29話 大きな橋
アルテミスから不老不死の話を聞いた後、遺跡の調査をするためにボーダーの町まで転移して来た。
この町は漁業が盛んで、漁港に行くと魚特有の生臭い臭いがする。苦手な人はこの臭いが苦手なんだよね。僕は大丈夫だけど、ゆーちゃんは鼻をつまんでいる。
「皆さん、行きますよ」
「どこに行くの?」
「まずは冒険者ギルドに行きます。直接島に行きたいのですが、どうやら橋は通行止めになっているそうです。面倒ですが通行許可証をギルドに発行してもらわなきゃいけないそうなのです」
「え? 勝手に渡っちゃダメなの?」
「はい。冒険者の依頼失敗が多かった事から安全面を考えて、通行を規制したそうですよ。まぁ、クレイザーさんが事前に通行許可証を取ってくれているみたいですから、それを受け取りに行くだけなんですけどね」
クレイザーが事前に?
あいつにそんな事ができるなんて意外だけど、どちらにしても冒険者ギルドには行かなくてはいけないのでギルドに向かった。
この町の冒険者ギルドはそれほど大きくない。いつきさんのお店よりは大きいけど、カイト食堂よりは小さい。
「この町のギルドは小さいんだね」
「そりゃそうっす。さっきいつきが言っていたっすけど、この町は二国間が合わさった町っす。という事はこの町にはギルドが二個あるんすよ」
「へ? なんで?」
「ギルドというのは国に属していないっすけど、有事の際に冒険者を緊急招集できるのは属している国だけになるっす。だから、各国が町々にギルドを持ちたがるっす」
「そうです。この町の形は珍しいですが、だからといって二つも作る必要はないんです。クレイザーさんはソーパー側のギルドにいると聞いています」
僕達が建物に入ると、目に優しくない男がコーヒーを飲んでいた。
「やぁ、みつきちゃん。前から言おうと思っていたんだけど、僕を見る度に目を逸らすのはやめてくれないかな」
「だってしょうがないじゃないか。クレイザーは目が痛いんだよ」
「ははは。冗談が上手いね。いつきちゃん、これが通行許可証だよ」
「ありがとうございます」
冗談じゃないんだけどな……。
そんな事より、ちゃんと通行許可証を事前に取ってきていたんだ。少し驚いたよ……。
「みつきちゃんによいやみちゃん、驚いた顔をしてどうしたんだい?」
「いや、クレイザーって鈍くさいからまだ通行許可証を発行できていないとか言ってくると思ったのに……」
「そうっす。アホにしては頑張ったっすねぇ。えりかさんの調教の成果っすか?」
「いやぁ……。よいやみちゃんの口が悪いのは前から知っているけど、みつきちゃんも大概口が悪いね」
「失礼な」「うっさいっす」
でも、それは仕方ないね。
そもそも僕達とクレイザーの出会いは最悪だった。
「い、いや。あれは僕だけが悪いんじゃ……」
「いや、間違いなくお前が悪かったっす」
「うん。勇者なのにアホとしか思えなかったよ」
「ひ、酷い……」
クレイザーが僕達の口撃にいじけだした。その光景を見かねたソーパーの冒険者がクレイザーを擁護しだす。
こんな奴を擁護しなくてもいいのに……。そう思ったのだが、どうやらクレイザーは、ソーパーの冒険者達からは慕われているらしい。
詳しく話を聞くと、普段からクレイザーはえりかさんの指示でソーパー各地を走り回っているそうだ。
各地でいろいろな依頼を受け、怪我をしながらでも依頼をこなす姿を冒険者達が見て「勇者様が頑張っている」と尊敬しているらしい。
そっか……意外な活躍だね。それにしても、怪我をしているのか……。
うーん。怪我をするという事は危なっかしいという事だよね。死なれても困るよねぇ……。クレイザー君には強くなって貰わないと……。
バトスさんに相談してみようかと思ったけど、あの人も忙しそうだし……。
あ、そうだ。
「ねぇ、よいやみ」
「何すか?」
「グレンさんに連絡できる?」
「できるけど嫌っす。あんな熊に連絡したくないっす」
「自分の師匠に……。ねぇ、僕がお願いしてもダメ?」
「……わかったっす。頬にチューしてくれたら連絡してやるっす」
「はぁ? 何言ってんの?」
「ははは。冗談っす」
よいやみは連絡用の魔宝玉を取り出す。
「くまーくまー。聞こえてたら返事するっす」
『よいやみか? 師匠の事を熊と言うな。それで、何か用か? 修行でもしたくなったか?』
「違うっす。修行なんて嫌いっす。あしは熊には用は無いんすけど、みつきが師匠に用があるらしいっすよ」
『ほぅ?』
「みつきに替わるっす」
僕はよいやみから連絡用の魔宝玉を借りて、クレイザーの事をグレンさんに説明する。
すると、グレンさんが僕に頼み事をして来た。僕はこれを了承する。
僕はギルドの受付に行き、依頼書を作成する。これで、クレイザーを拘束できるはずだ。
「みつきさん、何をしているんですか?」
「依頼書の作成。これでいいのかな?」
「依頼書? 何を依頼するんですか?」
いつきさんに依頼書を見せると、呆れた顔になる。
「これで大丈夫だと思いますよ。クレイザーさん」
「ん? 何だい?」
「みつきさんとよいやみさんの知り合いからの指名依頼が入りますので受けてくださいね。期間は二週間」
「え? 二週間もかい? いつ始めるんだい?」
「グレンという方がこの町に来た瞬間からです」
「へ? あ、うん。で二週間もかかるってのも……」
「二週間で済めば幸せっすよ」
「え?」
いつきさんはさらさらッと何かを書いて、クレイザーに渡した。
「依頼が始まる前にえりかに渡しておいてください」
「え?」
「ではお願いしますね」
「あ、うん」
ギルドの受付に依頼書を提出してから、ギルドから出ていく。
当の被害者のクレイザーは茫然としていた。
僕達が橋に向かっている最中、グレンさんの気配を感じる。もうこの町まで来たの? 早過ぎない?
僕が蒔いた種だが、クレイザー君には頑張ってもらうしかない。
噂の橋に向かうと、司祭の服を着ている武装した人が道を封鎖してした。
そこいらの冒険者よりは強そうだ。
「アレは教会の僧兵です。えりかさんが鍛えているから、かなり強いですよ」
いつきさんは通行許可書を僧兵に見せる。
「許可証を確認しました。聖女いつき様と黒女神一行ですね。噂は常々聞いていますよ。ご武運を」
「はい。ありがとうございます」
噂って何だろう?
僕は詳しく聞こうとしたけど、いつきさんは笑ってはぐらかされた。うーん、気になる。
そして、いつきさんに押されるように橋へと足を踏み入れた。
この橋は大型の馬車がすれ違えるほどの広さがある。こんな橋が今まで発見できなかった? そんな馬鹿な。
「いくらなんでもおかしくない? こんな大きな橋が今まで誰にも見つからなかったって……」
「幻視系の結界でも張られていたっすかね?」
「幻視系の結界? なにそれ」
「物を隠したりする魔法っす。これだけ大きいモノを隠すのは難しいらしいっすけど、確かに存在する魔法っす」
「私もそうだと思います。そうじゃないと、これだけ立派な橋が見つからないという事は無いと思います」
幻視系の魔法か……。
僕は橋の真ん中を歩く。そういえば、今は海の上を歩いているけど、震えない。試しに海が見える場所を歩いてみたら体が震えて動けなかった。
見えなかったら大丈夫かな?
「結構な距離がありそうっすね。馬車でも借りた方が良かったんじゃないっすか?」
「確かに……。まさかこうなるとは思いませんでしたし、少し失敗ですね。このペースならば、島に着くころには夜になっていそうです。遺跡に入る前に一泊ですかね」
一泊?
そんなに遅くなるかな?
「僕達なら、走れば時間が短縮できると思うよ」
「それは無理っす」「それは無理ですね」
「え?」
よいやみは僕の足を指差す。
ん?
僕は自分の足を見る。
アレ? 小刻みに震えているぞ?
「みつき、気付いてなかったんすか? さっきから、微妙に震えているからふらふら歩いているんすよ。見ていて危なっかしいっす。ゆっきー、みつきと手をつないでやるっす」
「うん」
ゆーちゃんが僕の手をつないでくれる。
「ゆっきー病患者の震えが止まったっす」
「え?」
足を見ると震えが止まっている。
いつもならゆっきー病って何だよってツッコむけど、今日は否定できないや。
僕の体って単純だなぁ……。
「とりあえず進みましょうか」
「うん」
昼前に橋を渡り始め、夜に島に到着した。
歩いていたとはいえ、結構距離があったんだなぁ……。
島は木が一本も生えてなくて、遺跡の入り口なのか古い神殿のような建物が建っているだけだった。でも、何か異様な雰囲気を持った遺跡に見える……。
「どうするっすか? もう突入するっすか?」
「いえ、ゆづきちゃんもお疲れの様ですし、今日はここで休みましょう」
そう言うと、いつきさんはテントを取り出す。
ゆーちゃんが結界を張って僕達は中に入る。
テントの中はベッドが四つ並べてあり、扉の向こうにはいつきさんが言っていた通りシャワールームにトイレまである。当然、食事の為のテーブルもあるし、簡易キッチンまである。
本当に宿屋みたいだ。
「キッチンまで作ったの?」
「はい。短期間ならカレンさんが作ってくれたお弁当がありますけど、長期間になった時……よいやみさんが食べ過ぎた時の事を考えて作っておいた方が良いとカレンさんから助言を受けましてね。ガストから購入した冷蔵用の魔法具もありますよ」
「うん。このテントがあれば、かなりの長期間ダンジョンに籠れるね」
「し、しかし、あれっすね。いつきの道具袋のおかげであったかいご飯が食えるのはありがたいっすよね」
「うん」
話を変えたね……。まぁ、良いんだけど。
僕達は食事を終えた後、早めに寝る事にした。




