ガストの歴史
「おかえり、よいやみ」
「おかえりなさい、よいやみちゃん」
転移魔法陣の光が止むと、そこには魔導大国ガストの王太子であるやとさんと、婚約者であるレイチェルさんが僕たちを出迎えてくれていた。
うん。確かに、以前と比べて、やとさんはかなり強くなってる。
よいやみの話では、ガストの王族の男性は出生率が低いらしく、その分、戦闘の才能と魔力量は段違いに高く生まれてくるそうだ。
一応女性であるよいやみは、やとさんよりも強いが、グレンさんに小さい頃から英才教育を受けていたために、ずば抜けて強くなっているらしい。
あれ? よいやみって、ローレル姫と殴り合いしたと聞いていたけど、その時点でグレンさんに鍛えられていたのかな? それとも……。無意識に手加減していた?
そんなことを考えていると、やとさんとレイチェルさんがよいやみに近づいてきた。
「ただいまっす。やと兄様、レイチェル姉様」
レイチェルさんは、よいやみをそっと抱きしめ、僕たちを見て会釈してくれる。
「みつきさん、聖女いつき様、ゆづきちゃん、いらっしゃい」
やとさんも僕たちに挨拶してくれた。あ、ガストでは聖女の地位が高いから、いつきさんには様をつけるんだね。いつきさんはすぐに、敬称なんて必要ない。と言っていたけど。
僕たちへの挨拶が終わったレイチェルさんがゆーちゃんの前でしゃがみ込み、頭を撫でる。
「いらっしゃい」
「うん……」
頭を撫でられながら、ゆーちゃんもモジモジしながら頷いた。
「それで、そちらの年配の姿の方が……」
「そうっす。彼女が、ガスティアの不老不死の成功例、クオン婆ちゃんっす。それで、やと兄様もガスティアのことを知っているんすか?」
「私が知っているのは、かつてこの地にガスティアがあったことくらいだね。詳しい話は父上か、宰相であるエスタに聞くといいよ」
エスタさんはエルフで、長年ガストの重鎮として仕えているらしく、昔のことを聞くには最適だそうだ。
僕たちは、エスタさんに話を聞くために、執務室へと移動する。
すると、長い廊下をあわただしくは知ってくる人物がいた。
……あ、あれって。
「よいやみちゃん!!」
「げっ!? 親父!?」
駆け寄ってきたのは、よいやみのお父さんで、魔導大国の王様であるガスト王だった。
ガスト王は、よいやみの肩に手を置き、「パ、パパだって、よいやみちゃんの役に立てるんだよ!?」と必死に叫ぶ。しかし、よいやみは心底面倒臭そうな顔をしている。
まぁ、ガスト王ってよいやみが絡むと、面倒くさいんだよね。
その証拠に、よいやみのテンションが駄々下がりしてる。これじゃあ、聞きたいことを何も聞かなくなってしまう。
よくよく考えたら、よいやみのお母さんのことなんだから、夫であるガスト王に聞いた方が早い気はする。
「ガスト王、お久しぶりです。ところで、あかつきさんでしたっけ? よいやみのお母さんってどんな人だったんですか?」
僕は、出来る限り、ちゃんとした言葉でガスト王に話しかけた。
しかし、僕の問いにガスト王の顔が曇る。
「今日はガスティアのことを聞きにきたのではないのか? どうして、あかつきの名が出てくる?」
あれ? もしかして、ヤバいことを聞いた?
よいやみもそれに気づいたらしく、僕の前に立つ。
「親父、お母様は、ガスティアの血を引いていたんすか?」
「なっ!? ど、どうして、よいやみちゃんがそれを!?」
よいやみから、よいやみのお母さんとガスティアとの関係の話が出ると、ガスト王は明らかに動揺が見て取れる。そんなガスト王にエスタさんが何かを耳打ちする。
その後、ガスト王は、よいやみに背を向けた。
「やと、今夜、城にいる王族を集めておいてくれ。よいやみ、お前も出席しろ。黒女神の皆さんは、客室で休んでおいてくれ。よいやみ、お前一人でくるんだ」
普段とは違うガスト王の背中に、やとさんもよいやみも少し戸惑っているみたいだ。
「エスタ。ガスティアのことを、黒女神の皆さんにはなしてやってくれ。ただし、あかつきのことは、私が話す」
「かしこまりました」
そう言って、ガスト王はその場を去った。なにやら、空気が重い。
「え、エスタさん? アシ、なんか聞いちゃいけないことを聞いちゃったっすか?」
「いえ、大丈夫ですよ。いつかは、やしゃ様の口から真実を話さねばならなかったことです。よいやみ様が気を病む必要はありませんよ。では、皆様、こちらへ……」
僕たちは、エスタさんの後をついていく。やとさんとレイチェルさんは他のお仕事があるらしく、途中で別れることになった。
僕たちが案内されたのは、応接室だった。そして、エスタさんが、ガスティアについて話してくれた。
「まず、ガスティアとガストの関係なのですが、ガスティア王を討ったのが、かつて、最強の魔導士一族と呼ばれた、ガスト一族でした。彼らは、私たちエルフと共に行動しており、そういった経緯で、私のようなエルフが国の中枢に配属されているのです」
ガストってガスティアがあった頃から続いてたんだね。
しけし、クオン婆ちゃんは、今のエスタさんの言葉に疑問を持ったみたいだ。
「ガスティアを討った? ガスティアは不老不死の研究ができなくなり、静かに衰退していったんじゃないのかい?」
確かに、クオンはその様を研究所から見ていた……? いや、あの研究所は魔大陸の結界で隔絶されていたから、ガスティアの行末はわからないはずなのでは?
「確かに私は研究所を滅ぼした。しかし、そう簡単に不老不死の研究を諦めきれない奴らはいたんだよ。そいつらを締め上げて、ガスティアの末路を聞いていたんだ」
なるほど。
確かに、何年も研究を続けていたのに、捨てられるわけはないのかな?
「ガスティアの王の狂気は、周りにまで伝染していました。勿論、当時の王が崩御してからも、王の側近が不老不死を求めて、研究を続けようとしていたと、伝承では伝えられています。よいやみ様は、ガスティアがガストと名乗っていたのをご存じですか?」
「知っているっすよ。クオン婆ちゃんから聞いて、それで調べ始めたんすよ」
エスタさんはよいやみの言葉に、なにかを考えている。
「聖女様は、不老不死の研究について、どこまで知っていますか?」
あれ? どうしてよいやみやクオン婆ちゃんに聞くんじゃなく、いつきさんに不老不死のことを聞くんだろう?
「そうですね。私自身も、研究施設の資料で知りましたから、詳しいことは何も知らないんです」
そうだよね。
実際に不老不死の研究所を見たとき、いつきさんは怒っていたし、本当に知らなかったんだろうね。
でも、エスタさんはどうしていつきさんに話をふったんだろう?
「エスタさん、どうして私なら不老不死の研究について聞いたんですか?」
「あぁ、不老不死の研究という禁忌であれば、教会の聖典にでも載っているのではないかと、思いましてね」
その言葉を聞いたいつきさんは、明らかに不機嫌な顔になっていた。




