3話 魔導士
誤字報告で指摘のあった部分を修正しました。
修正内容は活動報告に載せておきます。
「うーん。どうして僕には狩り以外のクエストが来ないんだろう……」
ギルドへの納品予定の素材を確認しながら、僕は首を傾げる。
黒女神が自由にクエストを受けられなくなってから随分と経つけど、僕には殆ど指名依頼が来ずに魔大陸での狩り以外のお仕事をしていない。
まだ幼いゆーちゃんなら仕方ないのだろうけど、いつきさんは勿論、僕以上に問題を起こすよいやみですら指名依頼が来ている。
何故、僕には指名依頼が来ないんだろう……。
シドさんの依頼から二週間経ったけど、異国の勇者達を見つける事は出来ていない。
あの人の性格ならば、嫌味と催促してくるかと思っていたのだけど、それもない。うん、不気味だ……。
よく考えたら、勇者パーティの特徴も聞いていないので、僕達みたいに単独行動をとっていたら、それこそ気付かないんじゃないかな? とも思う。
そもそも、冒険者ギルドにいる冒険者の顔もよく覚えていないし、他国から来る冒険者も珍しくないのだからどいつが勇者パーティかなんて見分けがつかない。ただでさえ、人の顔を覚えるのが苦手なのに……。
異国の勇者パーティと言えば、新しい噂が毎日の様に増えている。
その中でも、気になったのが『異国の勇者が迷惑を受けた人達に頭を下げて回っている』という噂だ。
この噂が本当だったら、勇者は常識人なのかな?
そう思っていたのは僕だけじゃなかったらしく、昨日の晩御飯の時に「他の三人の噂は酷いモノですけど、勇者の嫌な噂は聞きませんねぇ。それどころか、女性冒険者の間ではやれイケメンだの、守ってあげたいだの、いろいろと評判がいいみたいですよ。もし、その噂が本当でしたら助けてあげたいですねぇ」と言っていた。一瞬、顔がいいからかな? と思ったのだが、いつきさんがそんな俗っぽい事を理由にするわけがなく、顔が良いから、お店の為に利用しようとしているのは明らかだった。その話をしている時のいつきさんの顔は、何かを企んでいるような顔だったからね……。
今日のお仕事は、冒険者ギルドに納品に行って終わりだ。
そう言えば、今日はオルテガさんもリリアンさんもラビさんもいないっていつきさんから聞いた。まぁ、納品に関しては勇者専用の受付はユフィーナちゃんがいるはずだから開いているはずだし、問題はない。
そう思って冒険者ギルドに来てみると、玄関の外にまで冒険者が溢れている。
「今日は随分と賑わっているなぁ……」
朝の混む時間でもここまで混む事は無い。もしかしたら、何かあったのかな?
いつもより空気が張り詰めているような気もするし……あ! アイツ見た事ある。
アイツなら、僕の事も知っているだろうし、少し話を聞いてみようかな。
僕はそいつの肩を軽く叩く。
「うぉ!? なんだ!?」
そいつは、急に肩を叩かれてびっくりしたみたいだ。
「ねぇ、あんた、流れ星の流星(笑)の剣士……何とかだよね」
「何とかって何だよ!! 俺の名はメーチ様だ!! って、黒姫じゃねーか」
「お前が黒姫とか言うな、殴るぞ。それより何かあったの?」
「あぁ、お前と一緒と言っていいかは知らんが、皆の妹的存在と言われている勇者の《ユフィーナ》ちゃんがいるだろう? その子が絡まれているんだ」
「はぁ?」
ちょっと、ユフィーナちゃんが絡まれてるのに、なんで冒険者達は助けないんだよ。妹的存在じゃないの? というより、今も言っていたし。
全く……。
「はぁ……所詮は流れ星の流星(笑)か……」
「どういう意味だよ!!」
「そのまんまの意味だよ!! いつも妹だのなんだの言っているユフィーナちゃんが絡まれているのに助けないとか、あんた、それでもゴールドランクか!!」
僕がそう言うと、メーチは気まずそうな顔になる。そして言い訳するように話し始める。
「俺達だって最初は助けようとしたさ。でもな、ユフィーナちゃんのパーティはベテランで固められているんだ。当然、俺達よりも強いミスリルランクの人達ばかりだ。そのうちの一人、エリックさんが魔法をぶっ放されて、今あの状況だ。その人でも一撃でやられたのに、俺達が敵うと思えないんだよぉ……」
確かにランクが上の冒険者がそんな事になれば、腰が引けるのも分からなくはないけど、そこは命這ってでも助けようよ……。
僕は溜息を吐きながら、ギルドの中に入る。
メーチが僕を止めるが、当然言う事を聞くわけがない。
人込みをどけてギルドに入ると、ロビー内は玄関口と違いユフィーナちゃんと炎魔法で焼かれたと思われるお爺さん、それに魔導士風の男と、それを囲むように、いや、囲むと言っても距離を取ってだが、周りに青褪めた冒険者達がいる。こんなに人数がいるんだから、数の暴力で取り押さえる事が出来るでしょうに……。
ユフィーナちゃんは傷付いたお爺さんを支え「エリックさん、大丈夫!?」と言いながら目に涙を浮かべている。どうやらこのお爺さんがエリックさんらしい。
魔導士はユフィーナちゃんに「勇者パーティの俺に逆らうからこういう事になるんだよ!! 女!! お前は俺が抱いてやると言ったんだから、大人しく抱かれりゃ良いんだよ!!」と叫んでいた。
本当にガラの悪い奴は、性欲しかないのか? とも思ったけど、それより気になる事を言ったね。
勇者パーティ……。
ユフィーナちゃんのパーティメンバーでもないなら、この国に他に該当する勇者パーティはいない。
バトスさんの所のパリオットのメンバーはの顔は覚えているし、クレイザーはソロだ。宿屋のおかみさんは勇者を辞めたと言っていたし、エゴールさんはお城勤めだ。
と、言う事はこいつが噂の奴かな?
アレ? もしかして、僕、お手柄?
僕は後ろからそっと近づいて、魔導士風の男の背中を蹴る。
すると、男はユフィーナちゃんに向かって倒れ込もうとする。そりゃ後ろから蹴ったら、そうなるよね。うん、間違えた。
この場合は横に蹴らなきゃ。
僕は咄嗟に横に蹴り飛ばす。すると男はギャラリーをしていた冒険者達に向かって突っ込んでいった。
うん。
助けもせずに見てるだけの冒険者は良い薬になったね。
僕はエリックさんの傷の具合を見る。やけどが酷い。薬草や、いつきさんが作ったポーションでは間に合わないかもしれない。これは早く治療しないと……。
「ユフィーナちゃん、エリックさんを治療院か教会の巫女さんに治療してもらわないと」
「は、はい!!」
「待て!!」
うるさいな。
今は時間が無いんだよ。
僕は叫び声を無視して、ユフィーナちゃん達を冒険者ギルドから出し、メーチに「エリックさんを治療院に連れて行ってあげて」と頼む。メーチも「分かった。ユフィーナちゃん、エリックさんをこっちへ」とお爺さんをおんぶして治療院へと向かった。
これで良し……。
「俺を無視するな!! 俺を誰だと思っている!!」
あぁ、後ろでうるさいなぁ。
初めて顔を見たんだから、誰かなんて知るわけないじゃんか。
僕は嫌々振り返る。
すると魔導士風の男は、口角を釣り上げ、変なポーズをつける。なんだよ、かっこ悪いなぁ……。
「俺は勇者パーティである魔導士オーソン様だ!!」
「へぇ、あんたが噂の異国から来た勇者パーティなんだ。僕もお前等に用があったんだよ」
とはいえ、今回の依頼は極秘扱いだ。
さて、どう言おうかな……。
「あ、う、お、同じ勇者として……いや、でもこいつ勇者じゃないしなぁ……」
「何を言っているかは知らねぇが、俺に逆らうという事は、ソーパーの勇者に逆らうという事だ!! いや、ソーパーの貴族である俺に逆らうという事は、ソーパーに牙をむくという事だ!!」
ソーパーの勇者は《カイト》って言うんだ。一応覚えておこう。
それにしても、こいつソーパー王国のお貴族様なんだねぇ。まぁ、関係ないけど。
どっちにしても捕まえるのならば、理由がいるよね。
どうしようかな。
「てめぇは女みたいだが、てめぇみてぇなガキには興味がねぇ!! 痛い目を見て貰うぞ!!」
ダレガガキダ。コロスゾ。
オーソンは、そう言って魔法の詠唱を始める。
この詠唱は……火属性魔法の《フレイムサークル》だね。
《フレイムサークル》は中級魔法だ。確か……魔法陣を発生させて、その魔法陣内を焼くだったかな?
という事は、そろそろ足下に魔法陣が現れるはず。
この魔法の対処法は、ゆーちゃんに借りた魔法辞典に書いたあったね。
確か魔法陣が現れた瞬間に、足元に魔力を込める。
魔力を込めるか……。詠唱中の今なら殴った方が速いけど、それにゼロの魔力は外じゃ使っちゃダメって言われているけど、少しくらいなら大丈夫だよね。僕もだいぶ魔力を制御出来てきたし……。
詠唱が進むと、僕の足元が光り出す。それを見た冒険者達が僕に回避するように言っているが今はそんな事どうでも良い。
魔法陣が出た瞬間、魔法陣が出た瞬間……。
出た!!
僕は、その場で地面を踏みつける様に魔力を放出させる。これでフレイムサークルの魔法は発動せずに魔力が霧散するはず……だったのだが、ゼロの魔力で放出された魔力は、地面にぶつかった瞬間、僕を中心に爆発するように衝撃波を発生させる。
あ、魔力調整を失敗した……。
轟音と共に僕の目の前にいた魔導士を含む、周りにいた冒険者も全て壁に向かって吹き飛んだらしい……。酷いありさまだ。
冒険者ギルドの受付には、侵入防止の透明の板が取り付けてあるので受付内部は無事なのだが、透明の板が殆ど割れている。や、やば……。
幸い、今日はオルテガさんもリリアンさんもラビさんもいない。
そーっと逃げれば、誤魔化せないかな?
うん。大丈夫なはず……。
僕は誰にもバレない様に少しずつ後退っていると、何か柔らかい壁に当たった。
壁? こんな所に壁なんてあったっけ?
僕が振り返るとそこには笑顔のリリアンさんが立っていた。
「みーつーきーちゃーんー?」
「り、リリアンさん!?」
「この惨状は何かな? どこに行こうとしてたのかな?」
あ、あぁ……。
この笑顔は……いつきさんの笑顔と一緒だ……。
「みつきちゃん、ちょっとこっちでお話ししましょう」
リリアンさんは僕の腕を掴み、そのまま応接間へ連れていかれる。
ちょ、ちょっと待って!?
あの魔導士を捕まえなきゃ!! あ、言い訳じゃないって!?
ちょ、ちょっと待って!!
僕の抵抗もむなしく、応接間に連れていかれた後、無茶苦茶怒られた。
「あの魔導士、問題の勇者パーティだよ!!」と言ってみたが、聞いて貰えず、僕が外で魔力を使っちゃダメと言われているのをいつきさんから聞いていたみたいで、さらに怒られた。
うぅ……リリアンさんもシドさんからの依頼の事を知っているはずなのに……。
一時間後、物凄く怒られた僕がロビーに出ると、冒険者達がロビーを掃除していた。申し訳ないな……と思ったりもしたが、こいつ等は見てただけだから、これくらいしてもいいだろう。そう言えば、あの魔導士風の男は? と聞いたら、「逃げて行ったよ」と疲れた顔で言われた。う、ごめんなさい。
僕はそれを聞いて、肩を落としながらお店へと帰った。当然、今回の事で壊れた設備の賠償金の明細書を持たされてだ……。
うぅ……。
人助けしたはずなのに、どうしてこうなったんだろう。
この賠償金の話をいつきさんに聞かれたら、徹夜説教コースだ。それだけは避けないと……。
僕は何とかバレないようにと、そーっとお店に入る。
しかし、冒険者ギルドから連絡が入ったようで、晩御飯の後、いつきさんからバッチリ説教を喰らった。
説教を聞きながら、僕は考えた。
あぁ、今日は寝れないかも……。




