クオンの姿
変装の魔法の持続時間って、3分というのはさすがに短すぎると思うんだけど……。
僕がそう思ったように、いつきさんも持続時間の短さに少しだけ呆れた顔をした……んだけど、すぐに何かに気付いたのか、納得したように頷いていた。
「なるほどね。この短い持続時間を長くするために、定着魔法をつかおうとしているのかい?」
そういえばルシェラさんは、クオンが定着魔法を使えるからこそ、変装の魔法を勧めているんだったね。
「そうね。貴女の体の風化が抑えられているのは、定着魔法のおかげ。もし、貴女がその姿に愛着があるなら何も言わないけど、そうじゃないのなら、変装魔法で姿を変えれば、普通の生活も送れるようになると思ったのよ」
「ふむ……。別にこの姿に愛着はないね。しかし、三分で効果が切れるとうのは理解したが、そもそも大前提として、魔法の効果には、定着魔法は使えないんじゃないのかな?」
確かに。
それができるのなら、自己再生の魔法に定着魔法を使えば、一撃死以外では死なない擬似的な不死だって再現可能になっちゃうよね。不老の人がこれを使えば、不老不死がほぼ実現するよね。
僕でも思いついたんだ、いつきさんがこれを思いつかないわけがない。
「ルシェラーさん、魔法の効果に定着魔法の効果がないのは魔導書にも書かれているくらいの常識だと思うのですが、そもそも、定着魔法も持続効果に難のある魔法ではなかったですか?」
持続時間以前の問題に、魔法の効果に定着できないんだったら、やっぱり意味がないんじゃ……。
「普通の定着魔法だったらね。私は確信しているのよ。クオンさんは、今の姿の状態を定着させているわよね? 私も正確な効果時間は知らないけど、長くても一年。クオンさんは、定着の魔法を継続的にかけ直していたかしら?」
「……いや、かけ直していないね」
え?
いつきさんの言うとおりであれば、持続時間に難があると言っていたのに、クオンにとっては持続時間なんて関係ないのかな?
「私がそう思ったのには、理由があってね。普通、定着魔法をかけ直したとしても、500年も骨が風化しないなんてあり得ない。でも、クオンさんは、500年間その姿を維持している。貴女の定着魔法は、完成されているのよ。だからこそ、貴女は自分限定ならば、魔法にだって定着させることができると私は見ているわ。もし、それが出来ているのなら、それこそ、禁術レベルでね。だからこそ、変装魔法を勧めたのよ」
よくわからないけど、クオンがなんかすごいのはわかった気がする。そんなことを考えていたら、よいやみが僕を見てニヤニヤしている。
「なに?」
「いや、みつき、意味わかんなかったっすよねー?」
なぜ気づくか……。
クオンは少し何かを考えたあと僕たちの方をちらっと見てため息を吐いた。そして、一度頷き、ルシェラさんと向き合う。
「変装魔法を教えてくれないかい? 私には必要だと思う」
なんでこっちを見てため息を吐いたんだろう? でも、クオンは、変装魔法を覚えることに前向きなようだ。
クオンがルシェラさんに変装魔法を教わり始めて二時間が経った。
僕たちは成り行きを見守るため、この場に留まる。ゆーちゃんも気になっているのか、目をこすりながら起きて待っていた。
「クオンさん。貴女には、魔導士の才能もあるみたいね。まさか、こんな短時間で覚えるとは思わなかったわ」
「魔導士の才能に関しては、肯定をする気にはならないけど、長く生きている分、魔法のコツにくらいは、気づくことができるよ」
いやいや、それって充分に才能あるんじゃないの?
クオンのこの返しに、ルシェラさんも苦笑いを浮かべている。
「じゃあ、貴女の思い浮かべる姿を想像して……」
「あぁ……」
クオンが少し俯くと、次第にクオンの体を光が包む。そして、光は徐々に消えていき、骨の姿じゃないクオンが現れた。
そんなクオンの姿を見て、ルシェラんさんは首を傾げる。
「おや? その姿が君の望む姿なのかい?」
「そうだね」
クオンが望んだ姿は、じいちゃんと同じ歳くらいのお婆さんの姿だった。
「今の貴女なら、私のように若い姿になることも可能なんだけど、その姿でいいの?」
確かに、姿を自分で決められるなら、若い方がいいはずだ。それなのに、クオンは何でお婆さんの姿に?
「私にとって、一番長くこの姿だったというのがあってね、一番思い入れが強いみたいだね。まぁ、若い頃の姿をすっかり忘れてしまっているってのもあるけどね。それに、今から私がお世話になる黒女神は、若い娘さんばかりのパーティーなんだろ? こうして、保護者のような年齢の姿の者が一人でもいれば、バカな考えをするものも少しは減るかな? と思ったんだよ」
え?
クオンは僕たちの保護者となるために、その姿になったの?
僕たちが、少し感動していると、空気を読まない男性陣がヒソヒソと話をする。
「この町で、こいつらに何かをしようなんて馬鹿はいねぇよ」
「確かにな。こいつらは、無駄に凶暴だからな」
んーま。なんて失礼な人たちなんだろう!?
確かに、よいやみは凶暴だし、僕も喧嘩を売られたら買う。ゆーちゃんは問題児だし、いつきさんは、逆らっちゃダメな人だ。
……うん。否定できる要素が何もない。
「バトスちゃんもオルテガも、少しは空気を読みなさい」
微妙な気分になっている僕たちを気遣ってか、ルシェラさんが二人を怒ってくれていた……。
クオン婆ちゃんが黒女神に加入して二週間が経った頃、いつきさんが急にソワソワし始めた。
何かあったのかな?
「あ、あの……。最近、私の評判が悪いんですが……」
店番をしていた僕とよいやみに、いつきさんが疲れきった顔で愚痴をこぼす。
「はぁ? いつきって、人の評判なんて気にしないんじゃないんすか?」
確かにそうだ。
いつきさんは、聖女でありながら、強欲と呼ばれても、気にもしていなかった。それどころか、鼻で笑っていた気がする。
「そ、そうなのですが……。聖女としてならどうでもいいと思うのですが、今回は人として、どうかと思われているみたいで……」
「それこそ、気にしてなかったじゃないっすか」
よいやみ。それはいくらなんでも酷いんじゃないのかな?
いつもの五木さんなら言い返したりするんだけど、今日はちょっと落ち込んでいるみたいだ。
その時、アディがお店の方に顔を出す。
「確かに俺も客から聞いたんだけどよ……。今回のは、ちょっと気にはなるわな」
「うん? いつきさんが気になるほどの内容なの?」
「あぁ、それはな……」
アディが話しはじめようとした時、クオン婆ちゃんが店に入ってくる。
クオン婆ちゃんは、姿こそ老婆だけど、中身は骨なので、身軽に建築の仕事をやってくれている。
お店の方もだいぶ古いらしく、直さないといけないところが多いそうだ。
今回も雨漏りがしていた屋根の修理をしてくれていた。
「屋根の修理が終わったよ」
「お疲れ様、クオン婆ちゃん」
「お疲れーっす。クオン婆ちゃんがが来てから、雨漏りの心配もなくなったっすよ」
僕とよいやみがクオン婆ちゃんを労う。しかし、いつきさんは顔を上げない。
普段のいつきさんなら、こんな事はないのにどうしたんだろう?
「ところで、いつきの評判ってどうして悪くなってるんっすか?」
「クオンを見ればわかるだろ?」
アディが苦笑しながらそう答える。
「うん?」
クオン婆ちゃんに別に変なところはないんだけどなー。
不思議がる僕を見て、アディが耳元でボソッと教えてくれた。
「ただでさえ強欲と呼ばれている聖女が、老婆をあごに使い、こき使っている……」
え? いや、クオン婆ちゃんは不死だし、本体は骨だし。
そう思っていると、横で聞いていたよいやみが吹き出す。
「ぶはっ!?」
その瞬間、非常に嫌な予感がした。
僕はよいやみを止めようとする。
「よ、よいやみ!?」
「あはははははは!!」
しかし、よいやみは大声で笑い出した。
あ、お前、気づかないのか!?
「ば、バカ!? よいやみ、止めとけ!?」
「み、みつき、これが笑わずに……ハッ!?」
僕の視線の先には、とてもいい笑顔のいつきさんがよいやみを凝視していた。
そして、ゆっくりと近づいて、よいやみの肩に手を置く。
「なんですか?」
「い、いや……」
こ、この笑顔が怖いんだ。
絶対説教コースだ。
いつきさんは笑顔でよいやみの顔に近づく。
「な、ん、で、す、か?」
「す、すまんっす……」
結局、よいやみが謝って、いつきさんの怒りは何とか治った。




