27話 浄化魔法の便利な使い方
僕と体の主導権を交代したアルテミスが、道具袋から浄化の灰を取り出す。
「この浄化の灰なのですが、現在の冒険者の使い方は魔物の死骸にふりかけるのが主流だと思います。しかし、その使い方は偶然見つかった副産物だったんです」
「え? じゃあ、本来は別の使い方だったんすか?」
「はい。本来は不死系の魔物を倒すために作られたモノなんです」
不死系の魔物を倒す為?
僕が聞いたのは、解体のできない冒険者を助けるために女神セリティア様が作り出したって……。
でも、よく考えたらあのセリティア様に、そんな器用な真似ができるだろうか……。
「そもそも浄化の灰はどのように作られているのですか? 私も聖女ですから一般の冒険者よりも浄化の灰に詳しいのですが、誰が浄化の灰を補充しているなどの事は知りません。いえ、少なくてもセリティア様が作ったんじゃない事くらいは分かっています」
やっぱり、いつきさんもそう思っていたんだ。
しかし……。
「え? 補充って何すか?」
「これは巫女以上の教会関係者しか知らないのですが、教会にはそれぞれ巫女にしか開けられない聖櫃というモノが存在します。その中には浄化の灰が詰まっているんです。これは、どれだけ使っても無くなる事がありません。だからこそ、冒険者に無料で配布する事ができるんです。でも、補充がいつ行われているのかは全く分かりません。アルテミスさんは生成方法や補充方法は知っているんですか?」
不思議な灰だなぁ……。
しかし、無限に湧き続けるのか……。
「知っていますよ。ちなみにみつき。無限にはわかないので注意が必要ですよ。浄化の灰は、神界でも特別な技術を持った神族が作っているのです。主材料はシルバー魔石を砕いた粉で、〈錬金魔法〉と〈物質化魔法〉、〈浄化の魔法〉と〈神の炎〉を順番にかけます。最後に〈定着の魔法〉を使う事で浄化の灰が完成します。補充に関しては聖櫃に〈物質転移〉させるんです」
「魔石の粉というのはシルバー魔石じゃないとダメなんですか?」
「はい。シルバー魔石……銀には不浄を浄化する力がありますので、もし、別の魔石も使っても効果が半減してしまうようです」
うわぁ……。
聞いているだけで頭が痛くなってくるよ。
……でも、いつきさんなら浄化の灰を自分で作りだすかもしれないね。
「作り方は分かったっすけど、浄化の灰を直接かけても不死系の魔物は倒せなかったんすよね。それはなぜなんすか?」
「先程も言いましたが、使い方が間違っているんですよ。死霊系の魔物の厄介なところは命を奪えない事です。じゃあ、どうやって浄化の灰を使うという事ですよね」
「そうっす」
「アルテミスさん。私も聞いていいですか? 先程、不死系の魔物を倒す為に作られたと言っていましたが、神に浄化の灰なんて必要だとは思えません。それとも神には不死系の魔物は倒せないんですか?」
「そうですね。まず、神族や天使に浄化の灰は必要ありません。神族や天使には神聖魔法があります。浄化の灰はそれは人間……いえ、亜人を含めたすべての人類の為なのです」
人類……?
「浄化の灰の歴史は古く、今から数千年前に作られました。その当時の人類は魔法という攻撃手段を持っていなくて、石器や弓矢で魔物と戦っていたそうです。魔獣や普通の魔物ならそれでも倒せます。しかし、突如現れた不死系の魔物により人類は一度滅びかけました……。人類の滅びを危惧した神王が不死系への対抗手段として浄化の灰を与えたそうです」
浄化の灰ってそんなに昔からあったんだね。
でも、よいやみの言っていた事の答えにもなっていない……。
「よいやみさんへの答えですが、数千年が経った今、浄化の灰の使い方が変わってしまったのです。今では魔物の死骸にふりかける事で魔石と素材を得る以外には使われなくなりました」
「アルテミスさんの言い方だと本当の使い方は別みたいないい方っす」
「はい。そうですね、一度目にしておいた方が良いでしょう。とはいえ、普通のゴブリンを倒しても実入りは少ないですし、魔大陸にでも行きましょうか?」
アルテミスはそう言っていつきさんに転移魔法を使うように頼みだす。いつきさんも、結果を知りたいとこれを了承した。
魔大陸に転移した後、アルテミスは生体感知でゴブリンを捜し始める。
「ゴブリンを見つけました。いる場所を考えたら不意打ちも可能ですね」
「え? ゴブリンくらい不意打ちをしなくても倒せるっすよね?」
「よいやみさん、忘れましたか? 私はみつきと違って剣が苦手なんですよ。不意打ちでもしないと倒せるわけがないじゃないですか」
アルテミスは胸を張ってそう言うが、よいやみは呆れている。
「さて、準備でも始めましょうか」
そう言って、アルテミスは聖剣を取り出し、浄化の灰を剣にふりかける。
「あれ? 魔物じゃなくて剣にふりかけるんすか?」
「そうですよ。本来の使い方は武器、もしくは両拳にふりかけるんです。そして、特殊な魔法をかけます。〈アディション〉」
アルテミスが魔法を唱えると聖剣が青白く光る。
「これで準備は終わりです。後は魔物を倒すだけです」
アルテミスは気配を消してゴブリンを背後から襲う。
流石に背後からなら、剣を扱えないアルテミスでもゴブリンを一撃で倒す事ができたみたいだ。
ゴブリンは「ギャっ」ッと悲鳴を上げた後、燃え上がる。
そして……燃え尽きた跡には魔石だけが落ちていた。
「あれ? 魔石しか残らないんすか? 魔大陸のゴブリンに浄化の灰をかけた時の素材って、シルバー魔石とミスリルの骨だったはずっす。見る限り魔石しか残っていないみたいっすから、あまり普通の魔物には使えないかもしれないっすね」
よいやみがそんな事を言うが、いつきさんは魔石の違和感に気付いたみたいだ。僕にも、浄化の灰をかけた時の魔石と同じ銀色には見えなかった……。
アルテミスは魔石を拾い上げ、いつきさんに渡す。
「こ、これって……ゴールド魔石じゃないですか!? しかも、どの属性も付加していない無垢の魔石!? これは物凄く価値のあるものですよ!?」
ゴールド魔石? しかも無垢って何だろう?
しかし、ゴールド魔石って王種に浄化の灰をかけた時に出てくる魔石じゃないか。どうして?
「〈アディション〉を使って魔物を倒すと、その魔物の持つ最高の魔石が手に入るんです。魔大陸のゴブリンはゴールドランクの魔物なので、ゴールド魔石が残ったんだと思います」
「無垢のゴールド魔石なら、売値で百万ルーツは軽く超えるんじゃないっすか? でも、これは悩むポイントっすよね。ゴブリンの死骸に浄化の灰をかければミスリルの骨が出てくるっす。素材としてはミスリルの骨の方が価値があるっす」
「そうとも言い切れませんよ。鍛冶に使うのであれば、ミスリルの骨の方が価値はありますが、魔法具に使うのであれば、無垢のゴールド魔石の方が価値があります。結局は使い方次第って事ですね」
そうなのか。
僕が昔から狩っていたゴブリンはそんなに価値があったのか……。
あれ?
ちょっと、おかしいぞ。
「みつき、どうしました?」
うん。
昔から魔大陸のゴブリンを解体しているけど、普通の骨だったような……。
「みつきは何を疑問に思っているんすか?」
アルテミスは僕の疑問とその答えを皆に話してくれる。
「例えばですが、武器を持っていない魔物に浄化の灰をかけた結果、なぜか武器が出現するという経験をした事はありませんか?」
確かに、何度かそんな経験がある。よいやみ達も同じ経験をしていたみたいで頷いている。
それに、魔物の素材にはレアドロップというモノがたまにあり、上位の素材を使った武具や呪われた武具が残る事がある。そう言った素材を求めるレアドロップハンターという冒険者もいるそうだ。
……確かに、変だと思ってたんだ。
「まず浄化の灰を使う事で、何が起こるかを説明しましょう。浄化の灰を魔物にかけると、神の炎で魔物は燃え尽きます。その灰を錬金術で別のモノに変換し、それを物質化の魔法で物質化させ、それを定着させます。そうしてできるモノが魔石や素材です。みつきが疑問に思っていた事ですが、魔大陸のゴブリンは魔大陸特有の魔力により強化されていますが、あくまでゴブリンはゴブリンなんです。だからこそ、解体しても普通のゴブリンと同じモノしか手に入りません」
「それはつまり、魔大陸にいるゴブリン相手には、浄化の灰や〈アディション〉を使った方が良いって事っすね」
「そうですね……」
今の話を聞いたいつきさんは笑顔だった。
その笑顔を見ていると、今後の狩りに色々条件を付けてくるかもしれないと思ってしまった。まぁ、お仕事だから別に良いんだけど……。
「それで、アディションというのは難しい魔法なんすか? 持続はいつまで続くんすか? 強制解除方法はあるんすか?」
「付加魔法の一番大事な部分を聞いてくるなんて、流石は魔導大国といわれた国の姫君ですね。よいやみさん」
アルテミスはよいやみを褒めたけど、なぜか複雑な顔をしている。
「みつきの顔で茶化されるとなんかムカつくっす」
ど、どういう意味だよ!!
「ふふふ。さて、〈アディション〉ですが、基本この魔法は解除魔法の〈レリース〉という魔法を使うまでは効果が消える事はありません。習得難度ですが、失われた魔法なので今の魔法になれている人達には難しいかもしれません」
「はい? という事は魔法職には難しいという事ですか?」
「はい。でも、いつきさんやゆづきちゃんは簡単に扱えると思います。お店に帰ってから使用方法を紙に書き写しておきます。みつきは感覚で使うので問題ないでしょう」
僕は感覚なの?
いや、僕の体でアルテミスが使ってくれたから使えそうだけど……。
その後〈レリース〉の魔法の使い方も教えて貰った僕達は、早速ゴブリンを狩ってくるように言われた。
僕とよいやみは、魔大陸に行きゴブリンの巣を幾つか潰し、ゴールド魔石を稼いでおいた。




