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クジ引きで勇者に選ばれた村娘。後に女神となる。  作者: ふるか162号
二章 人魔王編

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18話 森の中の熊と猪


 僕が魔大陸に里帰りした日の夜、村では宴会が始まっていた。

 村の人場に設置されたテーブルには、お母さんの手料理や近所のおばさんが持ってきてくれた料理が並ぶ。どれも美味しそうだ。

 勝手に勇者として出て行ったのに、村の人全員が僕の帰りと仲間達の事を歓迎してくれた。


 宴会が始まって少し経つと、じいちゃんとグレンさんが帰って来た。

 

「あれ? バトスさん達は?」


 僕がじいちゃんに二人の事を聞くと、グレンさんが魚と一緒に二人を連れて帰ってきていた。

 じいちゃん()の特訓を終えて帰ってきたバトスさん達は、ボロボロだった。

 ルルさんが慌てて手当てをしに行くが、怪我をしているとかそういうのではなく、ただ疲れ切ってボロボロになっているようだった。


 じいちゃん達に詳しく聞くと、バトスさん達への特訓は、僕の心に深い傷を与えた特訓と同じ内容だった。

 二人の特訓の間、手持ちぶたさになっていたグレンさんは、単身で川に飛び込み、そこに生息する魚(魔物)を取ってきてくれていた。

 その魚(魔物)は、凶暴で凶悪なのだが、刺身にすると絶品で、この村にはその魚(魔物)専門の漁師までいる。

 ちなみに川と言っているが、小さな小川ではなく流れの激しい大きな川だ。そして、僕が幼い頃に、じいちゃんに放り込まれた川でもある。僕のトラウマの元凶の場所だ。


「み、みつき……、話しには聞いたが、お前、本当に幼い頃にあの川に投げ込まれたのか?」


 よしおさんが青褪めた顔で僕の肩を掴んでくる。

 よしおさんの常識では、あの凶暴な魚(魔物)がいる川に、幼子を投げ入れる行為が異常と思えたのだろう。僕も同じ気持ちだ。


「そうだよ。じいちゃんにあの川に何度も放り込まれたから、僕は水が怖くなって泳げなくなったんだよ」


 僕は、すでに知られているであろう自分の弱点を皆に話す。

 すると、バトスさん達二人だけではなく、よいやみ達、黒姫一行のメンバーも驚いていた。


 アレ? 僕言ってなかったけ?

 もしかして、余計な事を暴露した?


「それで、水場のクエストを嫌がっていたんすねぇ……いい事を聞いたっす」


 よいやみが今までの僕の行動に納得して、悪い笑顔になる。

 こ、こいつ……何か余計な事を考えているな?


「よしお、よくよく考えろ。あの非常識な川に幼い頃に投げ込まれているんだぞ。トラウマだけで済んでいる時点で、やはりみつきも異常なんだよ」


 バトスさんが、僕のフォローをしてくれる。いや、それはフォローと言うのだろうか?


 しかし、あの川が非常識なのは事実だ。

 魔物じゃない魚でも巨大魚ばかりだし、魚系の魔物も普通にいる。あの川で一番出会いたくないのが、《デスエスパーダ》という名前の、頭に長い槍を持つ魔物だ。

 こいつは執念深く、一度狙いを定めるとどちらかが死ぬまで追い続ける。それこそ、川から出ても追いかけてくる。

 どういう事かと言うと、デスエスパーダは空中をも泳げるのだ。本当に魚か? と言いたくなるが、見た目は魚だ。

 ちなみにグレンさんが捕ってきてくれた魚でもある。

 僕も小さい頃、追いかけまわされた記憶がある。だから、魚系の魔物も苦手なんだよね。


 バトスさん達と川の恐怖について話していると、「こんばんわ」と魔法具屋のおばちゃんが、宴会に参加する。

 おばちゃんは料理をいくつか持って来たらしく、テーブルに並べ始める。村のおじさん達がその料理に群がる。おばちゃんの料理は絶品だからね。


「いらっしゃい、クロウディア。宴会の席に来るなんて珍しいわね」

「えぇ、久しぶりに娘にデレデレな親友を見ようと思ってね」


 お母さんとおばちゃんは本当に仲がいい。

 この二人はこの村一番・二番の美人と呼ばれていた(・・)。どちらが一番かは最後まで決着がつかなかったらしい。だからなのか、お母さんが結婚するとなった時は、村にいくつもの嘆きの声が響いていたらしい。

 ちなみに過去形なのは、今は別の人物がその称号をかっさらっているからだ。

 もう少ししたら、その子が来ると思うんだけど……。



 お酒を飲んでいる人達もだいぶ酔いが回ってきたころに、門番のおっちゃんとその娘が僕の家を訪ねてきた。

 おっちゃんはともかく、薄茶色のウエーブのかかった長い髪でスタイル抜群の超絶美人の娘は村でも注目の的だ。これが僕の親友であるエリザだ。

 

 エリザは、ヴァイス魔国のお城で、受付の仕事をしている。ヴァイス魔国はアリ姉やハインさんなどの美人が多くいるが、その人達を押さえてエリザはナンバーワンの人気を誇るそうだ。なんでもファンクラブまであるとかないとか……。

 でも、僕にとってはこの村で一緒に育った親友だ。


「いらっしゃい、エリザ」

「みつき、お帰り」

「ただいま。相変わらずの美人さんだね」

「ははは。何言ってんのよ」


 エリザは僕に抱きついてくる。


「遠いアロン王国で勇者を頑張っているんでしょ? 本当に立派になったね」

「いやいや、なんで僕よりお姉さんみたいな事を言っているのさ。同じ歳でしょ? それに、エリザこそヴァイス魔国城でのお仕事があるのに、いつも家のお掃除をしてくれてありがとうね」

「いいんだよ。つきのた……おばさんにもいつもお世話になっているし、あんたが帰ってきた時に家が汚いとショックを受けるでしょ?」


 確かに、里帰りして家が汚かったら凹んでしまう。そう考えれば、エリザには感謝しかない。


「あ、そう言えば、アリス様から伝言よ。「私はいつでも会おうと思えば会えるから、お家でゆっくりしてきなさいな」だってさ。アリス様ほどのフットワークの軽さなら、いつでも会いに行きそうだからね」


 エリザがアリ姉のモノマネをしながら伝言を僕に伝えると、いつきさんが「魔王アリスさんも転移魔法を使えるんですか?」とエリザに聞いていた。

 エリザに僕の仲間達を紹介していつきさんの疑問に答えてくれた。


「そうね……厳密にいえば使えるけど不安定なのかな? アリス様は空間魔法が苦手なの。他の属性魔法などは、完璧に使うのだけど転移魔法は苦手で、行く事(・・・)は出来ても、帰る事は出来ないんじゃないかな? だから、ゼクスさん達幹部の人達が必死にアリス様を止めているんだよ」


 そ、そうだったのか。

 エリザにゼクスさんの頭の進行具合を聞くと、悲しげな顔をして首を横に振っていた。

 そうか……髪の毛の状況は酷くなっているのか……。



 宴会は夜遅くまで続き、その日は宴会をした部屋でおじさんやおばさん達が雑魚寝をした。僕達はお酒を飲んでいないから、それぞれの寝る部屋で寝たけどね。

 エリザが家に帰るときに、ゆーちゃんとコソコソと何かを話していたけど、なんの話だったんだろうか?

 気になって、寝る時にゆーちゃんに聞いてみたが、教えてくれなかった。

 くそーっ。エリザの奴、ゆーちゃんい何を仕込んだ?



 次の日、僕は嫌々よいやみに連れられ森へと向かう。

 いつきさん達も魔法具屋に出かけて行った。

 

 特訓場所は僕の村の北側にある森。この森には、魔獣系の魔物が多く生息する。


 約束の場所では、グレンさんが何かの紙を見ていた。その姿を見たよいやみが「熊は文字が読めたんすか!!」とめちゃくちゃ失礼な事を叫ぶ。


「お前は俺を何だと思っているんだ?」

「熊っす」

「おまえとは一度じっくり話をする必要があるな……」


 よいやみは、グレンさんが師匠だというのに、言葉にいちいち棘がる。それを怒らないグレンさんの度量が大きいのか、どうかは知らないが……。


「それよりも、何を読んでいたんですか?」

「エロ本っす……いてっ!!」「よいやみは黙ってて!」


 僕は、横から口をはさんでくるよいやみを叩く。話が進まないでしょ!!

 グレンさんはそんなやり取りをしている僕達を見て笑う。


「よいやみがここまで他人に気を許すのを見たのは初めてだ。これからも仲良くしてやってくれ。さて、これは、昨日のうちに用意してもらった、みつき、お前の鍛えるべきポイントだな」

「え!?」


 話に聞くと、じいちゃんが効率よく僕を苛めら……いや、鍛えられるように、グレンさんに僕の弱点を教えたらしい。

 じいちゃん自身は、あの二人を鍛えるのが面白くて仕方ないそうだ。


 あ、弱点と言っても泳げないとかそういうモノではなく、戦闘中の細かい行動の事だそうだ。


「で、よいやみを鍛えるついでにお前も鍛えてくれと言われたんでな。さて、まずは今のお前達の力を見せて貰おうか」


 グレンさんは紙を道具袋に入れる。そして、気合を入れるかの如く咆哮する。その瞬間、グレンさんの魔力が解放されたのか、森全体が震えだす。

 

 こんな魔力感じた事が無い!! もしかしたらじいちゃんよりも強い!?


「す、すごい……」

「何を言っている? 拳神殿は俺よりも強いぞ?」


 え!?

 じいちゃんってそこまで強いの!?


「さて、全力で来い。お前達相手では、俺が怪我をする事は無いから、殺すつもりでかかって来い」


 グレンさんはそう言うが……僕はよいやみに視線を移す、すると「熊の言っている事は正しいっす」と、よいやみ自身が本気になったのか、魔力を全開放し始める。

 実はよいやみの本気を見るのは初めてだ。僕はよいやみの魔力を見て驚く。


 強い……。

 でも、グレンさんと比べてしまうと、どうしても弱く感じてしまう。


 僕も負けじと闘気を体に纏わせた。

 確かにグレンさんと僕達とでは力の差は歴然だろう。でも、あそこまで言われると少し悔しい。だから、頑張ろう。

 僕とよいやみは軽く打ち合わせをしつつ、グレンさんに向かっていく。



 結果は、一時間後、魔力と闘気を使い切った僕達は草の上で寝転んでいた。

 完全に遊ばれていた。


 グレンさんには攻撃が全く当たらず、それどころか、グレンさんの放つ殺気に何度か気絶させられそうになった。こんな化け物みたいな強さの人がいるなんて……しかも、じいちゃんはこれよりも強い? なんか、ただでさえ無かった自信が、更に無くなってきた……。


「さて、まずはお前達と戦ってみた感想だが、よいやみはいつも言っているように持久力が足りない。魔力を全開で戦うのはいいが、それは魔力をコントロールできていない証拠だ。全く、出て行った時とさほど変わっていないではないか。それと問題なのはみつき、お前だ」


 グレンさんは、僕の前に座り「お前は周りを見なさすぎる」と頭をポンポン叩かれる。


「お前は相手の力が分からないから、相手を試す癖があり、そのせいで戦闘開始直後から全力が出せていない。事前によいやみから聞いていたが、お前はこの魔大陸のゴブリンを狩るときには、いつも以上の動きをするそうだな」


 いや、いつも以上の動きをしているわけではないんだけど……。

 アレは、身体が勝手に動くだけだ。


「それは、この魔大陸の魔物だと強さを無意識に自覚しているからだろう。だから、最初っから全力を出せているんだ。だが、対人戦や、全く知らない魔物にはまず様子を見てしまう。力の差があればそれでもいいが、力が拮抗している相手には、それは悪手になってしまう」


 なんとなく、言われている事は分かるのだけど……。

 グレンさんは、僕達の前で腕を組み「さて、次は実戦形式で特訓するぞ」と笑う。


 そして、僕達から離れて、獣のような声を咆哮をする。

 すると、森全体が騒めきだした。


「さて、今から、俺はお前達に攻撃を仕掛ける、お前達はそれを避けるだけだ。殺しはしないが、当たれば痛いぞ? それと、ただ避けるだけでは戦闘訓練にはならない。だから、この森の魔物がここに集まるように叫んでみた。魔物は本能だけで動くから、俺を仕留めようとここに来るだろう。俺の攻撃を避けながら、そいつらを狩るんだ」


 え!? 

 こ、この森の魔物って!?


「みつき?」

「この森の魔物ってグレートビーストって言って、イノシシ型の魔物なの。平原で戦ったゴブリンよりも遥かに強いよ」

「ま、マジっすか!?」


 これには流石によいやみも青褪めている。

 グレンさんの攻撃を避けながら、そいつらを倒す?

 そ、そんな無茶な!?


 グレンさんは楽しそうにストレッチを始めている。そして……。


 森の奥から、何かが近付いてくる音が聞こえてくる。


「み、みつき、頑張って立つっす!!」

「う、うん」


 僕とよいやみはフラフラのまま、戦闘態勢に入る。

 僕達の恐怖の時間が始まった。


 何度もグレンさんに殴られ、グレートビーストに体当たりで弾き飛ばされた。

 さすがに致命傷は負わなかったが、かなり痛かった……。

 そして、僕達は力尽き、その場で気を失う。


 まさか、一匹も狩れないとは……。



 それから数時間後、僕達二人は家の玄関で目を覚ました。


「うぅ……こ、ここは?」

「お前の家だ」


 僕がよろけながら起き上がると、グレンさんが水を用意してくれる。

 どうやら、僕達二人が気を失ってから、ここに連れてきてくれたらしい。僕の横ではよいやみがピクピクと白目をむいて気絶している。お姫様のしていい顔じゃないよ……。


 家の前にはグレートビーストが置いてあった。

 

「ふむ、初日はこんなものだろう。明日も来るから、今日はこの猪の肉を食って、ゆっくり休むと良い」


 それだけ言ってグレンさんが何処かに行こうとする。どこへ行くのか? と聞くと、森に帰って寝るそうだ。

 部屋を用意すると言ったのだが、森の方が落ち着くと言い、森へと帰っていった。

 よいやみが目を覚ました後、その事を話すと「だから熊なんすよ」と苦笑いを浮かべていた。


 こうして、僕達二人の地獄の三週間が始まった……。

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