18話 聖女と神罰
セリティア様を召喚した次の日、シスタークリスが帰ってくる前に、いつきさんから「シスタークリスの話を信徒に聞きに行ってください」と頼まれたので、僕とよいやみで教会の前にいる信徒に話を聞く事にした。
信徒の中にシスタークリスの手の者がいるかもしれないのにどうして? と思ったんだけど、いつきさんは「あのババアの手の者はきっとババアを良く言いますよ」と笑っていた。
よいやみも僕もそれに意味があるのかと頭を捻ったけど、何も分からなかったのでとりあえず信徒に話を聞きに行く事にした。
「みつき、戻ったっすか?」
「うん。怪しい奴等が何人かいたね」
「そうっすね」
シスタークリスの評判を聞いたのだが、八割がたの信徒はシスタークリスに不快感を感じていた。後の二割は良く分からないとの回答だった。
シスタークリスは一般信徒に対しても、傲慢な態度だとの事だった。
「本当に嫌われている婆さんっす。でも、何人かはシスタークリスは素晴らしい人と言っていたっすね」
「そうだね。僕達は『シスタークリスは教会で一番尊いそうですね』って噂話をしてから『シスタークリスをどう思いますか?』と聞いていたからね。でも、殆どの人が、そう聞いたにも関わらず傲慢だのなんだの言っていたからねぇ。シスタークリスを褒める人は逆におかしく見えたよね」
「しかし、いつきは怪しい奴を野放しにしておけと言ったっすけど、逃げられたらどうするんっすかねぇ」
「その辺は大丈夫じゃない? あのいつきさんが僕達に心配されるような事に気付いていないわけがないからね。だから、僕達はいつきさんに従っておけばいいよ」
「みつきは本当に頼りにならんリーダーっす」
「なんだよー」
本来ならば、こんな話を誰に聞かれているか分からない教会の前では離したりしないけど、僕達を見張っている奴に聞こえるようにワザとらしく話す。どうしてこんな事をしているかと言うと、シスタークリスが帰ってきた時に情報を流す為だといつきさんは言っていた。
僕達はいつきさんを信じてそいつに情報を流す。
情報を持った男が教会に帰るのを隠れて見送った後、僕達もお店へと帰る。
その日、少し早い夕食後、えりかさんからの報告を食堂で待つ。
いつきさんも連絡用の魔宝玉の前で静かに待っている。
カレンとアディさんも一緒に待っていてくれているが、いつきさんが目を閉じて黙っているので食堂の空気は重い。
いつきさんは、えりかさんに調べて貰っていたシスタークリスの所業の報告書を見て怒っているのだろう。
僕達も見たけど、予想以上に酷かった。
「しかし、あの婆さんも悪い奴っすよね。セリティア様の巫女を何人も横流ししていたって……」
「うん……中には、孤児院で自分が育てた孤児もいたらしいよ」
えりかさんの報告書の中には、ローレルさんが話してくれた巫女の派遣の事も書かれてあった。
数は十二人。
ローレルさんのおかげで被害はゼロだけど、実際はリュウトに巫女を襲わせたのもシスタークリスだったそうだ。
しかし、派遣された巫女を全て逃がしきったローレルさんも凄いと思う。
「あいつは金だけは持っていたっすからね。今回ばかりは見直したっす」
よいやみはローレルさんを嫌っていたから、今の言葉は意外だった。
日も沈んでしまった時間にえりかさんから報告が来た。
『いつき様……ただいまシスタークリスが帰ってきて自室に引っ込みました。歳が歳ですから、疲れたのでしょう。恐らく次の日の朝までは出てこないとは思います』
「そうですか。引き続き監視を続けてください」
『はい』
いつきさんは通信を終えると、僕達を見て「行きましょうか」と笑顔を向けてきた。
あの笑顔は……本気で怒っている時の笑顔だ。
カレンとアディさんに見送ってもらって、僕達は教会へと向かう。
教会の前に到着すると、えりかさんから再び通信が入った。
「どうかしましたか?」
『今日のお昼に、みつきちゃんがわざと情報を流した男がシスタークリスの部屋に入りました。どうやらシスタークリスに呼び出されたようです』
「呼び出した? 予定と少し違いましたが、あまり時間はなさそうです」
いつきさんは茂みに隠れていた兵士を呼びつける。
「すいませんが、あのお二人を呼んできてください」
「はい。他の兵士はどうしましょうか?」
「そうですね。教会を包囲しておいて下さい。教会の信徒さん達には怪我をさせないでくださいね。私達に失敗はありませんが、万が一逃げられた時はお願いします」
「分かりました」
いつきさんがそう言うと、兵士は茂みへと帰っていく。
その後、少し立派な鎧を着た兵士の男性二人が僕達の所までやってくる。
「お久しぶりです。聖女様」
「聖女様なんていいですよ。私は聖女よりも商人として生きていますから」
「そうですか。しかし、今の作戦中は貴女様は聖女様です」
「そうですか……なら、よろしくお願いしますね」
「「はい」」
この二人は騎士団長の側近で、この人達の娘さんは巫女をやっているそうだ。
本来はセリティア様の正体は秘匿らしいのだが、今回だけは、事前に正体を教えておいたそうだ。
二人は、他の兵士に合図をすると、茂みの中から一斉に兵士が姿を現し教会を包囲する。
突然の事に教会周りにいた信徒達は驚いていたが、聖女であるいつきさんがいた事から大騒ぎにはならなかった。
「さて、行きましょう」
教会に入ると、僧兵が僕達を出迎えてくれる。
教会の中には、いつきさんとえりかさんとつながりのある神官やシスターしかいない。シスタークリスの手の者は、事前に捕らえてあるそうだ。
僧兵達はシスタークリスの部屋の前まで案内してくれる。部屋の前にはえりかさんが立っていて、唇の前に人差し指を置いた。
シスタークリスに気付かれない為に静かにという合図だろう。
「えりかさん。今もシスタークリスは部屋の中ですか?」
「はい。窓の外も見張っておりますので、部屋の中にいるはずです」
「隠し部屋や隠し通路は?」
「事前に調べて起きましたが見つかりませんでした」
いつきさんは僕を見る。
僕は視線の意味を理解して生体感知を使ってみる。部屋の中から三人の反応がある。
え? 三人?
「みつきさん、どうしました?」
「うん。中に三人いるよ?」
「三人ですか……えりかさん」
「いえ、私が知る限りはシスタークリスとその報告者の二人だけのはずです」
「そうですか……みつきさん。よいやみさん。こちらのお二人に最初に突入してもらいますが、お二人も気を抜かないでください」
「うん」「分かったっす」
僕達は頷き合い、部屋に突入する。
部屋の扉を蹴破ると、裸になったシスタークリスに裸の男二人が抱きついていた。
「みつき、ゆっきー! 見ちゃダメっす!!」
そう言って、よいやみが僕とゆーちゃんの目を押さえる。
「な、なんですか、貴方達は!?」
僕には見えないけど、シスタークリスの悲鳴に近い声が聞こえてきた。
その後にいつきさんの冷たい声が聞こえてくる。
「本当に汚いババアですね。申し訳ありませんが、男二人と一緒に捕らえてください。汚らわしい」
「「……」」
何も見えないけど、シスタークリスが「キーキー」騒いでいるので、シスタークリスを捕らえる事が出来たのだろう。
よいやみが僕とゆーちゃんの目から手を話した時には、三人は既に部屋にはいなかった。
どうやら、上手く捕獲できたようだ。
「うぅ……気色悪いモノを見たっす」
「なにをみたの?」
「ゆっきーは知らなくていいっす」
よいやみは青い顔になりながら、ゆーちゃんの頭を撫でている。何を見たんだろう。
シスタークリスを捕らえた次の日、僕達はお城の牢獄へと足を運んだ。
牢獄の中では、シスタークリスが僕達を……というよりもいつきさんを睨んでいるようだ。
「いつき!! 私をこんな所に入れるなんて、何を考えている!?」
シスタークリスは、今は服を着ているようだ。
しかし、この人はどうしてこんなに偉そうなんだろう?
「シスタークリス。貴女に聞きたい事があります。リュウトに巫女を襲わせるだけでなく、ソーパーに巫女を送り込んでいたそうですね。ローレル姫のおかげで貴方の愚息の毒牙にかからなかった事は不幸中の幸いですけど……ババア、貴女はセリティア様の怒りに触れましたよ。どうするつもりですか?」
「はんっ!! セリティア様なんて本当はいないんだろ!! このシスタークリスに見えないのに、お前達の様な……いや、お前のような強欲な女に見えるのがおかしいんだよ!!」
「言いたい事はそれだけですか?」
いつきさんは笑顔でシスタークリスを見下す。
その笑顔を見て、シスタークリスの顔が引きつっていく。
「そ、その顔を止めろぉ!!」
「ふふふふふふ……」
いつきさんはセリティア様を前に出す。
「そ、その子供は一体?」
「子供と言ったな……」
セリティア様の体が光り、背中に金色の翼が生える。
その姿は神々しい。
「あぁ……まさか、その姿は!?」
「お前の罪は、私の可愛い巫女達を危険に晒した事だ。そのうち一人はお前のせいで命を絶った。お前には神罰を下す」
「な、何を言っている?」
「お前は、教会で一番偉いと言いたいのだろう? その願い叶えてやるよ」
え?
叶えてあげるの?
「寝食をも忘れて、祈り続ける姿はきっと教会では尊い姿なのだろう。お前には死ぬまで祈り続けるように神罰を与えてやる。喜べ、死ぬまで祈り続けたら、お前は後の世に語り継がれる程の信徒になれるぞ」
「ま、待て!!」
「誰に向かって口を聞いている? あぁ、お前が祈り続けるのは牢獄の中だ。誰にも気づかれる事は無いだろうけど、偉くなれるのなら本望だろう?」
「ふ、ふざけるな!!」
「お前、さっきから誰に口を聞いているんだ? お前みたいなくぞババアには本来私の姿は見えないんだぞ? まぁ、いいや。もう、愛しい息子にも、さっきの気色悪い男共にも会う事は無くなるんだ」
セリティア様が手を翳すと、シスタークリスが光につつまれる。
光が止むと、シスタークリスは壁に向かい祈り始める。
兵士が声をかけても無視して祈り続けている。
「死ぬまで何日かかるかは知らないけど、ずっと祈り続けるだけだよ。自分が一番偉くありたいと思った教会の為に祈れるんだから幸せだろ? じゃあね、糞ババア」
セリティア様は、冷たい目でシスタークリスを見下ろしていた。




