9話 ゴブリン退治 カイト視点
「ここにもいないか……」
二日前に消えたローレルを探して、僕はこの町を走り回っていた。
彼女はソーパー王国の第一王女だから探しているというのもあるが、彼女が二日もいないというだけで、何か起こりそうな気がしてならない。
そうなる前に、早く見つけないと……。
「他に居そうなところは……」
僕は、良い男がいそうな場所を探す。とはいえ、ローレルの言う良い男というのがどんなのか分からない僕には、やみくもに探すしか出来なかった。
オーソン達にも相談をしたのだが「どうせ、仲の良さそうな夫婦を別れさせて遊んでいるんだろ? 俺達にはそのくらいしか楽しみが無いんだ。放っておけ!!」と笑われた。
胸糞の悪い事に、こいつ等は他人の不幸を笑い話にする傾向がある。
こいつ等のせいでどれだけの人が不幸になったか……。
そもそも、どうして僕が謝りに行かなきゃいけないのか……。
正直、人として許せない部分はあるが、僕は平民だ。貴族様であるこいつ等には逆らえない。
「冒険者ギルドなら、何か情報があるかもしれない……」
ローレルは冒険者を嫌っていたから冒険者ギルドに行ったとは考えにくいけど、ギルドならばローレルの動向を何か知っているかもしれない。
アロン王国の冒険者ギルドは、ソーパーと違って殺伐とはしていない。どちらかと言うと、一般の人でも気軽に入れそうな雰囲気だ。
それに比べてソーパー王国の冒険者ギルドは、荒くれ者が多い。だからか知らないが、依頼口は別にあるし、一般の人はまずは行ってこない。僕は以前から冒険者ギルドで世話になっていたけど、貴族様も冒険者を嫌っている人が多い。
……いや、今はその事はいいか……。
僕は勇者専用の受付へと足を運ぶ。
本当ならば、僕は異国の勇者だ。この国の勇者とは違うので勇者専用ではなく一般冒険者の受付を通した方が良いのだろう。
ただ、今は緊急事態だ。
「すいません」
「はいはーい。どうしました?」
「申し訳ありません。聞きたい事があるのですが……」
彼女は、前にいつきさんの道具屋を紹介してくれたラビさん。どうやら、この国で一番強い勇者パーティである《黒女神》を担当している人だそうだ。
「実は、わた……いえ、僕のパーティの聖女、ローレル姫が二日前から行方不明でして……何か情報はないかと来てみたのですが……」
僕がそう聞くと、ラビさんは少し困った顔をした。
この人は何かを知っているのか?
「何か知っているんですか?」
「あ、少しお待ちくださいね」
ラビさんは、奥にいる綺麗な女性に話しかけている。
もしかして、ローレルは何かしたのか?
そう思っていたのだが、綺麗な女の人がラビさんの代わりに出てきて、僕を応接室へと案内してくれる。
その部屋のソファーで待っていると。体の大きな壮年の男性が入ってきた。
「ほぅ、お前が異国の勇者カイトか。お前の事はいつきから聞いているが、ソーパーの王女を探しているそうだな」
「はい。彼女を野放しにしていると何をするか分からないので、もし居場所を知っているなら教えてください」
「……そうだな。だが、今は返すわけにはいかない。黒女神が彼女を捕らえているそうだ」
黒女神?
何故、黒女神が?
もしかして彼女達に何かをしたのか?
そう言えば、ギルドに迷惑をかけた人間をゴミ捨て場に捨てるという行動をとったのは、黒女神の勇者、黒姫と聞く。
もし、この国の勇者に失礼な事をしたという事になれば……。
僕は顔の血の気が引く。
そんな僕を見て、この男性は優しく笑う。
「安心しろ。みつき達は自分に逆らわない限りは手荒な真似はしない」
いや、彼女なら思いっきり逆らうと思うのだけど……。
「そうだな、あぁ、黒女神のメンバーの一人に異国の勇者が来たら伝言するように言われたんだ」
「え?」
「《ゴブリン退治のクエストを受けろ》との事だ。俺も良く分からないが、いつでも受けられるようにお前達への指名依頼になっている」
「……はい?」
何故黒女神は僕達にゴブリン退治を?
もしかして馬鹿にされて……いや、アイツ等のやった事を考えれば、馬鹿にされても仕方ない。
僕は、クエストの依頼書を持って宿屋に帰った。
宿に帰った僕は宿屋の一階にある酒場に顔を出す。今の時間ならば二人はここにいるはずだ。
案の定、二人は酒を飲んでいた。僕は二人の前に座る。
「オーソン、アシャ、冒険者ギルドから指名依頼があった。明日はそのクエストを受ける事にする」
「あぁ!? ローレル姫が行方不明なのに下らねぇ仕事を受けているんじゃねぇよ!! そんなもん無視しとけ!!」
「そもそも、貴族の俺達が何故平民であるギルドの連中の言う事を聞かなきゃいけないんだ? もし、アイツ等が文句を言って来れば殺してやればいい」
こいつ等……。
この国で何回も痛い目を見ているのに、何故こんな考えしか出来ないんだ?
いや、彼等にもう何を言ってもしょうがない。
「君らが受けないのであれば僕一人で受けるよ。話は終わりだ。僕はもう休む」
「なんだと!? てめぇ、俺の言う事を聞けないのか!!」
もう、うんざりだ。
「僕は陛下から任命された勇者だ。もう君達の言う事は聞かない。もう、尻拭いもしない。これからは好きにすればいい。その代わり、君達の行った事への尻拭いは自分達でするんだ。もし、それで君達が殺されるんなら、それも仕方が無い」
「ふざけんな!! 貴族である俺達が死ねば、平民であるお前もただでは済まねぇぞ!!」
下らない。
こんな連中が勇者一行か……。
「その時は僕も結果を甘んじて受けるさ。連帯責任だからね……。それと……」
僕はオーソンを睨みつける。
「今後、僕を攻撃してきた時は容赦はしない。今までは、避ける程度だったけど、今度からは殴られたら殴り返す。当たろうが当たるまいが関係なしだ。これで話は終りだ」
僕は睨みつける二人を置いて、部屋へと戻る。
「明日は、ゴブリン退治か……恐らくだけど、普通のゴブリン退治じゃないんだろうな。僕達を一網打尽にするための罠かもしれないね……いや、彼女達が噂通りなら、罠を敷く必要もないか」
考えていても仕方が無い。明日には分かるだろう……。
次の日、僕は一人で指定された場所までやって来た。
道中、オーソンとアシャの二人と合流した。しかも、一緒にゴブリン退治に行くと言い出した。
「何が目的だい?」
「けっ、陛下から勇者を守るように言われてんだよ。お前に何かあれば俺達が罰せられるんだ。ただし、ローレル姫を見つけたら一度国へ帰るぞ。その時は、俺の権力を使ってお前の家族も全て殺してやる」
「ふーん、それを聞いて僕が素直に帰るとでも? もしソーパーに帰るとしたら、僕は君達を殺してから帰るよ。そうしないと僕の家族にまで死んでしまうからね。君達が死ねば罰せられるのは僕一人で済む」
「てめぇ、調子に乗るのもそれくらいにしておけよ……」
別にオーソンやアシャを相手にしても勝つ自信はある。だから、僕はオーソンを無視する。
確か……依頼書に書いてあったのはこの辺りのはずだ。
僕は周りを見渡す。
……うん?
あそこにいるのはゴブリンか?
でも、おかしい。
僕はゴブリンに近付いた。
するとゴブリンが一匹ロープでグルグル巻きにされている?
「おいおい、なんだありゃ」
「カイト、てめぇ俺達の事を馬鹿にしてんのか?」
「僕だって知らないよ。しかし……」
あのゴブリン、やけに大人しくないか?
いや、あのゴブリンから禍々しい気配を感じる。
僕がそう思ったのと同時に、かすかに「ひーる」と聞こえた気がした。
いや、こんな所で回復魔法が聞こえてくるわけがない。気のせいだろう。
そう思っていたのだが、突然ゴブリンが激しく痙攣し始める。そして……ゴブリンの体が大きくなり拘束が解かれた。そして、どこかから出したのかは分からないが、大きな斧を持ち僕達を威嚇する。
この魔物は……不味い!?
「オーソン、アシャ!! 気を抜くな!!」
僕は二人を見る。
しかし、二人はすでにいなかった。どうやら、ゴブリンが大きく変化しだした時に逃げだしたようだった。
これが勇者一行とは……いよいよ乾いた笑いしか出てこないな……。
これ以上、アイツ等に期待しても無駄だ。
でも……この魔物に勝てるかな?
いや、無理だろうな……。
確かに勇者になってから、結構な魔物とは戦って来た。
けど、目の前の魔物は最強の魔物、王種という奴だろうな……。
人間一人で戦えるとは思えない。
「とはいえ、逃がしてくれないよね」
私は、剣を抜きゴブリンの胸を斬りつけようとした。
しかし、ゴブリンには傷一つ付かずに、弾かれてしまう。
ゴブリンは私を虫を払いのける様に弾き飛ばす。
「くっ……」
今の一撃、防御したけど僕では防ぎきれない。
ゴブリンは大斧を振り上げている。
これは……どうにもならないかな?
アディ……最期に会いたかったよ。
私は死を覚悟して目を閉じる。
その時、大きな音共にゴブリンの叫び声が聞こえた。
な、なんだ?
私は、少しずつ目を開ける。
するとそこには、ゴブリンの首を一撃で刎ねる黒髪の少女がいた。
ゴブリンは、そのまま後ろに倒れて絶命してしまった。
う、嘘でしょ?
王種と思われる魔物をたった一人で?
し、しかも一撃?
「全く……、ゆーちゃん! どうしてこんな事するの!?」
少女は突然叫びだす。
え?
ゆーちゃん?
すると、何もなかった場所が揺らめいて、道具屋の前で見た少女が現れた。
「いつきさんから《ステルス布》を借りたと聞いてから、何かするかもしれないからゆーちゃんを見張っておけと言われたけど、見張っておいて正解だったよ」
「みーちゃん、おこ?」
「怒っているよ」
すると小さいほうの少女が黒髪の少女に抱きついた。
「ごめんね」
「うん。許す!!」
え?
許しちゃうの?
ものすごく甘くない? と思っていると、道具屋の店長さんであるいつきさんまで現れた。
「いえ、許すわけがないでしょう。みつきさん、ゆづきちゃんを甘やかさないでください!!」
「げ!? いつきさん」「げ、ごうよく」
「げ!? とは何ですか。良いでしょう、二人共、今日の夜を楽しみにしていてください」
「やだ」「ちょ……どうして僕まで!?」
いつきさんはそんな二人を無視して私の下まで歩いてくる。
「さて、カイトさん。貴方には暫く私の店で大人しくしておいて貰います」
「え?」
「自己紹介をちゃんとしておきましょう。あの黒髪の子が勇者黒姫、みつきさんです。あの小さい子はうちの問題児のゆづきちゃん。そして、私は本物の聖女いつき。ローレル姫も私の店に捕らえてあります。あ、勘違いしないでくださいね。貴方の場合は普通に客室で大人しくしてもらうだけですから……ただし……」
「げふぅ!!」「ぎゃあ!!」
え?
僕が振り返ると、逃げたオーソンとアシャが顔面を腫らして金髪の女の子に拘束されていた。
どうやら、女の子にボコボコにされたらしい。
「彼女はよいやみさん。黒女神で一番強い子です。あぁ、魔導大国ガストのお姫様と言った方が良いでしょうか」
「いつき! 別にあしの素性を言う必要は無いっす」
が、ガストのお姫様!?
確か、ガストと言えばローレルが一度問題を起こしたとか……。
「この御二人、彼等にはそれなりに痛い目に遭ってもらいますけど、安心してください。悪い様にはしませんから……」
そう話すいつきさんの笑顔が、とても恐ろしかった……。




