が来たんじゃないっすか?」
「でも……どうやって連絡するの? 連絡用の魔宝玉はタチアナさん製しかないんじゃないの?」
「いえ、一応一般的にはありますよ。タチアナさんの魔宝玉が優秀というだけです」
「なら、魔宝玉を使ったんだね」
「いえ、教会は秘匿の事が多いので連絡用の魔宝玉を禁止にしています」
え?
いつきさん、普通に使っているじゃないか。
「私は良いんですよ。別にセリティア様の正体がバレて威厳が落ちようがどうでも良いので……」
それは酷い……。
セリティア様、また泣くよ。
「魔宝玉は無いのですが、手紙を送るくらいなら、経験のある空間魔法使いなら簡単にできますよ」
教会にはセリティア様の御触れを各国に送るために経験を積んだ空間魔法使いを常駐させているらしい。
彼等はセリティア様への信仰は無いらしく、お金を積めばどんな手紙でも送るとの事だ。
「そうっすか。なら、コソコソする必要は無いっすよね」
よいやみはそう言って入り口を守っている僧兵に襲撃をかけた。
僧兵二人はたいした強さではなかったらしく、パンチ一発で気絶した。
「弱っす。こんなのが守っているんすか?」
「よいやみのパンチに耐えられたら、冒険者として生きていけるよ」
「そうっすか?」
いつきさんが扉を開けようとするが、扉は中からカギがかけられている様だった。
「仕方ありませんね」
いつきさんはよいやみに扉を蹴破るように頼む。
よいやみは「ちょいやー!!」と叫びながら扉に飛び蹴りをする。
轟音と共に扉は教会の中へと飛んでいった。
「さて、入るっす」
「うん」
僕達は大司教を捕らえる為に、教会へと入った。




