骨の名前
ズゥウウウウン。
島に轟音が鳴り響いた。僕とよいやみで、研究所の入り口を破壊したからだ。一応言っておくが、僕もよいやみも、何も考えずにこんな暴挙に出たわけじゃない。破壊を指示したのは、今はもう死界に帰ったゼオンさんだ。
崩れ落ちた入り口を見て、いつきさんがため息を吐く。
「入口だけでなく、遺跡の中も破壊し尽くしたので、これで死界の門に接触できる者は居なくなるはずです。
仮に遺跡を掘り起こしたとしても、ゆづきちゃんの結界の効果で、半永久的に死界の門が開かれることはないでしょう」
いつきさんの言う通り、物理的に開かないというのもあるだろうけど、開いたところで、死界の王であるゼオンさんが黙っているわけないから、その点は心配はしていない。
それよりも、この遺跡の調査って国から依頼だったけど、大丈夫なんだろうか?
この遺跡で起こっていたこと、まず一番の問題である、不老不死の研究。しかも、唯一の成功例である骨の存在。
そして、僕たちはおろか、誰にもどうしようもできない死界の門。思っている以上に厄介な話だ。
まぁ、骨については、実のところはそこまで心配していない。
王様は、骨を見ても、面白がってくれるような気がする。むしろ、何か小言を言いそうなのは、オルテガさんかな?
冒険者たちは、不死系の魔物に見慣れているだろうから、そこまで騒ぎにはならないと思ってる。大丈夫だよね?
「みつきさん。何を心配しているかは、わかりませんが、遺跡についての説明であれば、問題ありませんよ。
骨さんの加入についても、ゴリ押しする予定なので、こちらも問題ありません」
いつきさんは、笑顔でそう話す。なんとも頼りになる人だ。
「いつき。もう骨が仲間になるのには、反対はしないっすけど、この依頼の報告後、骨をガストに持って行きたいんすけど、良いっすか?」
「それは構いませんが、骨さんを持っていくという表現は、どうかと思うのですが……」
確かにそうだ。
骨も仲間になるんだから、骨って呼び方も、どうかと思う。
「それには、アシも同意っす。
骨という言葉に引っ張られてるから、持って行くという表現になってしまってたっすね。
骨、名前はなんていうっすか?
あ、もちろん、生前の名前っすよ」
「随分急だね。
しかし、私の生前の名か……。
正直な話、殆ど覚えていないんだよね。
確か……、そうだ。クオンだ。クオンという名だったはずだ」
「じゃあ、クオンさん。改めてよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、こんな姿だが、お世話になるよ」
そう言って、いつきさんとクオンは握手を交わす。そして、僕たちは、アラン王国の冒険者ギルドに戻ったのだが……。
「ぎゃぁああああああ!」
「黒女神がまた奇行を起こしたぞー。今度は、魔物を連れ帰ったぞぉおおおお!!」
あーあ。
やっぱり、騒ぎになっちゃったね。そんなことより、また奇行ってなんだよ。
武器を構える冒険者や、詠唱を始める魔道士もいる。
そりゃ、そうだよね……。クオンは、見た目が骨なんだし。不死系の魔物と言われても、おかしくはない。
当のクオンも、仕方ないといった顔をしている。
しかし、いつきさんが前に出て、舌打ちをした上で、冒険者たちを一睨みした。
「冒険者ともあろう者が、骨の姿であるクオンさんを見ただけで、ごちゃごちゃと騒がないでください。耳障りです」
いつきさんは、冒険者を見回して、ため息を吐く。その顔は、呆れというより、侮蔑を表情だ。
そんないつきさんを見て、よいやみも呆れた表情になる。
あ、よいやみは、いつきさんに向かってだよ。
「いつきー。
ここにいる冒険者たちが、情けないのは、しょうがないとしても、説明もなしに押し切ろうとするのは、どうかと思うっすよ?」
いやいやいやいや、よいやみも、結局暴言吐いてるんだけどー!?
「いえ、よいやみさん。よく、考えてください。
私たち、黒女神や、バトスさん率いる、パリオットが所属する、アロ
ン王国、首都ナイトハルト所属の冒険者たちが、脅威ではない魔力しか感じられないクオンさんに対し、怯えすぎなのですよ。全くもって、情けない」
「いや、そうは言うっすけど、紹介もなしに、いきなりの暴言は、聖女としてはどうなんすか?」
あれ?
今日は、よいやみのほうが常識人っぽいぞ?
よいやみは、いつきさんを少し下がらせて、クオンを前に出す。
「ってなわけで、この骨はクオン。アシらの新しい仲間っす。
文句があるのなら、アシか、いつきに言うっす」
「「「えぇえええええええ!?」」」
いや、例え文句があったとしても、よいやみはともかく、ポーションや、魔法具を購入しなきゃいけない冒険者たちには、いつきさんに文句は言えないだろう。
相変わらず、いつきさんは冒険者たちを睨んでいるし、これ、どうやって事態を収拾させるんだ?
そう思っていると、ギルマスの部屋から、オルテガさんが顔を出し、手招きしている。
それを見たいつきさんは、ラビさんを呼ぶ。
「ラビさん。オルテガさんが呼んでいるみたいなので、奥の部屋に案内してください」
「え? あ、はい」
ラビさんは、クオンのことが気になるのか、チラチラと見ている。まぁ、気になるのは、仕方ないよね。ラビさんは何にも、悪くないよ。
ギルマスの部屋に入ると、そこにはオルテガさんにバトスさん、それから嫌な笑みを浮かべたシドさんが座っていた。
バトスさんは、呆れたような顔をしているが、オルテガさんは明らかに不機嫌だ。
「座れ」
オルテガさんの普段とは違う低い声に、僕は少しだけ怯んでしまう。しかし、いつきさんはシドさんを睨みつけ、よいやみも気にした様子はない。
「まぁ、お前たちを怒鳴りつけるかどうかは、依頼の報告を聞いてから判断する。いつき、リーダーとしてお前の口から頼む」
あぁ、僕はもうツッコまないぞ。と思っていたのだが、いつきさんが、テーブルを思いっきり叩く。いつもと違う様子に、オルテガさんも少し驚いていた。
そんなオルテガさんを睨み、いつきさんは低い声で呟く。
「うちは黒女神です。うちのリーダーはみつきさんです。
次にそんな失礼なことを口にするのであれば、私たちはこの国を捨てます」
「ふふふ。いつも感情をあまり表に出さない貴女が、そこまで怒りをあらわにするとは珍しいですね」
なぜか、機嫌の悪いいつきさん相手に、これまで、見たことのない笑顔で煽ってくるのは、やはりシドさんだ。
そんなシドさんを見て、いつきさんは睨みを効かせつつ、ため息を吐く。
「そうですね。この世で一番嫌いな、貴方がいるからではないですかね?」
いつきさんは、自分と同じくらいお腹の中が真っ黒なシドさんを、苦手としているというか、同族嫌悪というか、思いっきり嫌っている。
おっ!? いつきさんに睨まれた。心が読まれたのか!?
「そんな能力は持っていません」
い、いや、なんで心で思ったことに反応してくるんだ?
僕が不思議そうにしていると、よいやみが呆れた顔でこう答える。
「みつきは顔に出やすいんすよ」
そんなにわかりやすいのか? 僕は自分の顔を触ってみる。すると、ゆーちゃんも、僕のほほを触ってきた。
「何をしているのですか?」
いつきさんは、僕とゆーちゃんを呆れた目で見ていた。
「話を戻しましょう。
さて、黒女神の皆さんは、今回も何かをやらかして帰ってきたということですかね?」
シドさんは、クオンを見て苦笑する。
まぁ、遺跡の調査に向かわせたら、なぜか骨を連れて帰ってくれば、そう思うのも仕方ないか……。




